第8話 誕生日会

その日、僕は藤沢宅に呼ばれた。

その日もいつものごとく、ゲームや他愛もないトークが繰り広げられ、時間が過ぎていった。まるで、中学生が友達の家に集まってだらだらと過ごすような、そんな時間だった。

時計の針が一時をまわった。一面のボスと死闘を繰り広げる藤沢さんの後ろで、紅茶を一口飲む。この紅茶は、藤沢さんがこの前僕のバイト先で買ってくれたものだ。僕が淹れるよりも、だいぶ色が濃い。その時、いきなり右耳に微かに息が当たったのを感じて、びくりと体を震わす。

「あの、明日の十七時に家に来れますか?詩乃ちゃんには内緒で」

水島さんが僕の耳元でそう囁いた。

「うん、大丈夫だけど」

僕も藤沢さんに聞こえないくらいの声量で答える。

「詳しいことは明日話します」

水島さんがそう言うと、顔のすぐ横にあった温もりが離れたのを感じた。何の用事で水島さんが僕を呼ぶのだろう。それも、藤沢さんには内緒で。僕は横にいる水島さんを見ながら考える。そうしていると、水島さんのわざとらしい咳ばらいが聞こえたので、慌てて前を向き、また紅茶を口に含んだ。


翌日、約束の時間通りに訪れると、最初に会った日のようにドアを少しだけ開けて水島さんが出迎えてくれた。予想はしていたが、藤沢さんの姿はない。

「詩乃ちゃんは今日バイトで、二十時まで帰ってきません」

水島さんは落ち着かない様子で、もぞもぞと動いている。

「今日俺が呼ばれたのって」

「そ、それなんですけど、あの、頼みごとがあって」

そういうと、水島さんは三万円を僕の前に差し出してきた。

僕はどんな頼み事だろうかと身構える。

「これで、詩乃ちゃんの誕生日プレゼントを買ってきてほしいです」

宙に浮いている三万円がプルプルと震えている。

僕はなんとなく状況を理解し、「ああ」と声を漏らす。

「藤沢さん、もうすぐ誕生日なんですね」

「今日が誕生日です」

「今日!?」

「すみません急で。お願いできませんか?」

もし断ったら泣きだすのではないかと思うくらいの、すがるような声だった。

「えっと、水島さんの代わりに藤沢さんの誕生日プレゼントを買ってくればいいんだよね?それくらいなら全然引き受けるよ」

「ほんとですか!ありがとうございます。」

彼女の顔は見えないが、ぱあっと明るい表情に変わったのが伝わってきた。

「詩乃ちゃんには今日の誕生日会にサプライズであげようと思うので、詩乃ちゃんが帰ってくる二十時までに買ってきてほしいです」

「うんうん、了解」

「あ、そのためにまず、連絡先交換してもいいですか」

水島さんがスマホを取り出す。

「持ってるんですね」

と言った直後に、失礼だったかと反省する。

「詩乃ちゃんが買ってくれたんです」

そう言って水島さんは、ふふっと笑った。

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