第32話 幕間4

「時間は今何時くらいかな」


 目が覚めた蓮が最初に発した言葉はそれだった。


『深夜の一時です』


 スピーカーから流れてくる音声は相変わらず人間味のない音に変えられていた。

 今更そのことを言う気は無いがやはり味気ないなと蓮は感じていた。

 関節が痛い。長いこと椅子に座りっぱなしだからだ。ただそれ以上に悪い所は今の所悪さをする気がないようで、蓮は胸を撫で下ろしながら、


「少し仮眠を取らせて貰ったが、君は眠れているかな?」


 話し相手の心配をしていた。


『いえ、これからですが』


「なるほど。では邪魔しないように私も黙っていた方がいいかい?」


『お気にせずに。話が終わるまでは起きていますので』


「助かるよ。中途半端に眠ったせいで変に頭が冴えてしまったところだ」


 この場でできることは少ない。他には寝るか身体を伸ばす程度しかやることがないため、話し相手がいることは感謝しかない。


「さてさて、なにを話そうか……」


 蓮は顎を手を当て目を細める。

 エンターテイナーという訳では無いがつまらない話をしては次回が無いかもしれない。あと二十四時間弱を独りで過ごすことは避けたい。

 なにかないかと頭を巡らすと、ひとつ浮かんだアイデアに蓮は笑みを作る。


「では手短に。相変わらずの憶測推測で申し訳ないが君達の組織についての考察を述べさせてもらおう」


『考察ですか』


 相手が乗ってきたことに内心安堵する。

 自分の勤めている会社など、普通なら当てたところで大した盛り上がりにはならない。若干の関心で終わる可能性もあったことを考えると、

 ……当たるとは思われていないようだね。

 問題がそう単純ではないことを示していた。

 そちらの方が都合がいいと、蓮は強く頬に皺をつくる。


「ああ、この規模のゲームは年一度、多くて半年に一度程度だろう。人を拉致するのにもリスクはあるし参加者も飽きてしまう可能性がある。つまり普段は他の仕事をしている訳だ」


『まあ、えぇ』


「では何故こんなゲームをしているか、だ。参加者に安くない大金まで出してやる必要性とは。酔狂や伊達で行うには金額の流れが大きすぎて異様に目を引くことだろう。それでも止まれない、その理由は──」


 そこで蓮は一度止める。

 引きを作る目的ともうひとつ、


「マネーゲーム、代理戦争、資金洗浄などなど……とてもでは無いがひとつに絞ることが出来なかったよ」


 核心に至るものが全く思いつかず、みっともない足掻きのために時間か欲しかったからだ。

 富豪には富豪の金の使い方がある。生憎と人並み未満の家庭で育った蓮では想像もつかない世界だった。

 その在り来りな答えにスピーカーからは落胆したような声が聞こえていた。

 

『そうですか』


「些かつまらない答えになって申し訳ないね。想像以上の金額が飛び交う世界では小市民である私には理解が及ばない話なのだよ」


 ただそれで終わってしまえばそれまで。蓮は自身に満ちた表情で話を続ける。


「今のは裏の話だ。もちろん裏だけで完結できるのであればそれでいい。が、現実はそうはいかないだろう。諸々のサービスに物資、給料、保険、税金。表に出なければいけない理由は幾らでもある」


 経済活動を行っているならばなおのこと。今回のように廃屋解体は適当にはできるものでは無く、国の認可を得るのに私たちは違法行為をしていますなどと言う馬鹿はいない。

 裏があるから表がある、そうたいした話では無い。大なり小なり何処だってやっていることだった。

 その中で一番の難所は悪事を継続して行うことだ。回数を重ねれば重ねるほどにリスクは大きくなる。その問題をどうクリアしたのかが重要だった。

 蓮は足を組むと、


「実態のないフロント企業では理由付けが難しい。特にグローバルにやり取りのある企業だと尚更ね」


『あなたはいったい何者ですか?』


「ただの引きもこりさ。それ以上でもそれ以下でもない」


 はて?

 質問の意図が分からず、ただ事実のみを答える。

 まあ大した意味は無いだろうと考えを纏めるように話を進めていた。


「人の欲とは尽きないものでね。多くを持てば持つほど欲しくなるし、惜しくなる。太古の時代からそれは変わらず、おこぼれ目当てに奉仕する者も出てくる。世界中で行われている需要に対応するため、支部も用意しなければならない。そんな都合のいい施設などあるのだろうか」


 スピーカーからは返事は無い。

 それも織り込み済みで、蓮は指を一本掲げて見せた。

 

「一つある。知名度もあり、おおよそ後暗いイメージとは真逆の。それでいて世界各地に点在していてもおかしくなく金の出入りも激しい。さらには権力者とも繋がりがあるというなんとも欲張りなものがね」


 我ながら随分と饒舌に話すなと思いながら、蓮はあまりに多くの条件に当てはまる一つの組織を思い浮かべ、口にする。


「国際的な慈善団体。それが君達の組織だろう?」


 確かな証拠もなく、違うと言われれば認めざるを得ない。それでも蓮は不敵な笑みを崩さずにいた。

 そして、

 ……む。

 内心に生まれたわだかまりを胸の中にしまい込む。

 三拍ほど時間を空けて、スピーカーから、


『正解です』


 淀みない返答に蓮は眉をあげていた。


「おや、答えを言って良かったのかね?」


 正直に言うとはね……

 正解した。それはうれしい。しかし簡単に認められてしまうとそれはそれで納得がいかない。

 大きな思い過ごしをしているのではないか、それすらも作戦なのかもしれない。

 だが正解しているという事実に深く考える必要はないと思い直す。

 スピーカーからは淡々と告げる音声が流れていた。


『そう指示がありましたので』


「そうか。否定してくれても問題はなかったがね。私が赤面したまま枕を濡らす姿が見えたに違いないよ」


『それは見てみたかった』


 微かな笑いを孕んだ声に、


「ふふ、そういう意味でも私の勝ちかな」


『私が知る限りでも参加者がそこに気づくことは初めてのことです』


 それはそうだろうと、蓮は言う。


「知ったところでゲームには何の役にも立たない。それなら攻略に足を動かした方がいくらも得だからね」


『それもそうでしたね』


 思いのほかさらりと終わってしまった会話に口さみしさを感じ、蓮は微笑んで、


「しかし当たったならなにか景品でも欲しくなるものだね」


『景品、ですか』


 適当に言った言葉だけに蓮も次の言葉を用意しておらず、数拍静寂が訪れる。

 どうしようか。ここで本当に頼んでもいいし、冗談と笑ってもいい。どちらが楽しいか、どちらもピンとこず、


「うーん、直ぐに思いつくものでも無いか。考えておくから期待していて欲しいよ」


『叶えられるかは分かりませんが聞くだけなら』


 蓮がとりあえず先延ばしの意見を述べると、悪くない返事にほくそ笑む。

 時間ももう遅い。手短にといってしまった手前、蓮はそれで話を止めるつもりでいた。

 しかし、手ごたえのなさが気にかかる。気にかかるといえば他にも、


「ああ、そういえば実はもう一つ候補があったのだよ」


『もう一つ?』


「ああ、ほぼ同じ条件の団体があってね」


 ここからは他愛のない会話という気持ちで蓮は話していた。


『と言うと?』


「新薬の研究機関さ。最近世界的なパンデミックに対応するために国際共同研究機関が設立されただろう? その前身はなんだったかな」


 いつの日かニュースでちらっと見た程度のワードだっただけに思いだせない。

 共同研究という名目なら各国に支部があってもおかしくはないし、金も集まる。人の移動も自然であるし、出資という名目で多数の大富豪と関わることも可能だ。

 技術的な面で長けた者が集まる分、こちらのほうが適任では? と思ったが正解ではなかった。

 そういう笑い話をするつもりだったが、


『……GHMI』


 不穏な間を置いて、声が流れてくる。


「ああ、そんな名前だったかな。よく知っているね」


『えぇ、よく知っていますよ』


 ……ああ、まさか。そういうことなのだね。

 含みのある言い方に、やられたと蓮は頭を下げていた。

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