第31話 ドライブ

「立紀君、これ見て」

那澄がスマホの画面を僕に向けてきた。

「この前投稿した絵、『いいね』がこんなについたんだよ!」

見ると、SNSに投稿された那澄の絵に、100を超える「いいね」と、いくつかのコメントが送られていた。

「ほんとだ、すごいじゃん!」

「えへへ、『可愛い絵ですね』だって」

那澄は嬉しそうに寄せられたコメントを読む。

一か月ほど前から、那澄は自分が描いた絵をSNSに投稿している。最近は徐々にフォロワーも増えてきたらしい。那澄が少しでも外の世界とつながりを持てるというのは、とても喜ばしいことだ。


「そういえば、詩乃ちゃんから聞いたんだけど......」

「ドライブのこと?」

那澄は「うん」と返事をする。

「その......私も行くんですか?」

「行きたくない?」

「行きたいですよ、すごく行きたいですけど......大丈夫なのかなって」

那澄は敬語とタメ口を入り混ぜながら話す。緊張している時や悩んでいる時はよくこんな喋り方になっている。

「できるだけ人目につかないようにしようとは思う。......でも、那澄が不安な気持ちもわかるし、正直僕と藤沢さんだって不安だ。だから、無理にとは言わない」

「......」

少しの沈黙が流れてから、那澄が口を開く。

「......私、外の世界を見てみたい」

僕は那澄に向かって優しく微笑む。


「じゃあさ、那澄の行きたいところ教えてよ」

「えー、そうだなぁ......」

那澄が考えていると、バイトから帰ってきた藤沢さんがドアをガチャリと開けて部屋に入ってきた。

「ただいま~、なんの話してるの?」

藤沢さんは荷物を部屋の隅にポンっと置くと、円形テーブルに向かい合って座っている僕と那澄の間に入る。

その日、僕らはドライブ旅行の計画を夜中まで話し合った。




――決行の日、深夜一時。

僕はアパートの通路から下を覗き、外の駐車場までの道のりに人がいないことを確かめる。そして、手をパタパタと振り、玄関で待機している二人に「来て」のハンドサインを送った。

藤沢さんに手を引かれながら外に出た那澄は、深くかぶったパーカーのフードを恐る恐ると言うべきか、キョロキョロと動かしている。

僕らはできるだけ静かに、目立たないように、アパートの三階から階段を降りていく。

アパートから出ると、藤沢さんと顔を見合わせ、ほっと息をつく。

あとは駐輪場の横を通って、その先にある駐車場まで行くだけだ。

安心して数歩前に出たとき、駐輪場の中でしゃがんで煙草を吸っているおじさんと目が合った。

僕は息をのみ、「しまった」と思う。

駐輪場の中は外から死角になっていたのだ。

一瞬、引き返そうかと思ったが、返ってその方が怪しい行動だと判断し、僕らは堂々とおじさんの横を突っ切る。

......大丈夫、基本的にはバレないはずだ。

那澄は長袖パーカーのフードをかぶり、足首が見えないほどの長ズボンを履いている。

正面からまっすぐ顔を見ないと、透明人間ということはわからない。

それでも、心臓がバクバクと脈打った。

幸いにも、喫煙禁止のアパートで煙草を吸っていたことを後ろめたく思ったのか、おじさんは煙草をさっと手で隠し、決まりの悪そうに視線をそらした。

僕らはそのまま足早に駐輪場を通り過ぎ、駐車場に止めてある、夕方に僕がレンタカーで借りてきた軽自動車に乗り込む。


最後に乗った僕がバンっとドアを閉めてから一瞬間をおいて、静かな車内に緊張が解けた僕らの吐息が響く。


「ふふっ」

藤沢さんが笑ったので、僕らも耐え切れずに笑いを漏らす。

「びっくりしたぁ」

「なんでいるの、あのおじさん!」

「ごめん、俺見落としてた......!」

僕らは顔を見合わせ、できるだけ小さな声でクスクスと笑う。


藤沢さんと那澄が後部座席の窓に取り付けたカーテンを閉め、僕はエンジンをかける。「夜逃げみたい」という那澄の言葉に笑いながら、僕らは夜の道を走り出した。

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