04
――いいね。芸術点に加点される出来栄えだよ。
個人的にはホットパンツの生地がジーンズっていうのもポイントが高い。
見るからに硬そうな布の中に柔らかなお尻を窮屈そうに押し込めているのって、一種の緊縛だよね。
つまり――これは誘い受けのサイン!
「……ぷっ、くは! ちょ、ガン見し過ぎ」
そのちょっとの照れと呆れの混じった笑い声にハッとして顔を上げた。
「ふーん。そんな可愛い顔してても、ちゃんと男の子なんだ」
長い睫毛に縁取られたツンとした薄茶色の瞳が、揶揄うように弧を描く。
「……えっち」
太腿の間に両手を挟み込んで隠しながら、少し赤くなった頬で悪戯っぽく笑いかけてくる、バンギャっぽい美人さんがそこにいた。
黒に青のメッシュが入ったショートボブが揺れて、隙間から覗いた大量のピアスが蛍光灯を反射してキラッと光った。
ユウリはファッションモデルっぽいというか、女性として格好良さとか綺麗さの極致だけど、この人は中性的で、なんか触っちゃいけないものに触りたくなるような魅力がある。
「えーっと……で。マジ、なんでこんなとこで寝てんの? なんかの流行り?」
全身から漏れでる気だるげな雰囲気とか、鋭いのに眠たげな瞳とか、なんかこう……一回捕まったら抜けだせなさそうな気配がビンビンに伝わってくる。
「おーい。聞いてる?」
でも、だからこそ……抗いがたい。
そもそも、こんな人目のない路上の暗がりで寝てるようなやべえ奴に声をかけてくるとか、それはもう僕のこと好きじゃん。
普通ならスルーか通報案件ですよ。それをしないってことは、僕のことを誰にも渡したくないと、そういう意思表示でよろしいか?
想いを乗せた熱い視線で、ジーッと出来のいい顔を凝視する。
美人さんはそわそわ手を擦り合わせ、何かを探すみたいに目をあっちこっちに泳がせている。
おそらく返事を迷ってるんだろう。
絶対に、いくら話しかけても黙ったまま揺るぎない視線を向けられて、居心地が悪くなっているとか、若干後悔してるとか、そんなことはない。
「あー……やっぱり何か訳ありな感じ?」
何か覚悟を決めた感じで美人さんは一度空を仰ぎ、頬を掻きながら遠慮がちに聞いてきた。
「まぁ、急にこんな厳ちぃ見た目の奴に話しかけられたら、警戒すんなっつう方が無理な話だろうけどさ。でも、なんか放っとけないっていうか。
知り合いとかじゃない、自分とキャラが全然違う他人の方が話しやすいこともあるっていうか。だから、まぁあれだよ――」
きっとこの人の目には、僕が話すに話せない、とんでもなく重たい事情を抱えたスーパーかわゆいすてき家出美少年に映っているんだろう。
可愛いっていうは罪なんだ。
だからさ。ユウリ――、
「どうしたん? 話聞こか?」
一人で大海原に漕ぎだす僕を許してほしい。
***
「つまりねぇ! えちちっていうのは、見せればいいってもんじゃないんだよぉ!」
「あはは、そだねー」
叫びながら手に持った缶を思いっきり呷る。独特なオレンジ風味の液体が喉を通ると、風邪でも引いたみたいに顔が熱っぽくなった。
なぜだか視界がグラグラ揺れて足元も覚束ない。だけど気分だけはおかしなくらいイイので、ケラケラ笑いながらまた缶を呷る。
トウカさん肩に手を回してDQNの絡みみたいになってるけど不可抗力だ。
「……飲ませ過ぎたか」
「聞いてるぅ!? トウカさぁん!」
「はいはい、聞いてるよ~」
何かぼそぼそ言ってるトウカさんの両肩を掴み、前後に思いっきり揺する。
霞がかった視界の中で、トウカさんが頬を引きつらせているように見えたけど、きっと気のせいだろう、っていうかよく見えない。
「んん~?」
「えっ、ちょ!? なになに? 近い、近いって!」
「んー……んへへ、トウカさんの綺麗な顔、よく見たいなぁってぇ。チューすると思ったぁ?」
「こ、こんのぉ……ッ!? いや、落ち着けぇ。大丈夫、今のとこは上手くいってんだ」
拳をプルプル震わせながら、あからさまに頬を赤くするトウカさんが面白くて、勝手に込み上げてくる笑いを吐きだしながらしな垂れかかるように抱きつく。
「ちょ、抱きついてくんなッ!」
「こんな可愛い子に抱きつかれてるんだから役得でしょ! 何が不満だって言うんだっ!?」
「なんでアンタがキレてんの!?」
腕を突っ張って押し返してくるトウカさんに絡みつきながら、ふと辺りを見回してみると、なんだかまるで見知らぬ所だった。
そういえば、ここに来るまでの記憶も曖昧だ。確か、トウカさんにユウリの愚痴を言って、そしたら何か飲み物を奢って貰って……はれぇ?
「トウカさぁん。ここってどこぉ?」
「アタシの下宿の近くだよ」
「ええぇ~、こんな人気のない暗いところに住んでるの~? 趣味悪いって言われません? 格好がそんなのなのに余計に怖がられちゃうよ?」
「好き放題言いやがって……まぁ、どうせ仮住まいだからいいんだよ」
トウカさんに肩で担ぐようにして引きずられるまま、あっちこっちにふらふらしながらついて行く。
ていうか足に力が入らなくて、自分で立てているのかさえ怪しいからついて行くしかない。自分の進退さえ相手の気分次第っていうのは、なんだか……興奮する。
可愛い同士、人気のない暗い場所、二人きり。何も起きないはずがなく――。
「さっ、着いたよ」
「はえ? わっ!?」
耳元で囁かれた声に顔を上げると同時に体が宙を泳ぎ……ぼふっ、と埃っぽい簡素なベッドの上に投げだされた。
「えほっ、げぇっほっ! あ、危ないでしょ! 乱暴するなら一緒に気持ち良くしながらにしてください! まったく、もうちょっとムードを考え……はれぇ?」
ぶちぶち文句を垂れながら起き上がろうと手を着いて――力が入らなくて、そのまま倒れた。
いくら力を入れようとしても、まるで骨がなくなったみたいにぐにゃぐにゃして、上半身を起こすことさえできない。
震える手を握ったり開いたりしてみるけど、その感覚も曖昧だった。
「トウカさぁん。僕、なんか動けなくなっちゃったみたいだから、起きるの手伝ってくれると嬉しいなぁって思うんだけど……?」
手を伸ばすのも億劫で、視線だけトウカさんへ向けて助けを求めた。
でも、トウカさんは僕の方には見向きもせず、さっきまでのどことなく緩やかな雰囲気さえなくなって、片手を耳に当ててツンとした瞳をさらに鋭くして宙を睨んでいた。
「――あ、ジョー? アタシ。うん、そう。うん……たぶん間違いない。……それも大丈夫、当分身動き取れない。分かってる……分かってるってば! いいからさっさと来てッ!」
トウカさんは抑えきれなかった苛立ちをぶつけるみたいに地面を蹴りつけた。
見た感じ電話をかけてるみたいだったけど、僕の目にはトウカさんがなんのデバイスも持っていないように見える。耳にイヤホンを入れてる様子もない。
――ピアス型のデバイスなのかな?
なんだか違和感が拭えず、まだぼんやり靄のかかった頭は上手く回らなくてもどかしい。あと、相手をしてもらえなくて寂しい。
「ねぇ、トウカさーん。そろそろ構ってよぉ。……僕って十分以上誰かに構ってもらえないと、全身の穴という穴から粘液を噴出して昇天しちゃうんだけど大丈夫そ?」
「………」
まるで聞こえてないみたいに、トウカさんは一瞥もくれずどっかに行ってしまった。
取りつく島もない。完全に無視されてる……ちょっと泣きそうだし泣いてみようかな。
精神年齢を三歳まで逆行させるため精神統一をしていると、トウカさんが何かヘンテコな機械らしきものを台車に乗せて戻ってきた。
「命拾いしたね。もう少し戻ってくるのが遅かったら、三歳になった僕の世話で残りの生涯を使い果たすところだったよ?」
「いや、マジで意味分かんないから」
思わず返事をしてしまってから、トウカさんはあっと声を漏らして、バツが悪そうに視線を逸らした。
「なんだ、声は聞こえてたんだ。良かったぁ~。反応してくれないから、僕だけ次元の狭間にでも迷い込んじゃったのかと思った。
ねっ、それってなんの装置? 結構大掛かりだね。やっぱ人体実験とか? にしては環境最悪っぽいけど、衛生管理って知ってる?」
「……アンタ、危機感とかないわけ?」
「へ?」
ズカズカ荒い足取りで近づいてきたトウカさんは、バンッと頭のすぐ横に勢いよく手を着き、押し倒したような状態で僕を見下ろした。
「状況が飲み込めてないなら教えてあげるけど。アンタ、拉致られたんだよ」
「……はぇ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
視線を巡らして周囲を確認する。そこそこ広い、十畳以上ありそうな部屋は、打ちっぱなしのコンクリートが剥きだしで、見るからに廃墟って感じの趣。
家具なんかは、このベッド以外見当たらず、到底人が生活するための環境じゃない。
ゆっくりと首を回して、恐る恐る視線を戻し、震える声を絞りだした。
「ま、まさか……」
「ふんっ、やっと理解した? そう、アンタは」
「気づかれてないと思ってたの!?」
「気づいてんなら怖がりなさいよッ!」
トウカさんは目に涙をちょっと浮かべながらうがーッと吠えた。
「えー、理不尽。それ、やってる張本人が言う?」
「やってる張本人だから言ってんでしょ!?」
いやね。僕としても怖がってあげたいのは山々なんだけど、さっき奢ってもらったドリンクの影響が抜けきってないみたいで、頭も体もフワフワなんだよね。
どこのメーカーか教えてくれる?
エナドリ中毒者としてはマストでリピ確定なんだけど。
「くそッ! こんなふざけた奴、話しなんかしないで連れて来ればよかった!」
「僕が可愛いからって僕のこと知ったかして彼女面するの止めてもらっていい?」
「誰がッ! いつッ! 彼女面なんてしたぁッ!?」
さっきまでのクーだる(クールで気だるげ)な上っ面を脱ぎ捨てて、トウカさんはぜぇぜぇ息を切らしながら叫んだ。
確固たる自分を持ってそうな年上のお姉さんが、自分のキャラをかなぐり捨てて涙目で睨んでくるのには、ちょっとそそられるものある。
余裕そうな僕の態度が気に食わなかったのか、トウカさんはギッと眉間に力を入れて睨んできた。かと思えば、ニヤッと口角を吊り上げて、凄みのある笑みでキスするみたいに顔を寄せてくる。
「――じゃあ。アタシのとびっきりの秘密、教えてあげる」
焦らすように一拍間を開けたトウカさんは、少し顔を離すと僕の手を取り、頬を赤く染めながら自分の股間に導いた。
「アタシに随分ご執心だったみたいだけど……実はアタシ――男なんだよね」
トウカさんの告白に、僕は目を真ん丸に見開いて、
「うん。知ってた」
「もうヤダ、こいつぅー!!!」
トウカさんの嘆きが、コンクリの部屋にむなしく響いて消えた。
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