第十四話 逃げるとか選択肢にもなかったわ

「恵五、お前だいぶ愉快な奴だったんだな……」

「今までずっと、何で『転移』なんて持って生まれて来たんだ、って悩んでましたけど、初めてこの第六感でよかったと思ってるくらいですよ。なんなら今すぐにでも、」

「まあ待て。気持ちは分らんでもないが、緑坊ちゃんには優しいご家族が三人もいらっしゃる。もっと二人で話し合ってから決めるんだな。あと……俺も今の仕事嫌いじゃないし。坊ちゃんが寂しがるかもしれんが……いざその時が来ても一緒には行かねぇよ」

 組んでいた手を解き、嘘を交じえて宥めると、恵五の発言に目を白黒させていた緑坊ちゃんが何故か眉根を寄せた。

「いや……仮に俺が行くって決めた時には、柊四も連れてく」

「なんでだよ坊ちゃん? 新婚逃避行楽しんでけばいいだろ?」

「誤解なら悪いんだけどさ……柊四って、針葉の人に……酷いこと、されてる、よね?」

 なんで知ってる?

 純粋な驚きに固まる。一度も話したことはないし、針葉の奴らもあからさまに公の場でやらかすことは無かったはずだ。

「その……樅二が退任して、柊四と入れ替わる時に、それっぽいこと聞いて。だから俺、柊四のことよく見てたんだ。そしたら、たまに……変な怪我とか、してたでしょ。あれ、仕事って言ってたけど、ホントは針葉の人に……」

 おい樅二お前何してくれてんだよ……。俺は閉口することしか出来ず、解いた腕をもう一度組んで間を持たせた。

「それに、俺付きの護衛の柊四が俺を逃がしたら、絶対罰を受ける。恵五の事件の時は、樅二が次期当主だから何もなかったけど……。今は“俺を殺せ”って針葉の命令無視までしてるんだろ。その上で俺が消えたら、柊四がわざと逃がしたって捉えられるんじゃないか?」

「……」

 とんとんと腕を指で叩きながら考える。樅二から何を聞いたかは知らんが、坊ちゃんの中で既に揺るがない事実が出来上がっているようだった。

 彼の推論は正しい。実際そのように捉えられるだろうし、なんなら、事実はどうあれ“そういうこと”にされる。俺がこれまで生を許されていたのは、原作の針葉柊四同様、針葉家のどんな命令にも任務にも従順に応えていたからだ。

――護衛になって日が浅いから緑坊ちゃんに信頼されてない。今は良いタイミングじゃない。隙を見つけられない。犯人が針葉とすぐにバレる……etc.

 ぺらっぺらな言い訳を並べて誤魔化してはいたが、近い内針葉では、俺ごと緑坊ちゃんを処分する、という判断が下されるだろう。そうなると、たちまちの内に殺伐とした日々の幕開けだ。碌に眠れもしない、食事も摂れない。そうなる前に、二人には何処ぞへ駆け落ちして欲しかった。

 そして、そこに俺が付いていくつもりはない。

 仮に俺が同行した場合、一度大和国を出国すれば恵五の助力なしに戻ることは出来ない。だが、国外逃亡後、(おそらく)全国指名手配を受ける大和国に戻るなど、「死にに戻ります」と正直に言っているようなものだ。緑坊ちゃんに慕われている俺を、恵五は見殺しには出来ないだろう。

 しかし――妹はその身分から、国外に出ることは不可能なのだ。

「……。大和国には、弟が居る。そいつを置いていけない。俺以上に酷い目に遭わされてる。病人で、保ってあと九年の命だ」

 言うべき部分だけを切り取って、慎重に言葉を紡ぐ。息を呑む二人から目を逸らし、更に続けた。

「それに、職業柄恨みを買ってる。特に、アセビって殺し屋にな。今まで一度も獲物を逃がしたことがないって、界隈では有名な奴だ。国境なんて関係ない。殺すと決めた相手を地の果てまで追いかける。そいつにこの間……『手足をもいで、苦しめてから殺してやる』って予告されてる」

 大体本当のことだ。嘘は殆どない。

 俺が話せば話すほど、緑坊ちゃんが顔色悪く身を乗り出してくる。だから彼氏優先してやれって……と目を遣れば、恵五も深刻な表情で俺を見つめ、何事かを考えているようだった。恩でも感じているのだろうか、別に構わないというのに。どうせお前俺の仲介がなくても緑坊ちゃんもう一回拉致ってただろ。転移の第六感の持ち主だし……。

「お前らを巻き込みたくないし、まあ……人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、って言うだろ。二人で話し合って、好きなとこ行っちまえ」

 ひらひらと両手を振るが、沈黙は長く続いた。

 ややもあって、緑坊ちゃんは恵五の手を強く握り直し、俺を眩しそうに見る。

「……柊四は、やっぱり強いな。かっこよくて、辛くても逃げないって言えるとことか――昔から、ずっと、強い」

 緑坊ちゃんはそう言うと、少しずつ恵五の手を解いていった。

「俺、恵五と一緒に行くよ」

「緑……!!」

「でも、もう少し待って。反対されるかもしれないけど……最後に、親父と、兄貴と、弟に、ちゃんと話してくる。逃げるだけじゃなくて、ちゃんと、俺も向き合わないとな」

 心配そうな恵五に、坊ちゃんは極めて明るい笑顔を見せた。

「恵五は俺の秘密を受け入れてくれただろ? だから家族もきっと上手く行く。そうじゃなくても、これまで育ててくれたお礼もちゃんと言いたいんだ」

「けど、緑! 色んな人に狙われてるんだろ!? 戻ったら、危険な目に遭うんじゃ……」

「ああ――その時は柊四が居るから絶対大丈夫!!」

 弾んだ声に全幅の信頼を載せ、世の真理を語るかのような坊ちゃんの言葉に、恵五は凍り付き、恨めしそうな、じっとりとした視線を俺に向けた。

 なんかすまん。俺が強いばっかりに。



◆◆◆



「――って感じで纏まったな。恵五と緑坊ちゃんは順当にいけば、今月中に高跳びだ」

『二人っきりのバーでその会話したの!? めっちゃアツい。恵五ルートのグッドエンドは、雑踏の中でこっちを見てる恵五に気付いた緑が「追いかける」って選択した時に、護衛に引き離されながら、それでも愛を伝えれた時だけの奴なんだけど!』

「あ~……そりゃあ忙しないな」

『そう!! 落ち着いて話して決める方が純愛ぽいし個人的に激アツ!』

 原作ゲームファンからすれば“神改変”らしい。はしゃいでいるようで、ベッドに足がぶつかるパタパタという音がした。

「こっちはそんな感じだな。緒兎一、そっちは何かあったか?」

 今日電話を掛けたのは、近況報告だけが目的ではない。アセビの言っていた「調べる」という言葉が引っ掛かっていた。

 時期的に、俺の変化が緒兎一と知り合ってからだというのはすぐにバレる。緒兎一の住む邸宅は何人もの護衛、監視の第六感、様々な手段で厳重な警戒が敷かれているが、その程度で止まるのならば、アセビは凄腕の殺し屋などと呼ばれない。

『こっち? いつも通りだけど。儀式の前準備して~、くっそ寒い中禊してくしゃみして~……って感じ』

 声色に嘘は見えず、ほっと胸を撫で下ろす。

『んあ~……強いて言うなら、何か女官が一人消えたとか聞いたかも。普通に駆け落ちしたか処分されたかだと思うけど』

 闇の深い家系あるある過ぎて、アセビの仕業かどうかが分からない。青葉でも針葉でもしばしばよくある現象である。

「何もないならいい。また明日、仕事がなきゃ電話する。風邪引くなよ」

『え!! ちょっとこっちも聞きたいことあるんだけど! こないだ電話しようと思って、兄貴の家の鏡に視界繋いだ時、なんかアセビとチューしてたの見たんだけどさ。あれって、』

 応えることなく、ぶつりと電話を切る。実の妹から同性からアプローチを受けていることについて、深堀されたい兄がこの世にいるだろうか。いや、いまい。

「すまんな……」

 今世で随分な扱いを受けていたせいか、ちょっと、ほんのちょっとだが、靡きつつあるチョロい自分が居ることも含めて――そこには触れられたくなかったのである。恥ずかし。

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