第十七話 倫理は苦手分野だったり

残酷な描写有り


 二十数年間、誰の目から見ても鬱に近い状態・そうあっても不思議ではない環境だったのは事実である。が、下手に前世の記憶があるばかりに、孤独な時間の潰し方を知っていたせいで、平然としている俺が余計に不気味に見えたらしい。仮に俺が偏見の目に苦しんだり、悲しんだりする素振りがあれば、もう少しマシな人物評を得られていただろう。

 だがしかし――成人男性は苦手な上司(針葉の人間)相手に、無邪気に喜びを披露したりしない。愛想笑い、それとない対応、適当な相槌。内面の年齢・情緒からすればパーフェクトな対応だ。

 しかし他方から見れば、子供時代から一貫して喜怒哀楽の一切がない上、死の恐怖さえも――今世を捨てて来世に賭けていた節もあるため――感じない怪物だったという訳だ。その上生きた時限爆弾みたいなものだし、怪物という評価もあながち外れてはいまい。

 ……ん? じゃあ周りからすれば、俺は緒兎一と出会ったことで初めて感情を知ったように見えていたりするのだろうか。

 怪物が知る初めての「愛」――なんか妹の読んでた本の帯になってそうなフレーズだな。通りで応援される訳だ。針葉は本来仲間意識が強い性質だ。戦場で共に戦う戦士の絆が深いのと同じ原理で。ここは法治国家だが?

「なるほどなぁ。俺に足りないのは可愛げだったか……」

 俺ほどではないが喜怒哀楽の薄そうな子供に、駄賃代わりにチョコレートを渡す。彼らはフィルムを剥ぎ、すぐさま口に含んだ。新幹線が紅葉府に着けば、少数ながらも針葉の人間と合流することになる。彼らは有用な第六感を持った針葉の盾の一部だ。躾も厳しいから、甘やかされている姿を見られれば不味いのだろう。

「柊四は気持ち悪かったけど、僕らのこと怒らないから嫌いじゃなかった」

「怪物でも、噛みつかないって知ってるもん。何言っても怒らないし」

 知ったかぶった顔で窓の外を眺める二人は、こう見えて手のつけようのない暴れん坊共だった。こいつらは何処ぞの孤児院から拾ってこられた外様の子供だったから、針葉の奉仕精神が理解はともかく共感出来ないのだ。昔は訓練や勉強に癇癪を起こしては、罰として俺の任務に同席させられて、スプラッター映画顔負けの死体を見せられていた。めちゃくちゃ可哀想だったので、帰りにコンビニとかに寄って「我慢するしかねぇよ。食いモンと寝床代だと思って働くんだ。俺みたいにな」とよく諭したものだった。

 やがてこうして立派に小学校に通い始めた二人は、第六感の『与託パラサイティズム』と『共有コネクト』を生かし、ペアで毎日児童労働に勤しむ羽目になっている。有用な第六感保持者は、こうして針葉や秘密警察に身柄を持っていかれることがあるのだ。

 その能力の都合上、危険な任務にこの子供たちが動員されるのは、いつものことだった。

「お前らって、顔見知りの死体見たことあるか?」

「……あるけど」

 怪訝な顔に目を逸らし、腕を組む。数秒前まで動いていた俺が死ぬ、まさにその瞬間を、間違いなく顕と繋は目撃する羽目になる。子供に精神的傷を与えることは好ましくないが……。

「すまん……先に謝っとくが、どうにもならねぇんだ。いずれ来る日が今日だったと思って、早めに忘れてくれ」

「なに? 気遣ってるの。……本当だったの? 桜ノ宮緒兎一に心酔したって」

「なあおい、それ噂になってんの? 恥ずかしすぎるだろ」

 すぐさま否定しようとして、やめた。俺が緒兎一に心酔していたと広まっているなら、死体の運搬についてもスムーズに進むだろう……。黙り込んだ俺を、二人は何処となく緊張感の滲む顔で見上げていた。



◆◆◆



 紅葉府に到着した新幹線から降り、子供の手を引きながら歩きだす。

 二人の第六感は、俺のピアスを通して顕が俺の動きを見て、繋がそれを他の人間に共有する仕組みだと聞いた記憶がある。監視対象である俺に、本当の情報を教えているのであれば、の話だが。

 蛇になる可能性が高い任務では、この子供たちと組まされる。俺の動きを常に追っているようで、任務の内容について後から言及されることもあった。血しぶきや死に際の人間の顔なんて見せられたもんじゃないが、そんなことは「大和の前には些事」なのが針葉らしい。

 駅でまた別の迎えの車に乗り込み、針葉の取ったホテルで子供二人とはお別れだ。単独行動が始まる。

 マフィアの拠点の外観を確認しようと――俺に急遽投げ渡すまで、まだ作戦のさの字も存在しなかったと見えて、一切の情報が添付されていなかった――適当なビルにお邪魔して、目当ての建物側に窓のあるトイレへと入る。扉に箒を立てかけ侵入を防ぎ、カバンから取り出した望遠鏡で覗き込む。めちゃくちゃ簡易ではあるが、索敵のためである。

――受付、窓際、目に見える範囲に人影無し……。

 どうやら思い通りに事が進んでいるようだ。

 先ほど車内でスマートフォンを用い、右翼の中でも過激的な掲示板に、如何にも嘘っぽく『本日午後二時、紅葉府の好文木市にある大陸系マフィアの事務所に爆弾を仕掛ける。俺は本気だ』という書き込みをした。ただし爆弾の写真は針葉の作った本物だ。

 重鎮や重要書類はそう簡単に動かせないし、悪戯っぽい書き込み如きで一々逃げ出していては示しがつかない。実際、今回の犯行予告は俺の偽装なのだ。

 それでも、知らずに雇われている一般人や外部から雇われたきな臭い税理士たちは避難させられたのだろう。無関係の人間は巻き込まず済みそうだ

 ビルを離れ、敵組織のアジトへ向かう。ぺろぺろ、と細長い舌が、習性によってか勝手に辺りの臭いを感知するが、火薬や葉っぱの臭いが流れてきて不快になっただけだった。

 時計を見る。犯行予告の二時を少し過ぎたところだ。頃合いだろう。単独だから時間とか気にする必要ほぼないし。

 ピアスを二度突き、開始の合図を送る。フロントから堂々と乗り込み、「ハア……」と深く吐息を吐いた。

「テメェ、一体何し、ぇ――!?」

「おい、お前大丈夫か! ッ、んだこの匂い……!?」

 何の変哲もないビジネスバックから、幾つか水風船を取り出す。軽く投げつけた毒入り水風船により、入口付近に居た三人ほどがまず犠牲になった。揮発性と濃度が高く、即効性のある小道具だ。アセビの協力もあって強烈になった俺の毒が、あっという間に命を摘み取る。

 追い打ちをかけるように、吐息に乗って毒を充満させていく。エレベータが上階から下降し出すのを視界に捉えながら、階段に足をかけた。

 一階はもう俺とアセビ以外、まともに息をすることも出来ない空間になった。増援と思しき彼らも間もなく毒霧に沈む。

 二階、三階、とフロア毎に十名前後で置かれた人間を殺していく。階を重ねる度に、上から増援がやって来るため、どんどん骸の数は増えていった。

「ぁぁあアああッ!! 死ねッ、死ね――っ、ひ、死ね、死ね、死ねッ!!」

「おっと、銃はやめようぜ。当たり所が悪いと死んじまう」

 蛇化したら即座に冬眠が始まりかねないため、未だ変化出来ない胴体や頭部に当たれば致命傷だ。今は階段の踊り場だから、暖房が効いていない。室内なら暖かいから良いんだが……。

 下のフロアから担いできた死体を盾にして、その体の陰で毒を塗ったナイフを握り直す。時間が経てば経つほど俺の吐息が流れて毒の濃度は上がっていく。持久戦に持ち込んでもよかったが、(ないとは思うが)爆発物で下っ端諸共葬られるのは御免だったので、あまり一か所に留まりたくはない。

 息苦しそうな男たちの銃弾を避け、身を低くして走り抜けながら、ナイフで片っ端から切りつける。深手でなくとも彼らはバタバタと倒れ、口端から泡を吹き、すぐに息を引き取った。

「ッ!? いって……」

 死体のカバーできない角度から、頬を掠めて銃弾が横切っていった。耳まで裂けたので慌ててピアスを確認した。まだそこに付いている。再度死体を抱え直して、その裏に身を隠しながら駆けた。

 死体の陰から腕だけを伸ばし、人外染みた膂力で最後の生き残りの頭を握り潰した後、不要になった盾を捨てる。力なく垂れた四肢を視界に入れそうになって、これを顕が見ていることを思い出し今更ながら目を逸らした。

 ……上階から階段を下りる音がする。踊り場から三階フロアに引っ込み、隠れている生き残りが居ないか探索する。

 速足で目を巡らせたが、幸い三階フロアには生きている者はもう居ないようだった。最後にエレベータに目を遣ると、表記は四階だ。俺の居る三階を目指して降りているようだった。安易に上へ向かっては、彼らに挟み撃ちされてしまうだろう。

 人目も気にしなくても良いからと、とびきりのしかめっ面になってしまった。

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