第33話 二日目 7:00-1

 桜は一人階段を駆け下りていた。

 どうして──

 程なくして一階に着いた途端に膝を着いて倒れる。

 氷のように冷たい床が沸騰寸前だった身体を冷やしていた。

 どうして──

 手には固く握りしめた拳銃が。先程まで白く煙を吐いていたが今は何かの前触れのように静かだった。

 どうして──

 目を瞑り、奥歯を噛み締めて、喉の奥を鳴らす。

 どうして──

 初めて銃を撃った。その衝撃はまだ腕に残っていた。

 どうして、上手くできないの!?

 吹き出す血。倒れ込む人。目に焼き付いた光景を思い出して桜は嗚咽を漏らす。

 その後ろから階段を下る足音が徐々に近づいていた。

 

 


 二日目の朝。

 まだ何人かが目に力が入っていない中で全員は揃って移動を始めていた。

 目的は昨日見つけたマップ機能の穴埋めだ。一階では入口付近に端末があったため、同じところにあればいいなという理由で入口近くの階段から移動を開始する。

 今まで明かりがなかった階も、今は違う。手元の懐中電灯により探索にかける時間は格段に少なくなっていた。

 見つからなくても深追いは厳禁。階段からみてすぐのところに端末がなければ次の階へ。マーダーに襲われないよう素早く行動する為に決めたことであった。

 結果として、マーダーとも出会わず見つけたマップは二階と四階のものだけ。その成果に、


「ごめんなさいね」


 春夏は軽く頭を下げていた。

 昨晩探索していた範囲にあったのに見つけられなかったことを、落ち度と捉えていたからだ。

 明かりもなくそもそも落穂拾いの体勢ではパネルは見つからない。まさか壁に何かあると思わなかったのは仕方がないことだった。


「俺が言うことじゃねえんだろうけどよ、気にすんなよ」


 そう声をかけたのは颯斗だった。

 他の並ぶ顔も賛同の意を示していて、


「ええ、ありがとう」


 もう一度礼をすると大きく息を吸い、腹部に力を込めていた。

 二階の地図には予想通り、別棟へ続く渡り廊下が記されていて、


「まずは地図のパネル探しだな」


 渡り廊下の手前で立ち止まった益人がそう告げる。


「全員で行動するの?」


 春夏が尋ねると、


「とりあえず最上階までいって、そこからは別れるか」


「了解よ」


 特に異論は出ず、一行は暗い通路を渡り始めた。





 ……なんでそうなるかなあ。

 益人は一人ため息をつく。

 別棟最上階へ行く道中、奇数階のマップをみつけていた。その中で三階にある施設があることがわかったため、益人はそこへ向かうことを選んでいた。

 一人、とはいかず同行者を選ぶ必要があったのだが、


「面倒くさいし、前のままでいいんじゃね?」


「は? なんでだよ」


 颯斗の提案に全員が賛同しかけた所を益人は遮っていた。


「いや、誰だって大して変わんねえじゃん」


 颯斗は目を細めて言う。

 変わるわと、文句が口から出る直前、視線を感じた益人は、


「……ああ、わかったよ。めんどくせえ」


「めんどくせえって、先にそっちが言い始めたことだろ」


「ちょっと、これくらいのことで喧嘩しないでよ!」


 春夏は大手を振って仲裁をする。

 怒っていると両頬を膨らませた彼女に、颯斗も益人も背を向けて、


「行くぞ」


 短く告げると一人ずんずんと歩いていってまった。

 ……んな目で見んじゃねえよ。

 捨てられそうな子犬を彷彿させる、不安を滲ませた四つの目が脳裏をかすめる。

 後ろから着いてきているだろう二人のことを考えるとやっぱり面倒くさいと思っていた。





 目的地にたどり着いた益人は躊躇無く部屋に侵入する。

 マップ上で合成室と書かれているそこは、唯一タスクに関係あるであろう場所であり、他の人間には関係の無い場所でもあった。


「別棟とはめんどくせぇことしやがるな」


 探し求めていたものが初日で見つからなかった苛立ちを口にしつつも、益人は周囲に目を凝らしていた。

 部屋の広さは十畳ほどで、両脇に背の高い棚が設置されている。入口から見て正面の壁には小型の荷物用昇降機があり、その手前に置かれた机の上には、


「……本だな」


 これみよがしに一冊の本が置かれていた。

 大判の辞典くらいある本は抱えるほどに重そうで、持ち運びには向かない。拳銃くらいなら防ぎそうにも見えるが用途外使用する必要は無い。

 益人は気だるそうに足を前に進めると、鈍器とも言えるそれの表紙に手を添える。一枚捲れば文章と簡単なイラスト、そして等式が描かれていた。


「何が書いてあるんですか?」


 横から顔を出した和仁に、


「合成のレシピみたいだな。それを――」


 流し読みしていた益人は顔を上げると正面を見つめて言う。

 

「――あの昇降機に入れると完成品が出てくる仕様になっているらしい」


 実にわかりやすいシステムに、感心よりも味気なさを感じてしまう。

 

「何か本人が組み合わせて作るっていうわけじゃないんですね」


「あぁ。説明書とにらめっこしてあーだこーだしなくて済むのは助かるわ」


 そう言って、益人はページをめくり続ける。

 分厚い本はページも厚く、全体で二十もない。数分とかからず見終えると、バタンと大きな音を立てて本を閉じる。

 舞い上がる風を浴びつつ、

 ……煙草、ねえのか。

 そんなことを考えていた。

 期待はしていなかった。しかし可能性があるとするならばここしかない。その思いは簡単に打ち捨てられていた。

 口をへの字に曲げた益人は、もう一度本を開き、あるページで止める。


「で、クリア条件の合成品だが──」


 片面のみ使用というもったいない紙の使い方をするページには、


『職人の頂』 


 恐ろしくわかりやすい名前と素材、そして黒いシルエットに趣味の悪い黄色のはてなマークが描かれていた。

 素材として要求されているものは拳銃とナイフ、カロリーバーに昨日の道中で拾ったよく分からない三日月型のペンダントのようなもの。 


「……丁度素材も手元にあるやつでどうにかなりそうですね」


 和仁が細かく頷きながら呟く。


「早速作るか」


「待ってください」


「……なんだよ」


 止める理由が分からず、益人は胸を張って睨みつける。

 タスククリアの邪魔をするなら容赦する必要は無い。潜在的な敵か問いかけるような目付きに、


「こ、これ作ったら他の物作れなくなるとかないですよね?」


 一歩引いておずおずとした様子で和仁は探る様に問う。

 材料の中でひとつしかないものはよく分からないペンダントだけだ。益人は他のページを確認することなく告げる。


「そうかもしれないけど、作らなきゃ俺が死ぬぞ」


「わ、わかりました」


 有無も言わさぬ態度で強く押し切っていた。

 一度引けばつけあがる。その気がなくとも身勝手な善意で、決めかねると後回しにされてはたまらない。

 こいつらなら悪気もなくそうすると、益人は信頼すらしていた。

 決断も責任も人に任せるかよ。自分のケツくらい自分で拭いてやる。

 バッグから素材をかき集め、雑に昇降機に放り込むと扉を閉めて、横にあるスイッチを押す。

 それだけで稼働音が響き、


「……何してるんですか?」


 昇降機の扉に耳をつけている益人を見て、和仁は首を傾げていた。


「見りゃわかるだろ。この先がどこに繋がってるかで──」


 直後、金属同士が擦れる音が耳に強く響いて、益人は急ぎ耳を離す。

 なんだ?

 どこか聞き覚えのある音に、頭を巡らす。大型の機械が駆動して、加工するような音の正体が掴めぬまま、


『チーン』


 気の抜けた音ともに、エレベーターが到着を告げていた。


「取らないんですか?」


「あ、ああ」


 和仁に促され、昇降機の扉を上に持ち上げる。

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