05


 頭を抱えて悶えるトウカさんを可哀そうな子を見る目で眺めながら、やれやれと大袈裟に溜息を吐いた。


「いや、常識的に考えてさ。僕自身、可愛い系男子なんだから、同族は見るまでもなく匂いで分かるのは当然でしょ? むしろなんで気づかれないと思ったの?

 まぁ、でも大丈夫だよ、トウカさん。たとえ同族の気配に鈍感でも……気づかれてないって勘違いして、調子に乗って僕のことを散々誘惑しまくってたトウカさんは――最高に可愛かったから!」

「~~~ッ!?」


 顔を真っ赤にして崩れ落ちたトウカさんは、ベッドをポスポス叩きながら顔を押しつけ、言葉にならない声で叫んだ。

 あぁもう、今すぐにでも抱き締めて、ヨシヨシ慰めてあげたいけど、まだ体が思うように動かない。眺めることしかできない自分が恨めしいぜ、まったく。

 仕方ないから、横になったままじっくり観察させてもらおう。


 羞恥に焼かれて転げ回るトウカさんを思う存分微笑ましく見守っていると、数分経ってようやく息も絶え絶えに顔を上げた。

 涙の浮べて悔しそうに歪んだ顔を、正面から覗き込んでニッコリ笑いかけたら、さらに眉を逆立てて鼻先に指を突きつけてきた。


「言っとくけど、そんな余裕ぶっていられるのも今のうちだからッ! ジョーが帰ってきさえすれば、アンタなんて……ッ!」

「俺がどうした?」


 唐突に聞こえてきたダンディな声に、僕とトウカさんは同時に顔を上げた。


 いつの間にか、僕たちの背後に巨大な人影が音もなく立っていた。


「ジョー!」


 パッと笑顔を咲かせたトウカさんがベッドから飛びのき、その人に駆け寄っていく。


 僕はといえば、トウカさんの僕と彼に対する態度の温度差とか、そんな可愛い笑顔、僕には見せてくれなかったじゃん、とか色々言うべきことは全部吹き飛んで、ただぽかんと口を開けてその人を見上げるしかなかった。


 ――でっかぁ。


 僕が横たわって見上げているのを差し引いても、明らかに日本人の平均身長は超えている。もしかしたら2メートル以上……肩幅に至っては僕三人分くらいありそう。


 それに輪をかけて異様な雰囲気を醸しだしているのが服装だ。全身を真っ黒なコートっぽいもので覆い、目深に被ったフードのせいで顔も見えない……って、


「巷で噂の変質者!」

「道端で寝てたくせに変質者とかどの口でほざいてんの!?」

「それはそう」


 トウカさんの反論に思わず納得してしまった。ぐうの音も出ない正論だわ。


 僕の反応の何が気に食わなかったのか、トウカさんはギリギリと歯ぎしりしながら僕をねめつけると、怪しくて大きい人に抱きつき、袖をぐいぐい引いて訴えかけた。


「ねぇ、ジョー。こいつ、マジでふざけた態度しか取んないし、まともに会話になんないし、マジ疲れた。だけど、アタシだって頑張ってさぁ」

「――藤花とうか。先に仕事を済ませよう」

「あっ、ちょっと、ジョー! ……もうっ!」


 トウカさんの言葉を途中で遮って、大きな人がベッドに近づいてくる。


 彼の後ろでトウカさんが頬を膨らませ、子供みたいに地団太を踏みながら体ごとそっぽを向いた。背中からアタシ不満です、って意志が電波みたいに噴出してる。


 ――あ~ぁ、拗ねちゃった。


 見た感じ、二人はおそらくそういう関係なんだろうけど……体格差もだけど、精神年齢の差がえぐそう。態度からして、もう外見そのまま、大人と子供だ。


 まぁ、でも。トウカさんがちょっと可哀そうと思わなくもない。会えてなかったみたいだし。

 しょうがにゃいな~ぁ、と心の中で溜息を吐いて、僕を見下ろす位置まで来た大きな人に、横目でトウカさんの方を指しながら訪ねた。


「構ってあげなくていいの?」

「そういうのは二人きりのときにやるさ。俺はシャイなんでな」


 軽く躱されてしまった。ごめんよ、トウカさん。僕じゃ説得は無理みたい。


「さて、失礼するぞ」

「失礼されるなら、ちょっと遠慮してもらいたいかなぁってんぐぅ!?」


 軽口を叩こうとしたところで、大きな人の手が僕の首を締め上げ、強制的に黙らせられた。


 ついさっきまで、不自然なほど暗闇に覆われていたフードの中に、金色の丸い、まるでゲームのスコープエフェクトみたいな光が浮かび上がった。


「ゔ、あっ……ぐ」

「……なるほど。間違いないみたいだな」

「げほっ、げっ、えほ」


 何か自分勝手に納得したらしい大きい人は、僕の喉から手を離すと、フードを軽く払ってトウカさんの方に振り返った。


 好き勝手に虐めてくれちゃって、こんな暴力を振るわれたのはユウリの日課以外じゃ初めてだ。落とし前はきっちりつけてもらうからな! その面見せんかいッ!


「藤花、お手柄だ。こいつで間違いない、当たり・・・だ」


 月明かりに照らされてフードの下から顕わになったのは、ロードレースなんかで使いそうなバイザーをかけた、ごっつい黒人の顔だった。


「日本人ちゃうやんけ!?」


 とんでもなく流暢に日本語を話してたから勝手に日本人だと思い込んでたけど、考えてみたら日本人なのに2メートル超えってよりかは説得力がある。

 神妙に頷いていると、大きな黒人さんは片眉を上げて、試すみたいな笑みを向けてきた。


「おいおい、肌の色で決めつけるのは失礼なんだろう? 俺は生まれも育ちも日本さ。ただ、父方の先祖に南米生まれの黒色人種ネグロイドがいたってだけでの話さ」

「あっ、それは失礼を。謝罪して撤回します」


 僕が即座に謝ったことに、黒くて大きい人は面食らったみたいに動きを止めた。


 いや、何をそんなに驚いてるん? 今のは明らかに僕の落ち度だろう。


 言われてみれば、確かに肌の色だけで日本人かそうじゃないかを決めるのは、ちょっと暴論が過ぎていた。

 自分で言ったじゃないか――日本人HENTAIは心の在り方だ、って。


 僕が改めて自分に言い聞かせていると、黒くて大きい人は何かがツボに入ったらしく、噴きだして、肩を震わせて笑いだした。


「――フッ、クッ、クククッ。認めるのかい? ああ、それなら。別に構わねえさ」


 なんでか上機嫌になった黒くて大きい人がバイザーを上げて素顔を晒した。

 深い焦げ茶色の瞳に優しげな目元がせくちーな顔立ちが、ベッドの傍らから覗き込んでくる。


「さて、アンタには二つ選択肢がある。一つは、ここで俺たちともこの世ともお別れするって道だ。アンタは行方不明、綺麗さっぱり消えてもらう。もう一つが、」

「ちょっと、ジョー! こいつにそんな説明する必要ないでしょ! やることは決まってるんだから、さっさと済ませて、さっさと帰ろうよ!」


 急にトウカさんが僕たちの間に割り込み、腕をいっぱいに広げて黒くて大きい人の視界から僕を隠すように立ちはだかった。

 なんだか焦った様子で、涙の溜まった瞳が不安そうに揺れてる。


 ……あー、なるなる。そーゆーことね。完ッ全に理解した(天地明察)。


 そりゃあトウカさんからしたら近づいてほしくないわな。

 ――こんな可愛い僕にはねッ!


 そうだよね。このまま距離が近づいていったら、黒くて大きい人が僕に惚れちゃうもんね。

 だけど、ごめんなさい。その告白は受け入れられないんだ。だって、僕……ごつい男は守備範囲外なんだ。


 ごめんね、家では飼えないんだよ。って感じで申し訳なさそうに見つめた。


 黒くて大きい人はそんな僕には気づかず、トウカさんを見下ろして困ったように頬を掻いた。


「藤花。俺は正直こいつが気に入ったよ。可能なら二つ目を選んでほしいくらいにな」

「なっ!? な、なんで!? こんなふざけたことしか言わない、意味分かんない奴なんか」

「お前だって分かってるだろう? こいつは、俺たち側だ《・・・・・》」


 黒くて大きい人の言葉に、トウカさんはうぐっと言葉を詰まらせた。

 反論できる言葉を探すみたいに視線をあちこちに転がす。でも結局見つけられなかったみたいで、悔しそうに歯噛みしながら腕を下した。


「分かった。なら、せめてこいつが絶対にそうなんだって確信できるように、顔だけじゃなくて全身を照会して。じゃなきゃ認めない」


 なおも譲ろうとしないトウカさんに、黒くて大きい人は降参するみたいに両手を上げた。


「分かった。少し面倒だが、おまえがそれで納得するなら異論はねぇよ。それでいいか?」


 トウカさんが小さく頷いたのを確認して、黒くて大きい人は改めて僕の方に向き直った。


「さて、待たせた。改めてだが、とっ、その前に名前を聞いてなかったな。俺は、岡田・B・丈一郎じょういちろうってもんだ。仲間からは丈一郎とかBJと呼ばれてる。アンタは?」

「これはご丁寧に。僕は四月一日わたぬきゆかりと言います。ゆかりって呼んでね、ジョー♪」

「は?」


 ひぇっ、なんかジョーさんの後ろにバチクソにキレ散らかしてる人がいるやん。

 怖いわぁ~、カルシウム足りとらんのとちゃいます?


 口元を手で隠して、わざとらしく怯えて見せると、トウカさんは今すぐ殺してやると目を殺意でギラつかせながら飛びかかろうとしてきた。

 ジョーさんはそれを片手で襟首を掴んで宥めながら、僕と視線を合わせるようにベッドの傍らにしゃがんだ。


「OK、ゆかり。じゃあ突然で悪いんだが、今からお前を剥く」

「…………うん?」


 突然のレ○プ発言に、意味を掴みかねて首を傾げた。


「それは僕を裸にするって意味で合ってる?」

「ああ」


 何、この人。まるで躊躇ためらわないじゃん。

 今からすることに、一欠けらの後ろめたさもないみたいに、ジョーさんは真っ直ぐ僕の目を見つめてくる。その佇まいは、まさに紳士のそれ。


 そんな……そんなに情熱的に見つめられたら、僕……応えたくなっちゃうよぉ。

 頬を赤く染めて顔を逸らしながら、無抵抗な体を曝した。


「や、優しくしてね?」

「駄目ぇーーーッ!」


 またしてもトウカさんが僕たちの間に割り込んできた。さっきから忙しい人だ。


「絶っっっ対、駄目! アタシがやる! ジョーがこいつの服を脱がせるなんて、絶対にアタシ許さないから!」

「ちょっと! 僕とジョーさんの仲に後から割り込んでこないでよ! これは僕とジョーさんの問題なんだから、トウカさんには関係ないでしょ。何? 嫉妬?」

「アンタは黙ってろ!」


 凄まじい剣幕で怒鳴られてしまった……しょぼん(´・ω・`)。


 フーッフーッと獣みたいに荒い呼気を吐いて威嚇するトウカさんに、ジョーさんはちょっと困り顔で、小さい子供の相手をするみたいに下から覗き込んで優しく語りかける。


「藤花。脱力している人間の服を脱がすのはかなり力がいる。こいつもこれで男だ。体重もそれなりにあるだろう。そんな重労働をお前にやらせるのは」

「やだ! だって! だって……こいつ、顔は可愛いもん」


 トウカさんは涙をポロポロ零しながら、尖らせた唇でぽそっと呟いた。


 なんだ、この可愛い生き物。


 ジョーさんも同意見だったみたいで、ぐすぐす鼻をすすって上目遣いに訴えてくるトウカさんに、完全降服だと天井を仰いでバンザイした。


「OK、藤花。分かった、お前の意見を尊重する。だから泣くな。お前に泣かれるのが一番堪えるんだ」

「ぐすっ……本当?」

「ああ。そもそも、お前が一番よく知ってるだろう。俺が熱を上げてるのは、顔が可愛いとか、女にしか見えないからとかじゃなく――」


 そこで言葉を切り、ジョーさんは力強くトウカさん抱き寄せた。


「え、ちょ、ジョー」


 突然のことに顔を真っ赤にして狼狽えるトウカさん。

 戸惑いながらも、分厚い胸板に上腕二頭筋に身を委ねようと瞳を閉じ、


 ――ガァアン!!


 思いっきり鉄柱を打っ叩いたような音が響いた。


「ジョー!?」

「藤花、離れてろ!」


 ジョーさんは素早くトウカさんを背後に庇いながら、鉄パイプらしき物が飛んできた方角に向き直る。それと同時、全身を黒いコートっぽいもので覆った人影が、もう一本の鉄パイプを彼の頭に振り下ろした。


 ――まさかの不審者ナンバー2のエントリー!


 こちらもジョーさんほどでないが大柄で、奇襲をかけたこともあって、一方的に攻め立てているように見えた。


 トウカさんも思いの外素早い身のこなしでその場を離れ、巻き込まれない距離からハラハラした様子でジョーさんを見守っている。


 火花が散る度、一瞬だけ廃墟の暗闇が明滅する。

 二人はたった数十秒の間に何十もの攻防を繰り返してみせたが、それも長くは続かなかった。


 最初の奇襲で決めきれなかったのが致命的だったんだろう。

 フィジカルの差は圧倒的で、後からエントリーしてきた不審者は呆気なくジョーさんに取り押さえられてしまった。


 それでも、ジョーさんが肩で息をして、額から滝のような汗を滴らせているのを見ると、そう簡単な相手でもなかったみたいだ。


 まぁ僕としても、命のやり取りならどこか遠くでやってもらいたいのが正直なところだから、この少し肩透かしな展開にも、概ね満足だった――のだが、


 ハプニングは続くようで、ホッと安堵で泣きそうになっているトウカさんの隣。僕がここに連れてこられたときに、トウカさんが運んできた機械が、猛烈な勢いで発光しだした。


「藤花! お前が起動したのか!?」

「違う! 勝手に……ッ!」


 平静さを失ったジョーさんとトウカさんの声が響く中、機械の光は止まることなく輝きを増していき――ついに僕たちの意識ごとすべてを白く塗り潰した。


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