第14話 十四歳の主張

 首都にある白い石造りのドルフィネ辺境伯領別邸。

 わたしはここへ従兄弟であり、わたしにプロポーズをしてきたヴィッセルときちんと話をするために訪れただけのつもりが、丁度同時期にわたしの父と話をつけるためにこのボレアリス王国の北西端にあるドルフィネ辺境伯領から遠路はるばるやって来た祖母に捕まり、気が付けば、アカデミー出てから早五日経とうとしていた。


 この五日間の間に勢いづいた祖母は、まずボレアリス王家ならびにカムイ殿下へ求婚を受け入れる旨の手紙を出し、アカデミーへ長期欠席の届出をわたしの保護者代理という立場で出し、王室御用達の仕立て屋に布とカタログを持って来るように命じ、ドルフィネ辺境伯領にいる叔母に連絡を付け、祖母の馴染みの宝石店へと出向き、今日は装飾品の細工師へ渡りを付けに行っている。

 五日前のあの日以来、わたしは祖母に反論する気力も起きず。祖母の言われるがままにカムイ殿下へ手紙を書き、アカデミーからは特別理由による長期欠席の許可証を受け取り、仕立て屋が持ってきたカタログから好みではないが流行りの型であると言われたドレスを選び、叔母への詫び状と母への近況報告書を作り、丸一日をかけて三軒ほどの宝石店を回り、今日は祖母が渡りをつけた細工師が来るのを別邸の客間で待つことになっている。

 この激しいスケジュールの中で、わたしはさらに王族に嫁いでも恥ずかしくない淑女になれるようにと、姿勢から、挨拶から、ドレスの着こなしから、言葉使いから、全てを祖母に付きっきりで監視……ではなく、教育をされている。


 アカデミーへはまだ見ぬ本をあの図書館で読むために通っていたわたしは、必修のマナー講義にも落第点を取らなければいいだろう。という心持ちで受講をしていたため、基本はできていても、応用というか洗練された動きは出来ていない。というのが、元辺境伯領主第三夫人からのお言葉であった。


『全身に意識を回しなさい』

『常に優雅に、ゆったりと動くことを心掛けなさい』

『むやみに音を立てるようなことをするものではありません』


 この三つを耳にたこができるほど聞かされている。

 朝起きてから夜眠るまで、ずっとだ。

 

(細工師さんの工房が狭うてよかった)


 祖母に、ここならば身に付けるものが王族の隣にならんでも問題ないと判断されている細工師は、少し気難しい人のため、どんな身分であろうとも一度その細工師が構える店舗兼工房へ直接頼みに行かなければ、屋敷へ呼んで注文を取ってもらうこともできないらしい。

 そしてその店舗兼工房はそこそこ手狭なため、側仕えに護衛を引き連れて歩く祖母一人がそこへ向かうだけで定員オーバーになるらしく、わたしは束の間休息を得ることがようやく出来たのである。

 とはいえ少しでも気を抜いて歩けば、


「リーデロッタ様。姿勢が崩れております。もっと背筋を伸ばして歩いてくださいませ」

「……はい」


 このように、祖母が新たに付けた側仕え、シェダル伯爵夫人に指摘され、すぐに全てを正される。

 元々わたしに付いてくれていたジェダは、祖母の命令によって、今はわたしの側ではなく、アカデミーとの連絡や寮の自室に残したままの借り物のドレスや宝飾品を都度取りへ向かうために動いている。

 アカデミーでわたしの生活を支えていたからこその采配だ。と祖母は言っていたが、そんなのはわたしを厳しく監視できて、尚且つエスメラルダ・カシオペイアを主人として使えているシェダル夫人をわたしの側に置くための、体のいい言い訳に過ぎないことは、きっとジェダにも明白だろう。

 それなのに、ジェダはわたしの側仕えを辞めずに、毎日のように馬車でこの別邸とアカデミーの間を往復してくれている。


『リーデロッタ様の代わりに様々な雑務をこなすこと、それも私の本来の仕事です。申し訳ないと思わなくてよろしいのですよ』


 と、ジェダは言ってくれたが、それでも今の状況はジェダにとって本当に良くないことだと思う。


(合わせる顔がないちゃ)


 アカデミーでならトボトボと歩けたのに、この別邸内ではどんな感情であっても、キビキビと、そして淑女らしく優雅に歩かなければならない。

 わたしは口から出そうになるため息を深呼吸で飲み込んで、客間に向かって廊下を歩いていると、もう一つ顔を合わせ辛い人物と遭遇した。


「……ヴィッセル」

「あ……ロッタお姉さ、いえ、リーデロッタ様。ご機嫌麗しゅうございますか?」


 ヴィッセルはわたしに向かってニコリと笑って見せたけれど、それでもここ数日間見かける度に気になるほど、気落ちしている表情は消せないでいる。

 そういえば、本当はヴィッセルと話をするためにここへ来たはずなのに。予想だにしていない祖母の登場と監視のせいで、五日も同じ屋敷の中にいるのに、ヴィッセルとはほとんど言葉を交わせていない。


「ヴィッセル。わたしと話をする時間をくれないかしら。今すぐに」


 わたしの言葉に跳ねるように顔を上げたのはヴィッセルだけではなかった。


「リーデロッタ様! 勝手な行動は」

「元々、わたくしはヴィッセルと面会をする予定で、アカデミーからこの別邸へ来たのです。面会予定の本来の順番ならば、お婆様ではなく、ヴィッセルと話をする方が先だったはずなのです。ですから、ヴィッセルと話をすることは勝手な行動ではございません。元々あった予定を、わたくしの事情で遅らせてしまっているため、その謝罪も含めて、改めて面会をしたいと申し出ているだけです」


 ジェダならばここで「またそのような屁理屈を」と言い咎めただろう。

 だが、わたしに付いてたったの数日に満たない上品な貴婦人は、わたしの言い分に反論することもできずに、戸惑うだけだ。 

 ここで押し切ってでもヴィッセルと話をしなければ、この先、彼と話をする機会は祖母の手によって作らせてもらえないだろう。


「ヴィッセル。遅れて申し訳ないのだけれど、今からわたしとの面会をしてくれないかしら」


 ヴィッセルはわたしの顔とその後ろに控えているシェダル夫人の顔を交互に見たが、グッと覚悟を決めてわたしの方を真っ直ぐ向く。


「はい。お願いいたします」


 〇


 わたしとヴィッセルは別邸にある小さい方の応接室で、ローテーブルを挟んで、それぞれのソファーに腰掛けて向き合っていた。

 メイドがローテーブルにお茶の用意をして部屋を出ていくのに、シェダル夫人は離れようとしない。


「人払いをお願い」

「リーデロッタ様!」

「これから話すことは、ドルフィネ辺境伯領の将来に関わる重要な話です。一介の側仕えでしかない、貴女に聞かせるような話ではありません。部屋から出てくださいませ。ヴィッセルもそれで構わないかしら?」

「……えぇ、もちろん。私の側仕えも護衛たちにも席を外してもらいましょう。それでいいな、皆」

「ヴィッセル様の仰せの通りに」


 ヴィッセルの側仕えと護衛はヴィッセル一言で即座に席を外した。


(出来た側近たちやちゃ)


 わたしはそれでもまだ残ろうとしている貴婦人を睨み付ける。


「退室を」

「……この事はエスメラルダ様にご報告させていただきますよ」


 そう恨み節を吐いてようやく貴婦人は応接室から出て行った。

 わたしはようやく監視の目から逃れられた安堵感で、先ほど飲み込んだため息を盛大に吐き出して、用意されたお茶に口を付ける。


(ジェダが淹れてくれたお茶の方が美味しい気がすっちゃ)


 さて、お茶をゆっくりと味わっていては細工師と話を付けてしまった祖母が帰って来てしまう。

 直球で本題に入って行かなければ。


「ヴィッセル。わたしが貴方に面会を求めたのは他でもない、首都へ向かう道中に貴方がわたしに求婚をした件についてなの。……貴方はわたしに、本気で婚約について考えて欲しいと言った。これからのドルフィネ辺境伯領の主の座を二人で支え合いたいという理由で」

「……はい。そうです。ロッタお姉様、いえ、リーデロッタ様とならば、上手く二人で支え合いながら辺境伯領主の座を治めて行けると思ったのです」

「ねぇ、ヴィッセル。貴方は辺境伯領主というお役目が怖いという本音をわたしに教えてくれた。だから、良く知っているわたしと二人でドルフィネ辺境伯領を治めることが出来るかもしれない、という可能性に安心感を覚えて、そうなったらいいなと思う気持ちもわかる。だけどそれは、別に貴方とわたしが従姉弟いとこ同士という関係でも成り立つと思うの。それなのに、貴方はわたしとの婚約という選択肢を選んだ。申し訳ないのだけれど、わたしには、何故その選択肢を選んだのかがわからないの」


 ドルフィネ辺境伯領を二人で支え合って運営していくだけならば、別に婚約も結婚も必要ないと思うのだ。辺境伯領主を支える役割は何も辺境伯夫人でなくとも出来る。秘書だったり、側仕えだったり、わたしに武官は無理だけれど、文官という可能性もあったはずなのだ。

 それなのに、ヴィッセルはわたしに辺境伯夫人としての立場から支えて欲しいと願った。


「正直に言うとね。わたしには、血が遠いとはいえ、幼い頃からを知っている従兄弟と婚約して生涯を共にするっていうのが、想像が付かないというか、あまり良い事だと思えないのよ。それにわたしは貴方より二歳も年上だし……こんな風にわたしは、貴方の願いについて考える前に、疑問ばかりが先行してしまうの。だから教えて、どうしてヴィッセルは、わたしにプロポーズをしたの?」


 ヴィッセルはわたしのド直球な問いに、少し悲しそうに笑みを零しつつも、それでも、紫水晶のような瞳をわたしから逸らさずに、ゆっくりと答えだした。


「ロッタお姉様は、昔から変わりませんね。わからないことがあれば、すぐに疑問を投げかけ、真実を知ろうと努力される。お爺様にも、エスメラルダ様にも、そして王族にも。……僕は貴女のそんな姿に、幼い頃から憧れていました。ドルフィネ城の図書館にある本を軽々と読み、理解を深めるために学び、そして物にする。他のどんな貴族令嬢たちとも全く異なる、強くて、美しく輝く、真っ赤な一番星。それが、幼い頃の僕にとってのロッタお姉様でした」

「……ごめん。ヴィッセル。それって褒めてる? それとも、変わり者って言ってる?」

「どちらでもありませんよ。強いて言うならば、“尊敬”です。それは今でも変わらない感情の一つです、ロッタお姉様」


 ヴィッセルは垂れた瞳を細めてわたしを真っ直ぐに見つめる。


「いつまでも僕の隣に居てくれたらいいのに。幼い頃はロッタお姉様が首都のシリウス邸へ帰られる度に、寂しさからそんな事と思っていました。お爺様にも少し我儘を言ったこともあったかと思います。ですが、ロッタお姉様はシリウスの星。ドルフィネの星の一つである僕の隣には居られないのだと、よく母には言い聞かされていました」


 不意にヴィッセルが視線を外す。彼には珍しい深いため息と共に、彼はさらに踏み込んだ本音をわたしに伝えようとする。


「……感情に変化があったのは、ロッタお姉様が王立アカデミーへ通われるようになった頃です。週に一度、お爺様の元へアカデミーでのロッタお姉様の生活の様子が手紙で届いていると聞いて、僕はお爺様にその手紙を見せて欲しいと頼みました。その時はまだ、純粋にロッタお姉様がアカデミーでどう過ごされているのか聞きたかっただけでした。けれど、お爺様は僕にその手紙を見せてはくれませんでした」


 一瞬、ヴィッセルにまでアカデミーでやらかした事の数々が知られているのかとヒヤリとしたわたしは、手紙を見ていないという言葉に安堵した。

 ただすぐにその安堵の感情も消えるのだが。


「お爺様は、ロッタお姉様はもう社交界へデビューした年頃のご令嬢になられたのだと。年頃のご令嬢の生活をもうすぐ男になろうとしている僕が垣間見るのは、とても失礼な事だと僕に伝えました。そこで僕は、自分がもう幼いだけのロッタお姉様の従兄弟ではないと気が付いたのです」


 ヴィッセルの熱のこもった真っ直ぐな視線が大変痛い。

 というか、ここまで聞くとすごく嫌な予想がわたしの中でも立ってきた。


「十二歳の僕は、男でした。そして、その二歳年上のロッタお姉様は年頃の女性として、僕の知らない年上の男性がたくさんいる王立アカデミーで過ごしていらっしゃる。もしかしたら、ロッタお姉様の隣には、僕以外の別の男性が立っているかもしれない。そう考えるようになった僕は、その想像にとても、とても不快な気持ちになりました」

(こ、これは……)

「最初のうちはどうしてそんなことが不快なのかがわからなくて、でも母にもお爺様にも聞きにくくて、それで僕は、ロッタお姉様のように本を読む事にしたのです。ロッタお姉様が幼い頃から、学びたいならば本を読むべきだと仰っていたので」

(前世の看護師、なっちゃん。ありがとう! ここにもちゃんと本を読んで勉強する子が増えたちゃ。けどね、わたし今、えらいすごく嫌な予感がしとるが!!)

「僕はドルフィネ城の図書館でとある小説と出会いました。とある貴族のご令嬢が、宇宙で輝く星を司る存在と恋に落ちる物語で、僕はハッと気が付きました。僕が何故リーデロッタ様の隣に別の男性がいる想像をすると、不快になるこの感情の名前、それはこ」

「ターーーーイム!!」


 急に立ち上がって大声を出したわたしにびっくりしたヴィッセルは、恐らくわたしが出した“タイム”の意味はわかっていないけれど、口も動きもピタリと止めて、大きく見開いた紫色の瞳でわたしを見つめていた。


「ヴィッセルさん」

「え、あ、はい」

「そこまで開けっ広げに、しっかりと本音で理由を話してくれてありがとう。それなのに、話の途中でタイムを挟んでごめんなさい」

「あ、いえ……あの、タイムとは?」

「一旦止まれみたいな意味。それは今はいいの、わたしが言いたいのはね」


 わたしは一呼吸ついてからヴィッセルに伝える。

 伝えて、修正しなければならない。


「それはたぶん。“恋”じゃない」

「……“恋”じゃ、ない?」


 ヴィッセルは綺麗な紫水晶のような目をしばたたかせながら、繰り返す。


「ヴィッセルはそれまで身近にいて、甘えられる存在であったわたしが急にアカデミーに籠り切りになって、貴方の隣からいなくなってしまった。だからすごく寂しかったし、辛かったのだと思うの。そこに追い打ちをかけるようにわたしの近況がすぐそばにあるのに、知ることも許されなくなった。そこに憤りを感じてもおかしくない」

「憤りというほどでは……」

「そうね。ヴィッセルは優しいから、自分でもすごく怒っていることに気が付けなかったのかもしれない。それがたぶん不快感だと思ったのかもしれない。怒っているってことは、つまり苛立っているってこととほとんど同じだと思うの。だからね、自分の隣にいつもいたはずのわたしが、隣にいないし、なんなら自分の知らない人と一緒にいるかもしれないと思って、苛立ってしまったんじゃないかな? だって、これまでわたしの隣で勉強して甘えられるっていう特等席は、ヴィッセルだけのものだったんだから」


 ここまで一息に話したわたしは少し息切れ気味になった。

 けれど一息で話してしまわなければならないと思った。


 何故ならば、本当はヴィッセルが抱いている感情は恋に近いものだとわたしも思ったから。


 でもわたしは彼のそんな想いに応える気がない。というか、応える訳にもいかない。

 そもそも今回の話し合いは、王族から直々に釘を刺されているわたしの影響が、ヴィッセルに及ばないようにするために、そしてこれからも従姉弟で助け合っていけるようにしようという方向へ持って行くために、設けようとしたものだ。

 ただでさえ、祖母から言い含められてわたしの事を諦めなければならなかった十四歳の少年に、告白して玉砕、なんて経験を積ませたくもない。

 そのためにも告白をする前に、そもそも恋だと思っている感情を勢いで上書きしてしまおう。

 これは祖母、エスメラルダ・カシオペイアが使う技の一つ。“勢いと圧力で相手の意識を背ける”だ。


(ヴィッセルごめん。でもあんたを守るためながちゃ!!)

「だからね、ヴィッセル。貴方のその感情は恋じゃない。貴方の身近にいたわたしがいなくなった寂しさ、それと貴方の特等席が誰かに奪われてしまったもしれないっていう不安からくる、苛立ちだったのよ」

「なる、ほど?」


 ヴィッセルは納得しきれていないが、ここで納得するのを待っていては、“勢いと圧力で相手の意識を背ける”が失敗する。だからわたしは畳み掛けるように話す。


「ヴィッセルは小さい頃から次期辺境伯領主としての責任を求められて、あんまり他の人に甘えられなかったと思うの。お爺様やアイリス叔母様は身近にいてくださったけれど、後継者としての期待の目を向けてくるから、甘えるのは難しいでしょう?」

「……そうですね」

「身近にいて、甘える事ができて、貴方より二歳も年上だから頼れる存在なのだと、ヴィッセルはわたしの事をそう思ってくれていて、だから隣にいて欲しいって強く思うようになったのかもしれない。自分の気持ちに整理が付かなかったときにたまたま読んだ小説が恋物語だったから、“恋”なのかもしれないと考えて、その気持ちがあったからお婆様が婚約の話を持ち出した時に、これが答えだって飛びついたのかもしれない。だけどね、ヴィッセル。さっきも言ったけれど、わたしたちは従姉弟なの。血は遠いかもしれないけれど、ちゃんと家族なんだよ」

「家族、ですか」


 わたしたち貴族は、庶民とは異なる身分や制度の中にいるというしがらみに囚われて、つい忘れがちになってしまうけれど、たとえお互いの祖母が異なっていても、母親が異母姉妹だとしても、名乗る家名が異なっていても、わたしたちはちゃんと従姉弟。家族なのだ。


「だからね。わざわざ婚約して、結婚して、生涯の伴侶にならなくても、お互いを頼って、支え合う事はできるんだよ。だってもう、家族なんだから。家族を頼っちゃいけないなんて決まりは、このボレアリス王国にはないんだから」


 ヴィッセルは一度ギュッと目を瞑ると、ゆっくりと瞼を上げて、再びわたしを真っ直ぐに見つめる。

 ヴィッセルの紫水晶の瞳に、もう迷いは見られなかった。


「そうですね。僕たちは家族。そんな当たり前の事を忘れて、僕は目の前に現れた結果に飛びついてしまいました。ロッタお姉様、僕の発言で困惑させることになってしまい、ごめんなさい」

「……謝らなくていいよ。こっちこそ、あの場でしっかり答えることもできずに、なんの返事も寄越さないまま、こんな事になってしまって、ごめんね」

「ロッタお姉様のせいではありませんよ。……比べるまでもありません。次期辺境伯領主候補と現王族。まだ社交界デビューすら果たしていない十四歳と僕よりも二年も経験を積んでいる十六歳。ロッタお姉様に相応しいのは、第三王子のカムイ殿下です」

「ヴィッセル……貴方だって優しくて、しっかりしていて、次期辺境伯領主の責務を全うしようと頑張っているじゃない。そんな風に言うことないよ」


 この後もう少しヴィッセルのサポートが出来ればよかったのだが、廊下からわたしの名前を呼ぶ祖母の金切り声が聞こえて来た。

 残念ながら、時間切れだ。


「ごめん。ヴィッセル行かないと」

「えぇ、早く行ってください。エスメラルダ様が怒られると大変怖いですから」


 ヴィッセルがいたずらっ子のように笑う。わたしもそれに釣られて笑ってしまった。

 久しぶりに、心の底から笑った気がした。


「じゃあ、また晩餐の時に」

「はい。また夜に」


 わたしは急いで応接室を出た。

 だから扉が閉まる前にヴィッセルが呟いた、本当の本音の主張に気が付くことが出来なかった。


「……それでも僕は、貴女に僕の隣で輝いて欲しかったのです。リーデロッタ様」

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