第33話 ドライブ③

那澄はピンク色の貝殻を手に持ちながら、ご機嫌な様子で車に乗り込む。

結局、藤沢さんはあっさりと貝殻を那澄に渡した。もともとあげるつもりだったらしい。



海を後にした僕たちは、今度は山の方へ小一時間車を走らせる。


着いた先は牧場だった。

駐車場内からでも、モォーという野太い牛の声が聞こえてくる。

今日は平日ということもあって、お客さんはまばらのようだ。

「三浦君、疲れてない?」

「大丈夫ですよ」

「そう、じゃあお願いね」

藤沢さんに言われ、僕だけスマホを持って外に出る。


そして、一人で受付を済ませた後、「ようこそ」と歓迎文の書かれた看板を通って、牧場の中へ入った。

だだっ広い野原に、メルヘンなメインハウスが一つと、横長の小屋がいくつか建っている。

僕はスマホを開き、那澄にビデオ通話をかけた。

「もしもし、見えてる?」

周りの景色を映しながら尋ねると、

『見えてるよー!』

と元気のいい返事が来た。


海とは違い、牧場の中はまばらとはいえ人がいるし、受付も通過しなければならないので、那澄を連れてくることはできない。その代わり、僕が牧場内の様子をカメラで映すことで、那澄に少しでも牧場に来た疑似体験をさせてあげようという計画だ。


車の中の那澄や藤沢さんと話しながら、牛や羊、馬の放牧場を順に回る。動物が映るたびに歓声が上がるので、充分に楽しめているようだ。

傍から見れば、スマホを片手に一人でしゃべっているので、少し恥ずかしい。

一通り回り終えたあと、メインハウスで売られている牧場自慢のソフトクリームを三つ買い、溶けないように急いで駐車場に戻る。


二人からねぎらいの言葉をかけられながら、少し溶けたそれを口にした。

濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がり、「牧場のソフトクリーム」という高い期待をしっかりと越えた味だった。

「こんな味だったんだ......」

と那澄がつぶやく。

それを聞いて驚いたが、ずっと家にいたらソフトクリームを食べる機会なんてないことに気づく。

藤沢さんに味の感想を聞かれた那澄は、パクパクと食べながら「おいしすぎる」と言っていた。



日が暮れたころ、僕らは最後の目的地へと向かった。


中心市街の近くにある丘陵。

その曲がりくねった坂道を、ハイビームを頼りに登っていく。

何度か道を間違えそうになりながらも、やがて頂上のひらけた場所に着いた。

「到着ー」

と言って後部座席を振り返ると、藤沢さんが那澄にもたれかかって眠っていた。

「詩乃ちゃん、疲れちゃったみたい」

そう言って那澄は小さく笑う。

藤沢さんは出発してから一度も仮眠をとっていないので無理ないだろう。

藤沢さんを寝かせたまま、僕と那澄は人がいないことを確認して車を降りた。


崖際にかけられた鉄製のフェンスに腕を置いた僕らは、視界に広がる景色に息をのむ。

煌々とした夜景と、それを反射したような満天の星空。

思わず「きれい......」と口にした僕らから白い息が漏れ、冷たい空気に溶けていく。


「......僕らのアパート、あれかな」

「え、見えるの!?どこどこ!?」

那澄がぐっと顔を前に出す。

「あの大きな建物が大学で、そこから少し南に行ったところに見えるでしょ?」

「......うーん、南ってどっち?」

「右手前」

「......」

「見えた?」

「......あはは、わかんない」

諦めて那澄が笑う。

すぐ笑うところが藤沢さんと似ているなと思った。やはり一緒に暮らす時間が長ければ、癖や性格も似るのだろうか。本当の姉妹のように。


しばらくして、那澄が呟くように言った。

「この小さな灯り一つ一つに人が生きてるんだよね......」

「そうだね、なんか感動するよね」

「うん......でも、ちょっと悲しい」

その言葉の意味を一瞬考えたが、わからなかった。

「どういうこと?」

「......だって、人の生きてる証が、こんなに小さな灯りってことでしょ?どれか一つが消えても全く気づかないよ」

那澄は哀しげにそう言った。

何も、街灯りだけが人の生きてる証ではないだろうが、彼女の言葉に妙に納得もしてしまって、僕は反論も共感も口に出さなかった。

ただ、静かに微笑む。

「なんで笑ってるの?」

「面白い考え方するんだなって」

僕にそう言われて、「そうかな」と返す那澄が、照れているのか不満げなのかはわからなかった。

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