第7話 勘違い

それから僕は時折藤沢宅に呼ばれるようになった。

水島さんのことがあるため外に出て遊ぶことはできないが、もともとインドア派の僕からしたら十分に楽しかった。


夏休みも終わりに近づいてきた頃、健二から遊びに誘われた。駅前で待ち合わせをし、向かった先はカラオケ店。平日ということもあってあまり混んではいなかった。クーラーの効いたカラオケボックスの中で、僕たちはソファに座って一息つく。

「立紀は夏休み何して過ごしてるんだ?」

健二がドリンクバーから注いできたジンジャーエールを飲みながら尋ねる・

「んー、バイトしたり、たまに絵描いたりとか。これといって何もしてないな」

「そうか。まあいいや」

「...なんだよ」

「ふふっ、とりあえず歌おうぜ」

健二からマイクを渡された。

三時間ほど歌ったところで予約曲のリストが空になり、僕たちはマイクを置いた。

「健二の選曲って、ちょっと古いのな」

「なんだ、馬鹿にしてんのか?」

「いやいや、俺知らない曲ばかりで聞いてて楽しかったよ」

「ふん、そうか」

健二は自慢げに笑う。

「なあ立紀、お前藤沢さんと付き合ってるのか?」

ちょうど喉に流し込んでいたオレンジジュースが気管に入り、大きくむせる。

「...なんだよ急に。付き合ってねえよ」

「そうなのか?俺この間見たぜ。お前が藤沢さんの部屋に入るところ」

「えっ...」

「たまたま近くを通りかかったときにな」

「いや、あれは用事があって...」

「用事って、なんの?」

...どうしよう。

どうやってごまかそうか。

思案に暮れている僕を、健二は探るような目で見つめる。

「まあ、答えたくないならいいよ。ちょっと気になっただけだから」

決まりの悪い僕に気遣ってか、健二が再びマイクを持つ。

「...あ、でも、付き合ってはないんだ」

とっさに出したその言葉が、なんだか意味ありげなものになってしまったと、言い終わってから後悔する。

「...ああ、これからってこと?」

健二がクスクスと笑う。

「いや、違う」

「応援するぞ」

「違うって、ほんとに」


誤解が生まれてしまったが、あながち僕にもそういう気がないわけでもなかった。


今までの僕にとっては、あんな美人な先輩、高嶺の花以外の何者でもなかった。でも今では、時々部屋に遊びにいく仲になっている。もちろん、単なるゲームの数合わせに過ぎないのかもしれないし、秘密をばらされないために僕を監視しようという魂胆があるのかもしれない。藤沢さんの真意はわからないし、なにより僕自身、藤沢さんが好きなのかどうかもわかっていなかった。

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