第40話 二日目 12:00-3

 先に逃げた四人とは別に益人は階段に隠れて通路を覗き見していた。

 見える範囲に人の姿はない。春夏のマーダーが来るという言葉に全員が散っていた。

 そこに当然のごとく現れたのが着膨れした殺人鬼だった。そいつは丁字路で立ち止まると周囲を見渡してから益人のほうにゆっくりと向かって来ていた。

 へぇ……

 見つからないように身を隠した益人はそのまま慌てずに階段を降りていく。

 何事もなく一階に辿り着くと、踊り場に倒れ込んでいる人の姿があった。

 桜だった。手には拳銃を持ち、地面に口付けをしながら嗚咽を漏らしている。

 器用なことしてんなと思いながらその横に立つと、足で脇を持ち上げて転がしていた。

 

「起きろ」


 短く要件を伝える。

 涙で潤んだ目が何かを訴えていた。嗚咽交じりに何かを言いたそうにしていたが、


「手間かけさせんな」


 益人は手を伸ばして、桜の脇を持ち上げる。

 軽々と起き上がる体に、ちゃんと飯食ってんのかなと思いながら益人は拠点へと足を向けていた。





 扉を開けば見知った三人が座っていた。

 うなだれ、口も開かずにいる。特にひどいのが和仁だった。

 通夜かと思うほどの焦燥ぶりを無視して、小脇に抱える桜を落とす。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴が耳に届くが、何事もなかったように適当なところで座ると、水に口をつけてから、


「あほなことしたな」


 誰に向けているのか、独りごとのように呟いていた。


「……ごめんなさい」


 掻き消えそうな声で桜が謝る。

 他の三人は動かず、ただ様子を伺うように目線だけ動かしていた。

 それをうっとおしいと感じながら、

 

「交渉はまとまってたみたいだが、こりゃ破談かな。これからどうすんだ?」


「益人、そこまでにしておけ。彼女も反省している」


 桜への視線を遮るように源三郎が間に入っていた。

 数秒お互い見つめあった後、ため息が漏れる。


「人をフォローする前に自分をどうにかしろよ。後ろで保護者面してないでさ」


「そんなことはしていない」


「じゃあなんで止めなかった」


 鋭い口調に沈黙が返ってくる。

 ふん、と鼻を鳴らした益人は標的を変える。


「あとお前。勇み足なのは構わねえけど中坊に流されんな。大人なんだからしっかりしろよ」


「す、すみません」


「こいつの案に乗るのはいいが、矢面に立たせんな。ちゃんと大人が管理してねえからこうなるんだろうが」


 ぺこぺこと頭を下げるだけの和仁に、

 ……怒られて終わりじゃねえからな。

 ちゃんとわかっているのか不安になる。また何かやらかしそうな雰囲気に益人は目を細くして疑っていた。

 その時、


「……管理なんて必要ありません」


 桜のつぶやいた声に、益人は首を傾げていた。


「やらかしたやつが何言ってんだよ。少なくともケツ持つのは大人なんだぞ」


「そうやってすぐ大人は束縛したがるんですね」


 そして、取りだしたスマホを益人に向ける。

 彼女の役職は奴隷商。誰か一人を奴隷に出来る能力がある。

 つまりはそういうことだ。


「っ、やめろ」


 源三郎が低い声でたしなめる。

 益人を見つめる目は、不安に揺れた様子もなく、厄介なことに確固たる意志が宿っていた。

 ……変なほうに振り切ったなあ。

 ストレス過多が原因か、何かが琴線に触れたのか。少なくとも冷静ではないことだけはわかっていた。

 だから、

 

「いや、したいようにさせればいいさ。ただ自分が何をしているかわかっているんだよな?」


 益人は立ち上がり、前に進む。

 逃げるのでなく、自ら桜へと向かっていた。


「うっ……」


 ゆっくり近づいてくる人の姿に、桜が目に見えてひるむ。

 それでも歩みを止めず、とうとう桜の目の前まで来ると、腰を下ろして顔を覗き込む。

 お互いの吐息が感じられるほどの距離で益人は一語一句確認しながら話し始めた。


「それを俺に使ったらどうなるか、周りがどう思うか、正しいかどうか、今後のことも全部ひっくるめて責任持てんだよな?」


「うぅ……」


「やれよ。短絡的な衝動でも銃口向けたら後には引けねえんだよ」


「どうして……どうしてそんなに私を責めるんですか」


 歯の根が合わない様子で桜は訴えてくる。

 ……ああ。

 存外な理由で引き金に手を添えられていることに、めんどくせえと小さくつぶやく。

 責めてなどいなかった。責められるべきは彼女を放置した大人であり、そちらはしっかりと責めるつもりだったが子供がやったことにいちいち目くじらを立てるなんて真似はしない。

 そもそも実害を受けていないのだから。彼女を責める権利があるのはこの場にいない二人しかいない。それについては桜を含めた当事者間ですればいいことで、銃弾の当たった颯斗にどう償うかは関与しないつもりだった。

 だから桜が現実逃避のために自己防衛をする必要はない。今スマホを向けていることは、責任を取れるならまあしてもいいんじゃないくらいに思っていた。

 なぜなら、どうあがいても自分は助かるからだ。他の奴のことは他の奴が考えればいい。

 益人は呆れたように目を細めて、

 

「子供なんだからでしゃばんな」


 手を伸ばしてスマホをゆっくりと抜き取る。

 画面は既に消灯していた。もともとやる気はなかったのかもしれない。

 下を向くだけの桜の足元にスマホを置くと、益人は振り返り、


「で、そちらさんはどうすんだ?」


「……彼女のことは私が見守る。今度こそはちゃんと」


 まっすぐ見つめる源三郎に、ふーんと興味なさげに頷く。

 んなこと望んでんのかね、と思うが口には出さない。

 それよりもと、益人は立ち上がり扉に向かって歩き出していた。


「じゃあ俺は行くわ」


「どこにだ」


「まだ全員生存にはピースが欠けてんだ。最終日には合流するからそれまでは一人で行動させてもらう」


「好きにしろ」


 言われなくても、と扉に手をかける。

 その瞬間、


「ま、待ってください」


 後ろから飛んできた声に大きく息を吐く。


「付いてくんなよ」


「置いていかないでくださいよぉ……」


 そんな祐子の訴えを無視して、益人は扉を勢いよく閉じていた。

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