第22話 水島さんの絵

ゴールデンウイークの初日、僕は藤沢宅に呼ばれていた。

藤沢さんが第一志望のデザイン会社から内定をもらったということで、そのお祝いだ。


『カンパーイ!』

三つのグラスがカチンと音を立てる。

「あー、これで一安心だ」

藤沢さんはそう言ってレモンサワーを口に流し込む。

「東京の企業でしたっけ?」

「そうだよ。私、東京で働くんだ~」

藤沢さんはニコニコしながら答える。

僕もそんな様子の藤沢さんを見て嬉しく思うが、やはりどうしても、藤沢さんや水島さんと別れてしまう寂しさもあった。

そんな気持ちを振り払うように、水島さんの特性唐揚げにかぶりつく。

「詩乃ちゃん、お仕事頑張ってね」

「あはは、なんか気が早いなぁ。もう少し大学生でいさせてよ」

藤沢さんはそう言って、グラスに入ったレモンサワーを飲み干した。


しばらくしてから、水島さんが「あのね」と切り出してきた。

「私最近、絵を描き始めたんだけど...」

恥ずかしがる水島さんをフォローするように藤沢さんが割って入る。

「そうそう、那澄ちゃんの絵、可愛いんだよ。三浦君に見せてあげるね」

そう言って藤沢さんが持ってきたのは、透明なクリアファイル。

その中に挟んである紙を数枚取り出し、僕の前に並べた。

いずれも、メルヘンな街並みの中で人間と動物たちが仲良く暮らしている様子が描かれており、ほんわかとした、可愛らしい雰囲気の絵だった。

「おぉ、すごい。いい絵だね」

僕が褒めると、恥ずかしがって体を縮こませている水島さんが、安心したように顔を上げる。

「本当ですか?」

「うん。好きだな、この絵」

その言葉は、決してお世辞などではない。

もちろん素人なので描き方でのミスは多々あるが、水島さんの絵には人を惹きつけるような魅力があると感じた。

「でも、上手く描けないところがあって...。三浦君、よかったら教えてくれませんか?」

僕はその水島さんからのお願いをすぐに了承した。水島さんには以前、料理を教えてもらったことがあるので、そのお返しだ。それに、なによりも、もっと水島さんの絵を見てみたいと思ったのだ。


食事の後片付けの後、僕らは夜遅くまで絵を描いた。水島さんは何度も僕に質問し、細かいところまで凝っているようだった。そして、上手に描けた絵は、まるで褒めてもらいたい子供のように、僕と藤沢さんに見せてきた。楽しそうに絵を描く水島さんを見て、僕も藤沢さんも頬が緩んだ。


その日は、水島さんお手製のカップケーキを貰い、また絵を教えることを約束して、部屋に帰った。

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