第42話 二日目 12:00-5

「ヘルマン」

 

「ん」


 キルカの問いかけに、ずっと様子を見ているだけだった男性が小さく頷いていた。

 一任しているのか、拳銃を取り出した時ですら眉ひとつ動かさなかった彼に、


「二人を監視していなさい」


 そう言い残して、キルカは足早に部屋から出ていってしまった。

 ひとまず今は殺されなかったことに安堵する。しかしまだ拘束が解かれていないことに、


「駄目じゃん」


「まぁ、そう簡単にはね」


 颯斗の、気持ちを代弁するような言葉に、春夏は唇で三角形を作っていた。

 人にちょっと言われてどうにかなるほど簡単な問題では無いのだ。先程の言葉にはもちろん打算も含まれていたが彼女をどうにかしてあげたいというのは本心から出たものだった。

 だから今はまだ殺されていないだけ上等だと考える。時間はまだあるのだから。

 と、その時だった。

 部屋を出ていったはずのキルカが戻ってきていた。

 手には水などを抱え、その重量に表情を引き締めていた彼女は二人の足元で荷物を解放する。

 そしてナイフで雑に拘束を解きながら、


「食事と水。あと救急セットね」


 ぶっきらぼうに話す様に、春夏は満面の笑みを浮かべて全力の抱擁で返していた。


「ありがとう!」


「うっとおしい」


 近づく春夏の顔を片手で押しのける。

 そして、


「勘違いしないで。全員生存の話を聴く前に死なれると困るだけだから」


「素直じゃねぇな」


 見下したような冷笑を浮かべる颯斗に、反省しないわねと春夏は、


「もう、駄目よ」


 自由になった手で軽く彼の頭をはたいていた。

 予想以上に気持ちの良い音が響いて、


「いでっ! 暴力的すぎるぞ」


「指導よ」


「体罰だろ、欠陥教師」


「私の生徒じゃないし、誰にも見られてないし。一回生意気な教え子をぶっ叩きたかったのよね」


 春夏は意地の悪い笑みを浮かべていた。

 教師として生徒にはそこそこ人気があったと自負している。その代わり一部の先生からはだいぶ嫌われていたが。それでも面倒くさい生徒というのは一定数いて、どれだけ言葉を重ねても一向に改善する気持ちがない子供だっていた。

 手は出せない。だからフラストレーションが溜まる。後先考えずバチンとその頬に赤い手形をつける妄想をしたことがない教師などいないだろう。

 意外とすっきりするのね……

 背筋に電流が走るような爽快感に病みつきになりそうだと感じる。いけない、こんなことではゲームが終了した後もやりかねない。

 獲物を前に舌なめずりするような笑みを浮かべる春夏に、キルカは無音のため息をつくと、


「漫才してないでさっさと治療しなさいよ」


 そういって、包帯を一巻き力なく春夏に投げつけていた。





 颯斗へ簡単な治療を施した後、春夏は包み隠さず持っている情報をキルカとヘルマンに伝えていた。


「といった感じなのよ」


 そう、全てだ。十人までなら無事に生きて脱出できる。しかし最後の一人はまだその術が見つかっていない。

 彼女達が協力するとなれば隠し通せる訳もなく、言わない訳にはいかなかった。

 話を聞いたキルカはしばらくの間口を半開きにしていた。そして、


「ちょっと待って。目途が立ったって言ったじゃない」


「目途は立ってるじゃない」


「いや、あと一人どうすんのよ」


「それは今後に期待する、みたいな」


 ははは、と寒い笑いが口から零れる。

 もっともな言い分に言い訳もできない。

 その適当な反応に、キルカは重くなった頭を上げることが出来ず、


「……今からでも撃ち殺したほうがいいかしら」


 そんな事を呟いていた。

 気持ちは分かる。痛いほどに。騙したと言われても仕方がないだろう。

 しかし希望がない訳では無い。まだいくつかあるチャンスを一つ一つ審査するだけの時間の余裕はあった。

 それがわかっているのだろうからキルカはすぐに行動に移さない。どれだけ呆れていても敵対するより味方になる方が得だと感じているからだ。

 それを補強するように、肩に厚く包帯を巻いた颯斗が言う。

 

「運営はどうにかする方法があるって認めていたんだ。あと一手でいいなら見つかるのも時間の問題だぜ」


「どうかしらね」


 半信半疑。キルカは胡散臭いものを見るように目を細めていた。

 ……あの場にいなかったものね。

 あの、不思議と惹きこまれそうになる少年も、間近で見なければただの怪しい人物に過ぎない。それでも彼ならなんとかしてしまいそうな予感を感じさせるから、皆が協力しているのだ。

 そのためなら、今はなんだってする。最善はそこにしかないとわかっていた。


「そういえばあなたの役職はどっちなの?」


 春夏は手に持ったスマホを振りながら尋ねる。

 急な話題転換に、キルカは気にした様子もなく、


「魔女よ」


「お似合いだな」


「どういう意味かしら?」


 いちいち突っかかる颯斗に、しょうがない子ね、と春夏は短いため息をつく。

 でも、案外いい関係なのかもしれない。軽口を言い合う二人の表情は柔らかく、本当の姉弟喧嘩のようにも見えなくもない。見た目は純日本人と外国人、またはハーフと大きく違うがやり取りに壁のような隔たりは見て取れなかった。

 気兼ねなく話せる相手に飢えていたのかもしれない。だから邪魔するのは憚られたが、このままでは話が一向に進まないと、春夏は腰に手を当てる。


「そこ、話の腰を折らないの」


 軽い注意にへーいと生返事が返ってくる。

 そして、颯斗は目線をヘルマンに向けると、


「となるとこっちのでかいのが恋人か」


 そう言って、数秒後思いだしたように吹きだす。


「恋人、ってマジかよ」


「ただの役職だ」


 嘲笑されていることに彼は眉一つ動かさず直立不動で立っていた。

 その言動に、あまりひやひやするようなことは言ってほしくないんだよなねと思っていると、


「そういうあんたはなんのよ」


「あぁ? 盗賊だよ」


 颯斗の言葉に、キルカは悪意ある目で笑みを浮かべていた。


「ずるがしこいところはそっくりね。三下臭いところも」


「喧嘩売ってんのか?」


「あら、どっちが先に売ってきたかもわからないくらいおバカなのかしらね」


 ああ、もう!

 延々とこの調子では困ると、春夏は二人の間に立つと、

 

「ストップ! 今のは颯斗君のほうが悪いわ。謝りなさい」


「うっせ」


「まったく……」


 聞く耳を持たないに颯斗に小さくボヤく。

 馴れ合うのもいいがそれは後にして欲しい。話を戻しましょうと春夏が言うと、キルカの方から、


「で、あなたが私に望んでいることは魔女のスキル、毒についてよね」


「えぇ」


「残念ね。レシピは見つけたんだけど大したものはなかったわ」


 そう言ってキルカはつまらなそうにスマホの画面を見せていた。

 表示されているのはどうやら毒の種類と、使い方のようだった。そのすべてがボタン一つで作れ、同室にいる相手のスマホに対して影響を及ぼすといったものだ。アドオンやマップを使えなくしたり、一時的に強制シャットダウンさせたりと、簡単な分効果は薄いように思える。時計の時間を狂わせるなど、意味があるのかないのかわからないものも多い。

 唯一恐ろしいと思えるものが相手のスマホを爆弾にするというものだったが。これは効果が出るまで五分以上一緒にいる必要があった。一度爆弾化してしまえばあとは任意に発動できるため、まさかという目でキルカを見つめると彼女は軽く首を振って否定をしていた。

 流し見だがすべてを確認し終えて、


「わかっていたけど毒というよりウイルスみたいね」


「どうにかなりそう?」


「わからない。けどちょっと難しいわね」


「難しいじゃ困るんだけど」


 不安というよりかは不満そうな表情を向けるキルカに、


「わかってる。一応最終手段はあるから」


 春夏は胸を張って答える。

 ただそれを横で聞いていた颯斗は首を傾げると、


「そんなもんあったか?」


「えぇ。明日にはこの状況を作り出した大元が帰ってくるでしょ? 彼に聞くのよ」


「あぁ……」


 納得するように小さく頷いた颯斗は、すぐにえぇ……と言葉を漏らす。

 それでいいのかよという目に仕方ないじゃないという顔で返す。

 責任があるとは言わない。ただ予想だにしない冴えた方法を思いつくとするならば彼しかいないというだけだ。

 それを知らないキルカは二人のやり取りを見て尋ねていた。


「運営に捕まってるっていう子だったかしら?」


「ええ、異常に頭の切れる子だったわ。十分も一緒にいなかったけれど」


「まあ、あいつなら何とかするかもな」


 手放しに誉める様子にへえと言って、


「なかなかすごい子なのね」


「すごい、で済むレベルなのかしらね。同じ人間かどうかも怪しいくらいだったわ、知能指数に差があると話が合わないというけれど間近で体験していた感じね」


「……その子、運営側の人間じゃないわよね」


 訝し気に見る目に、

 ……あり得る。

 初日の朝はそういわれても納得するほど話がスムーズに進んでいたように思える。

 リピーターがいるのだからいてもそんな人がいてもおかしくはないのだけれど、

 

「可能性としてはある、としか言えないわ」


「否定はしないのね」


「否定したくてもそう考えたほうがまだ納得するわ。それほどねじの外れた会話だったもの」


「でもそうじゃないと」


「直観だけどね」


 だって、そんなことするメリットがないもの。

 あの時の運営とのやり取りは台本があったとは思えない。お互い頭を超加速させて致命傷を避ける、プロ棋士の気迫のようなものを感じていた。


「俺もそう思うぜ」


 同調する颯斗に、キルカはふーんというと、


「じゃあその子に会ってみて考えるわ」


「うん、よろしくね」


 そして伸ばした掌をまた叩かれた。


「なれ合いは趣味じゃないの」


「変に強情だな。あんた、疲れないのか?」


 いきなり言葉を向けられたヘルマンはただ無言を貫いていた。

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