Case4 互債症

第十六話 子供にすら怯えられるのはちょっと

 樅二のお陰で手筈は整った。あとは俺が死ぬだけだ。

 立つ鳥跡を濁さずということで、帰宅してすぐに自室の整理を始めた。護衛対象たちから貰った貴重品は纏めて、元の持ち主の名前を書いた紙きれの上に置く。一点モノもちらほら混ざっているので、これを盾に針葉を盛り立てるなり、持ち主に返すなり好きに執成して欲しい。家具は備え付けのものばかりなので弄る必要はない。

 あっという間に片づけを終え、カレンダーに目を遣る。樅二には一か月保たないという嘘を吐いたが、実際の俺の猶予はもっと少ない。肉体は数年は保つが、緑坊ちゃんたちが旅立つのは今週中なのだから。

 針葉に配布されたスマートフォンに連絡が入る。任務の詳細が決まったのだろう。俺が手こずって、長い事付きっ切りになる任務となると、相当の難易度だと予想できる。どんな厄介事か分からないが、樅二には恩があるのだ。最後の仕事くらい、実質不死身の身の上を生かして熟してやりたいところだった、が……。

「おいおい、あからさま過ぎるだろ」

 呆れて半目になる。これでは、「俺をどさくさに紛れて逃がすために任せました」と言っているようなものである。

 舞台は紅葉府――前世で言うところの、大阪府的な都市だ。ゲーム世界観の影響か、前世より治安がめちゃくちゃ悪くなっているが。

 国内有数の巨大空港があり、地元では昔ながらの風習や近所づきあいの賜物か、ヤクザモノが幅を利かせており、針葉の力が届きにくい場所である。俺が逃走しても、針葉は大手を振って追っ手をかけることは不可能ということだ。また、言うまでもなく空港からは一日数百回ほど飛行機が往復しており、俺がそこへ紛れることは容易い。

 その上、任務内容は「紅葉府へ巣食う、とある大陸系マフィアの大和支部の壊滅」とあった。

 俺に僅かでも死にたくないという気持ちがあれば、任務当日にホテルに荷物全てを置いて痕跡を消して、一目散に空港に乗り込むだろうほどの無理難題であった。俺には死ぬ気しかないため問題ないが……人生最後の樅二への恩返しチャンスとはいえ、これを単独で潰すのは厳しい。

 樅二お前、前に似たような企画通した時、人員三百人動員したって言ってなかったか……? 秘密警察から貴重な第六感を引っ張ってきて、国家規模で動いていた気がする。

――てか俺、一か月保たないって言ったよな?

 任務期限に関しては、なんと無期限。何となく「もし、運よく蛇にならなかった時に、何処で何をしていようと処罰を与えなくて済むように」というメッセージ性を感じた。

 せやな。そりゃ準備期限含めて無期限でもおかしくねぇわな。こんな任務、一か月どころか五十年紅葉府に居ても誰も口出しできねーよ。俺が逃げても「大陸に逃げた構成員を追いかけてました」とか言えば――なんならその後どの国に観光に行こうと、雑ではあるが誤魔化せる。

 樅二プロデュース逃走幇助計画は完璧ともいえる。

 ……この任務が傍目から見て、明らかに達成不可能な難易度であることを除けば。

 そもそも樅二が俺に目をかけていることは針葉では周知の事実だ。どう考えても怪しまれる。「ああご当主様、これに乗じて柊四を逃がす気なんだな~」としか思えない。もう時間がないからクレームは入れられないが、こんな任務内容が俺の死後広まってしまえば、樅二には厳しい目が向けられるだろう。樅二、あまりにも俺に甘すぎる……。

 昨日は一ミリも湧かなかった罪悪感が今更小さく顔を出す。もしかして、もしかすると、ちょっと可哀想なことを迫ったのか? 俺……。

 冷蔵庫から残りの肉じゃがを取り出し、温める。ため息を吐きながら他の着信を確認すると、緑坊ちゃんから「明後日には出発しようと思う。それまでに一度会って話せないかな?」というメッセージが届いていた。

「もちろんです。明日の仕事が終われば、すぐに……っと」

 アプリを閉じて、メールの作成画面を開く。仕事先に運んでくれる担当の人間にも、明日は紅葉府へ向かうことを連絡した。はちゃめちゃに怪しい仕事内容なため、当日になって任務情報を知った場合、ドタキャンされるかもしれない……と、予め詳細を添付しておいたが、運転手からは何の返信もなかった。

 どっちだ……? これ明日迎え来んのかな。ご当主がご乱心って今頃針葉大騒ぎかもしれんな……。




 朝食も肉じゃがだ。最後の一口まで食べきり、食器を洗う。どうやらあれからアセビは一度もここへ来なかったらしい。料理は俺が食べた分以外、増えも減りもしなかった。

「……全部一人で食っちまったぞ」

 洗い終えた大皿を布巾で拭ってから、梱包材で包む。この皿はアセビがいつの間にか買い足していたものなので、アセビのものだけを固めたスペースに纏めておいた。思えばそれなりの付き合いだった。最後に一言くらい交わしたかったのだが、それは叶わないらしい。

 仕事道具をカバンに詰め込み、身支度を整えてエントランスへ降りる。迎えの車は既に到着していた。外から運転席の方へ声を張り挨拶をする。

「おはようございます」

「……おはようございます」

 えっ……挨拶が、返ってきた……?

 困惑していると、後部座席のロックが解除される音がする。扉を開き車内に身を滑り込ませると、運転席に居たのは昨日の運転手だった。これまでにない対応をされて、尻の据わりが悪い。カバンの中身を確認する素振りで弄っていても、男はいつもの冷ややかな視線の一つさえも寄越さなかった。

 車内は沈黙に満ちていた。俺はひとまず運転手から意識を外し、同乗者へと向き合う。広い車内の向かいの座席で、ちょこんと小さな体躯が腰かけている。俺は二人の少年らに手を差し出すと、彼らの内の片方が、そこにピアスを載せた。

 赤い目の方はあらわ、栗色の目の方がつなぐと言って、俺の知る限り二人は常に手を繋いでいる。

「目か? 耳か?」

「両方。任務が終わるまで、ずっと」

「ハハ、お前らも大変だな。いつ終わるか分からねぇ仕事のために、何十年も待つ羽目になるんだもんな。早く終わるよう頑張るから、許してくれよ」

 無表情の子供を戯れに茶化してみるが、何故か少年は首を傾げた。

「柊四は今日、紅葉に行くんでしょ」

「あ? そうだけど」

「なら、今日で終わるじゃん」

「?」

 俺は自分の手元のプリントアウトした任務内容を確認した。どう見ても数百人の詰めるマフィアの事務所を単独で壊滅させろと書いてある。

「からかってるのか? こんなの普通に死ぬだろ」

 不死身っぽい俺でさえ、蛇になり切った後ならワンチャン……あるかな……? くらいの気持ちである。大蛇の俺が幾ら強いと言っても、アサルトライフルとかで乱射されたら死ぬ。多分。

 今回の任務にあたって俺が逃走を選ばない以上、樅二が手を下すまでもない。俺は九割九分蛇になって死ぬし、残りの割合で蛇として辛うじて生き残るだろう。まあどっちに転がろうと、その途中経過で毒殺、圧殺、絞殺、と周囲に甚大な被害を齎すだろうが、他国のマフィア相手なら何人死のうが問題ない(?)。いや、なくはないか。

「……? 死ぬ……?」

 困ったような顔で、顕は隣の片割れに助けを求めた。繋も繋で不思議そうに俺を見ている。俺はその視線から逃れるように運転手にミラー越しに目を合わせる。

「おい、情操教育どうなってんだ。監視の第六感持ちだから碌なもん見て育ってないとしても、ちゃんと死生観くらい勉強させとけよ」

「……死生観はお前も碌に育っていないだろう。どの口がぬかす」

 え……冗談だったのに罵倒なしで普通の返事返ってきた……。こわ。

 運転手は駅まで俺たちを送り、別れに至るまで一切の罵声をぶつけて来なかった。今回の任務が桜ノ宮の護衛へ回る登竜門だと思っているのか――無理があるだろ――彼は「……精々励め」と声援まで送ってきたので、昨日の会話以前の運転手の中での俺の人間像が逆に気になって仕方なかった。

 新幹線に乗り込み、横並びになった子供二人に小さく尋ねる。

「なあ、俺のこと化け物って思うか?」

「……昔は結構、怖かったよ?」

「いっつも何にも楽しくないって顔してるのに、誰かと話してる間は笑うから、余計怖い……。でも、怒らないし、泣かないし。死にかけても怖がってないのも、気持ち悪かった」

 二人は口々に、如何に過去の俺が非人間的であったのかについて語った。

「針葉なのに大和のことを大事に思ってないのも変だったし、じゃあ他に何が好き? って樅二様が聞いても何にもないって答えたんでしょ……」

「子供の頃からずっと変って聞いた。みんな言ってた。怖いから近づかない方が良いって――人間じゃない、蛇の化け物だから」

 他人から聞く酷すぎる自分像、めちゃくちゃ“効”くな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る