第28話 送別会

そういうわけで、大学二年生の夏の終わり、僕に初めての彼女ができた。


付き合ってから、何かが大きく変わるということはなかった。

今まで通り、絵を教えたりゲームをしたりするために藤沢宅に通い、他愛もない話をすることが僕と彼女の繋がりだった。カップルらしいことも特になく、二か月経った今でも初日のハグを越えられないままだ。

変わったことといえば、お互いの呼び方だろうか。「恋人同士なんだから下の名前で呼び合いなよ」と藤沢さんに言われ、僕たちは素直にそれに従っている。那澄に至っては普段の敬語も辞めようと頑張っているようで、ぎこちない話し方になっている。そういう点では、初々しいカップルらしくあるのかもしれない。




十一月。

ここに来るまでに吐いた息は、まだかろうじて透明だった。

心地よい涼しさはとうに通り越し、雪が降るのではないかと思わせるような外。

それとは対照的に、焼肉屋の店内は熱気であふれていた。

人々の談笑、店員の声、肉を焼く音、キッチンでの調理の音。そのすべてがバラバラに耳に入ってくる。

そんな店内の喧騒に張り合う声量で加賀さんが叫んだ。

「おいし~い!やっぱホルモンだよ、ホルモン!」

加賀さんが頬に手を当てながら、いかにも幸せそうな表情を浮かべる。

「加賀ちゃん、声大きいよ。もう酔ってる?」

藤沢さんが網の上の肉を裏返しながら苦笑する。

「酔ってないよ。後輩たちの手前、醜態はさらせない」

「ふふ。...にしても、送別会を開いてくれるなんて、いい後輩を持ったもんだよね」

藤沢さんに言われ、僕と健二は少し照れたように微笑む。

今日は創作サークルの送別会。とはいっても、藤沢さんや加賀さんと面識のない一年生は呼んでいないので、四人だけの小さな催しだ。

「三浦君と森君はお酒飲まないのかい?」

加賀さんがビールジョッキを片手に聞いてくる。

「うーん、僕あんまりお酒強くなくて。気持ち悪くなっちゃうんですよね」

「俺もあんまりお酒好きじゃないですよねー」

僕の言葉に健二がうんうんと頷く。

「そっかー、二人の酔ってるとこ見てみたかったのにな」

そう言って加賀さんは、グイっとジョッキを傾け、ビールを口に流し込む。僕は目の前に置かれたウーロン茶を見ながら、加賀さんの飲みっぷりを少し羨ましく思った。

網の上で肉を転がしている藤沢さんが口を開く。

「そういえばさ、藍田梨沙ちゃんだっけ、森君が付き合ってる子」

「そうですよ」

「どんな感じなの?」

「どんな感じって...まあ、仲良くやってますけど」

「デートどこ行ったの?」

「えーと、この前ディズニーランドに行きました」

「ふーん、いいねいいね~、幸せだね~」

「もう、なんですか...」

藤沢さんの満足げな笑顔に、健二は面倒くさそうな顔をする。

藤沢さんはこの手の話が好きなのだろうか。

サークル内での様子を話そうかと思ったが、健二に怒られそうなのでやめておいた。











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