現実

 人は何のために生きるのか。

 人には欲求があり、そのために行動をする。

 人に生きる意味はなく、死ぬ意味もない。それを受け入れられないから人はあがく。

 では、あの少女は何のために生きているのか。理解ができない、空虚な目をしているのに、人の死を話すときだけ輝く。

 恐怖を感じる。あの目と、あの思想。見たことがある、だが、初めて見た。たった一つの欲求のみが存在する。一般論で言うと欲求は複数あり、その中で強弱がある。

 被害者と呼ばれる女性に一般的な感情がないように思う。これは主観での話だ、だから公的に報告ができない。巧妙だが、ドラマのような感情の発露を見せる。ごく自然に笑い、顔をしかめ、眉を寄せ、困り、驚く。

 ごくごく自然で、だからこそ違和感がぬぐえない。本心に限りなく近い欺瞞。

 今まで数千人と見てきたからこそわかる。微妙な違和感。

「あー……。気が重い」

「先生がそんなこと言わないでください。あの娘寛解じゃないですか、どうしてカウンセリングなんですか?」

「いいから仕事しなさい」

 寛解……? ふざけてる。“あれ”が?

 一回だけ見た。あの表情。昏い笑み。死体となった母親と父親を抱いた時の一瞬だけの表情。

 見逃さなかった、見逃せなかった。無理だった。俺も、辞め時かなぁ……。

「失礼します!」

 元気のいい声が診療室の外から響く。若い女性の声、八年間一定の期間で聞き続けた、聞きなれた声。看護師が裏の出入り口から音もなく退出するのを肩越しに見た。

 粘ついた重い気分を飲み込み、先生としての仮面をかぶる。

 あぁ、これじゃこの娘と一緒か……。

「どうぞ」

「こんにちは、このカウンセリングっていつまでやるんですかね?」

 年相応の笑顔を張り付けて、困惑の瞳を向ける。

 自分の性格、外見、声音、動作を完璧に把握して、その場に応じてあってる手札を出しているような、そんな感覚に陥る。俺が、病みそうだ……。

「寛解に向かっているけど、もう少し様子見ないとね。嫌かい?」

 困った色が強まる。やはり疑念が増す。ひどく心がざわつく、今まで感じたものが顔を出す。

「君は……父親と母親が死んだことを悲しいと思っているかい?」

「……?」

「君は、もしかして……両親を殺したんじゃないか?」

「……変な、ことを聞くん、ですね」

 困惑の表情を変えず、呆然と言ったようにつぶやく女性に心がざわつく。

「君は……君は、君は、俺と、“同じ”か?」

 言ってしまった、今まで隠していたことを。もう、戻れないんだろうと漠然と思う。

「ああ! そういうことでしたか!! そうですそうです! なんだ、隠す必要もなかったんですね! あははははははははは! ああ、大きい声はまずいですね。

 ま、私は仲間はいらないんですけどね。なので、仲間面しないでください。では、私は元々異常者なので寛解もまた違います。もうここには来ません、それでは」

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働気新人 @neet9029

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