第41話 二日目 12:00-4

「治療くらいさせてくれないかしら」


 無人だった部屋の中には四人の男女がいた。

 そのうち二人、颯斗と春夏は椅子に腰かけさせられ、後ろ手に縛られていた。

 銃弾が当たった颯斗は薄い意識を維持するためにぜえぜえと浅い呼吸を繰り返していた。額には脂汗を浮かべ、時折苦痛に表情をゆがませていた。

 その様子を見ている男女に向かって冷汗を浮かべながら提案すると、


「却下」


 女性、キルカはにべもなく断っていた。

 ……まずいわ。

 断られると思っていなかったといえば噓になる。それだけのことをしでかしてしまったことは事実で、しかしこの状況を良く思っていないのは向こうも同じはずなのだ。

 春夏は軽く下唇を噛んでから、


「このままじゃ死んじゃうかもしれないわ」


「だから?」


 キルカの冷ややかな目に、負けるわけにはいかないときつくにらみを利かせて、


「賞金が減るわよ」


 利で訴える。それしか思いつかなかった。

 しかし話を聞いたキルカは冷ややかな目を一層強めて、


「そもそも約束を破ったのはそちらでしょう? これ以上好き勝手にさせた方が危ういわ」


「全員生存したらもっとたくさんの金が手に入るのよ。私たちを信じてよ」


「信じる、信じるねぇ――」


 目を閉じるキルカはかすかに笑みを浮かべていた。

 そしてつまらなそうに鼻を鳴らすと、


「――私は誰も信じないわ」


 ゆったりとした動きで拳銃を構え、その照準を春夏の額に合わせていた。

 びくっと身体が跳ねる。簡単に人を殺し得る鉄の塊はいつになっても恐ろしい。

 ただの脅しか、それとも本気なのか。彼女の目からはどちらか窺い知ることは出来ない。


「殺さなくて済む話ならそっちの方がいいと思わないの?」


「そうね。どうかしら?」


 興味のなさそうな声で答えがあった。

 情も利も駄目。どうすればいいのかと春夏が目線を泳がせていると、


「人殺しの子供と蔑まれて、いずれあいつも人を殺すと願われて。ならここで要望通りにしてみるのもありなのかもしれないわね」


 ぴたっと冷たい鉄が額に当たる。

 自嘲気味に笑うキルカはそのまま引き金にかかる指に力を込めて、


「――はっ、不幸自慢ならぬいぐるみにでも話しかけてな」


「颯斗!?」


 撃たれる、それが確信に変わる寸前で颯斗が言う。

 どこから聞いていたのか、青い顔は無理やりに笑みを作ってキルカを見つめていた。

 銃口が春夏から彼に標的を変える。


「黙りなさい。何も知らない子供の癖に」


 苛立ちを孕んだ声は、それでも冷静に話していた。

 銃を向けられて逃げることもできないというのに颯斗は小さな笑い声をあげると、


「あぁ、なんも知らねえし知ろうとも思わねえよ。私は可哀想なんですって匂いを振り撒いてる奴の言葉なんかな」


「あんた達がそうさせたんじゃない」


「寝言を言うな。俺はんなこと思わねえ」


「綺麗事ね。散々嘯かれてきたわ。最後には皆裏切っていくのよ!」


 銃口がのめりこみそうなほど額に押し付けられている。

 それでも颯斗は首に青筋を立てて、目だけは瞬きもせず睨み返していた。

 ただその直後、


「……くくっ、はっはっは」


 高らかに笑う声が部屋に響く。

 気でもおかしくなったのかと心配になるほど突然のことに、キルカは振り上げた手を下ろして、銃のグリップで颯斗の頭を叩いていた。


「いてっ!?」


「何がおかしいの」


「はあ……そりゃそうだろ。身内に殺人犯がいるってだけで普通そこまで否定するかよ。誰が聞いても本人に問題があったとしか思えねえぜ」


 痛みから目に軽く涙を溜めた颯斗が鼻で笑う。

 ……どうなんだろう?

 親族や親友にそういう人物がいたことがないためわからないが、狭いコミュニティなどでは排他的な扱いになるのではないだろうか。それこそ村八分やいじめの原因になってもおかしくはない。

 しかし颯斗の言葉が子供特有の道徳的思考から来ているとも思えない。

 どうしようか、そんな言葉だけが思い浮かぶ。颯斗が言っていることは挑発に近い。辞めさせたほうがいいと理解しているのだが代わりに何が出来るかと自問して答えが出ない。

 言いよどみ、時間だけが過ぎていく。すると颯斗がまた口を開いていた。


「あんた、交番ってみたことあるか?」


「あるわよ、馬鹿にすんじゃないわ」


「じゃあそこに毎日交通事故で何人死んだか出てるのは知っているよな。少なくない日数ゼロじゃないことだってあったはずだろ。案外たくさんいるもんだぜ、人殺しなんてな」


「詭弁よ」


 キルカは首を横に振っていた。

 確かに詭弁だ。事故と事件では受け手の気持ちは相応に違う。

 しかし、それは遺族からしたらそれほど大きな違いなのだろうか。全く関係の無い群衆が責め立てるようなことなのか。そして、その子供ですら被害者なのでは無いのだろうか。

 若いと颯斗の言葉を一蹴するのは簡単だ。その若さこそが尊いものに思えて春夏は気持ちが掻き乱されるようだった。

 颯斗の真っ直ぐな目はキルカを貫き、


「詭弁かどうか、あんたも気づいてるんだろ。つまんねぇ人間だな」


「黙れ!」


「黙ったところで何か変わるのか? あんたは自分から近くにいる人間を傷つけて遠ざけて、それで悲劇のヒロイン気取って満足していたんだろ」


「――殺すっ!」


 いつの間にかに形勢が逆転していた。そう思えるほどキルカは狼狽え、短絡的に排除を選ぼうとしていた。

 颯斗の言い分は正しいように思えるが、

 言い過ぎよ……

 追い詰めすぎて死にましたでは話にならない。

 しかし止める間もなく、


「分が悪くなったっら排除か。そうやってこれからもずっと生きていくんだな」


 颯斗は引かない。出血と痛みを堪えながら喉を鳴らし続ける。


「いいよな、言い訳出来て。周りが悪い周りが優しくないで自分を慰めて死んでいけよ」


「……本当に撃つわよ」


「撃ってみろ。その先にてめえの将来が続いてるぜ」


 撃つ。必殺の弾丸が颯斗の頭を爆ぜさせる。

 止めなければ。チャンスは今しかない。

 春夏は大きく息を吸うと、


「こらっ!」


 喉だけではなく全身を震わせて颯斗を怒鳴りつけていた。

 目に力を込めて、眉間に皺を作る。

 横から突然の大声量に、颯斗は目を丸くしていた。


「な、なんだよ」


「女の子にそんな口の利き方するんじゃありません」


「女の子?」


 くだらないことを口走る颯斗に足を伸ばして脛を蹴り上げる。それくらいする余裕はあった。


「いってぇ!」


「女の子、でしょ?」


 一段低くなった声に颯斗は首を振ると、


「今そういうときじゃないだろ」


「あら、いい男ならいつでも真摯に、心に余裕が必要よ」


「だから! そういう話はしてないっての」


「もう、恥ずかしがっちゃって」


 慌てる颯斗に春夏はくすくすと微笑んでいた。

 そして怪訝そうに見つめるキルカに目を向けると、

 

「あなたも。今まで抱えていたものがどれだけ重いものなのか私達には想像もつかないわ。それでも私はあなたの味方がしたいの。このゲームだけじゃなく、そのあとも含めてね」


「なんで」


「袖振り合うも他生の縁、一期一会っていうでしょ。出会い方はちょっと普通じゃないかもしれないけれどだからこそお互い共感できることもあると思うのよ」


 返答はすぐには返って来なかった。

 口を一文字にして睨みを利かせる様子は先程までと違って他者を拒絶する強さがない。

 颯斗の言い分が刺さったのだろうか。そうだとしたら、

 ……可哀想な人。

 同情せざるを得ない。守られるべき時に守られず心無い言葉に歪み、歪んだせいで中傷される。負のループから抜け出す術が見つけられなければ延々と深みに嵌るしかないのだから。

 そこに優しさがひとつでもあれば変わったことだろう。それは今からでも遅くないはず。

 春夏は全力で笑みを作ると、


「……今すぐ答えを出してほしいわけじゃないの。生きて帰ってからでも全然いいの、貴方の話を聞かせて」


 心の隙間に問いかけていた。

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