第29話 送別会②

スマホで時刻を確認すると、ちょうど夜の九時を回っていた。

藤沢さんは酔いのせいなのか、うとうとし始め、健二と加賀さんはタブレットのメニュー表を見ながら締めのデザートを選んでいる。

僕は一応みんなの顔色をうかがいながら網の上の最後の肉を取り、椀に残った白米と一緒に口にかきこんだ。ほぼ満腹の状態では、せっかくの国産牛もおいしさが半減していた。

「立紀はチーズケーキでいいよな?」

健二が僕にタブレットを向けながら、画面に映るチーズケーキを指差す。

「いいわけないだろ、勝手に決めるな」

「チーズケーキにしてくれよ、俺も食べたいんだ」

「自分で頼めよ」

「俺はティラミスにしたんだもん。ほら、俺のティラミス半分あげるからさ、チーズケーキも半分くれよ。両方食べたいんだ」

「その図々しさ、逆に清々しいな。でも俺はチーズケーキもティラミスも食べないよ」

僕がそう言うと、健二は不満そうに口を尖らせ、「ちぇっ」と舌を打ってタブレットに向き直る。

その様子を見ていた加賀さんが、酔いで赤くなった顔をほころばせる。

「君たち、仲いいね」

僕と健二が顔を見合わせる。

「今ちょうど仲が悪くなったところですけどね」

健二が冗談っぽく言う。

「ふふっ、まあ、喧嘩するほどなんとやら」

そう言うと、加賀さんは顔を横に向けながら頬杖をつく。

「詩乃ちゃん、寝ちゃったか」

加賀さんの横では、藤沢さんが首を前に傾け、スースーと微かな寝息を立てていた。

「ねえ、二人に聞きたいことがあるんだけどさ」

加賀さんが改まった口調になったので、僕の背筋が少し伸びる。

「サークルは楽しかったかい?」

加賀さんと目が合う。

「はい、楽しかったですよ」

僕の言葉に同調して健二も頷く。

「そう、ならよかったよ」

「どうしたんですか急に。酔ってます?」

健二が聞く。

「いやあ...ちょっと酔ってる。...酔ってるついでにさ、愚痴というか不安というか、こぼしてもいいかい?」

「...いいですよ」

僕の返事にニコリと微笑んで加賀さんは話し始める。

「私さ、大学に入学したとき周りになじめなくて友達いなかったんだ。髪がぼさぼさで服も基本的にジャージだったから、性格も相まってきっと変人扱いされてたんだよね」

加賀さんは自虐めいた笑いを浮かべる。

「見た目くらいは人並みにしようと頑張った時期もあったけど、なんか自分を無理して取り繕ってる感じが苦しくて、結局諦めちゃってさ。でもまあ、大学生だし一人でもなんとかなるでしょって精神で一年生の頃は過ごしてたんだけど、やっぱり寂しくなっちゃって。居場所が欲しかったんだと思う」

遠い目をしながら話す加賀さんを、僕たちは黙って見つめる。

「それで、勇気を出して、サークルを立ち上げたんだ。これが結果的には大正解だったね。そこで詩乃ちゃんとも仲良くなったし、可愛い後輩も二人できたし。あの時勇気出してよかったなって今でも思う。...でもさ、時々考えるんだよね。私の作ったその居場所も、結局私一人だけが満足してるだけなんじゃないかって。みんなにとっては別に価値のないいものなんじゃないかって。もしそうなら、やっぱり寂しいよね」

加賀さんはジョッキに残っていたわずかなビールを飲み干し、ふうっと息をついた。

「でも、よかった。三浦君と森君が楽しいって思ってくれたのなら安心できるよ」

その言葉を聞いて僕と健二は顔を見合わせて少し微笑む。

「でもさ、せっかくできた居場所も、いつか離れないといけないんだよね。そして、また新しい居場所を見つけないといけない。大変だよね。...はあ、これが『生きる』ってことなのかなぁ」

「ほんとほんと。あーあ、東京なんて行きたくないよ」

そう言いながら、加賀さんの隣で寝ていたはずの藤沢さんが顔を上げる。

「詩乃ちゃん、起きてたの?」

「今起きた」

藤沢さんは口に手を当てながら、ふわっとあくびをする。

加賀さんは、本当に今起きたのかを疑っているような目で藤沢さんを見ている。

「...やっぱり不安なんですね、加賀さんも藤沢さんも」

僕は未来の自分を二人に重ね合わせ、少し億劫な気持ちになる。

「ふふ、そうだね。でもまあ、もちろん楽しみな気持ちもあるけどね」

藤沢さんがそう言うと、加賀さんも微笑んだ。


ちょうどそのタイミングで健二の注文したティラミスが届いた。

「まあ、二人とも頑張ってください」

健二はフォークでティラミスを一口大に切りながら、さらっと言う。

「ええっ、ちょっと森君、冷たくない!?」

「ティラミスがですか?」

「違うよ!対応が冷たいってことだよ!」

健二と藤沢さんのやり取りに、僕と加賀さんはお腹を抱えて笑う。


笑い終えたとき、この四人で集まるのは今日で最後なのだという実感とともに、ようやく寂しさが込み上げてくるのだった。


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