第23話 雨の日

大学二年生前半もあっという間に過ぎていった。

サークルでイチャイチャしていた健二と一年生の藍田さんが、とうとう付き合い始めたのだが、付き合ったら付き合ったで緊張してしまうらしく、ぎこちない雰囲気を醸し出している。


夏休みに入ると、僕は健二に誘われ、自動車学校に通い始めた。

健二はドライブデートがしたいからという理由で免許を取るらしい。僕は半ばそれに付き合わされたかたちだった。

でも、バイトでの貯金も使い道がなく溜まっていく一方だったので、ちょうどいい機会だったかもしれない。


そういうことで、僕の夏休みはバイトと自動車学校に通いながら、水島さんに絵を教えるという、多忙なスケジュールになった。




その日は、雨音が銃声のように響く土砂降りだった。

いつものごとく、画材が入ったカバンを持って、隣の部屋にお邪魔する。

「藤沢さんはバイト?」

「うん」

僕と水島さんはテーブルを挟んで向かい合って座る。

テーブルの横にある棚の上には、僕らが今まで描いてきた絵が結構な厚みの束となって置かれていた。

「結構描いたね、100枚くらいはあるかな」

「...うん」

僕はちらりと窓の外を見る。

「こんな雨の日にバイトは行きたくないなあ」

「...うん」

いつもは少し雑談をしてから絵を描き始めるのだが、今日の水島さんはどこかよそよそしい感じで、僕が話題を振っても「うん」と淡白な答えを返すだけだった。

仕方がないので僕は絵を描き始めるも、水島さんは動かず前屈みで下を向いているようだった。

「どうしたの?」

心配して声をかけるが、水島さんは黙ったままだ。表情が見えないため、彼女がどういう感情なのかすらわからない。

僕は上を向き、どうしたものかと考える。


雨音がさらに強くなった頃、ようやく水島さんが口を開いた。

「...三浦君は、なんで私なんかと仲良くしてくれるんですか」

それは、以前に僕が藤沢さんに向けて言った言葉と同じだった。

「私のこと、怖いとか、気持ち悪いとか思わないんですか」

水島さんの透き通った声が、小さく吐き出され、雨音に溶けていく。

いきなり虚をつかれることを言われて、僕は少し動揺するが、すぐに否定する。

「思わないよ。そりゃあ、最初に会ったときは驚いたけど」

「...そう、ですか」


それからまたしばらく沈黙の後、水島さんが屈んでいた体を起こす。

「三浦君、私が透明人間になった時のこと、話してもいいですか」

僕はその言葉に息をのむ。

「...話しても大丈夫なの?」

もちろん水島さんの過去については知りたい。

でも、それは、下手をすれば水島さんや藤沢さんを傷つけかねない内容かもしれないのだ。

「うん」

水島さんは覚悟を決めたようにハッキリと返事をして、僕の心の準備が完了しないうちに話し始めた。





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