第十三話 駆け落ちしたらいいじゃん
恵五から緑坊ちゃんを奪還してから、半年ほどが経過していた。緑坊ちゃんはカウンセリングと適切な治療を受け、心身ともにしきったと医者からのお墨付きを得ていた(神事の襲撃によって受けた心理的ショックを除く)。
恵五との面談も近いように思えたのだが……神事前に妹が起こしたイレギュラーイベントの際、アセビが襲撃したことで、あれから緑坊ちゃんは二か月ほどの外出禁止令を食らってしまっていた。
とはいえ残念ながら、青葉の家に居ることが必ずしも安全に繋がる訳ではない。数々の襲撃があったが、彼付きの護衛はこの俺である。恵五と坊ちゃんがくっ付くまでは、彼をどんな脅威からも守り抜くつもりだった。
――針葉からも、桜ノ宮からも、テロリストからも。
いやどんだけ狙われてんだよ。今月n人目の刺客の処理を終え、血に濡れた歪な爪の先をハンカチで拭う。そういや、蛇化なのになんでこんな鋭い爪生えるんだ? と常々思ってはいたが、元が龍というのなら納得(?)出来なくもないな。
「終わりましたよ、坊ちゃん」
声をかければ、車の裏から緑坊ちゃんが顔を出す。今日は記念すべき外出禁止令解除の日である。
「ありがとう。ごめんな、柊四忙しいのに。……やっぱ今日のやつ、無しに」
「野暮なことを。あなたのダーリンは首を長くしてお待ちですよ。……二人っきりとは行きませんが、私が居るからには、若人の恋路は必ず守って見せますから」
ぽんぽん、と肩を叩き、そのまま死体が目に入らないように回れ右をさせる。間違っても彼が振り向かないよう、手を背に軽く当てておいたまま、針葉の処理班にコールした。死体の片付けを至極丁寧に頼んだのだが、相手はうんともすんとも言わずに、俺が要件を告げた後「……ッチ」と舌打ちだけを零して通話を切った。
一応同業者かつ、同じ家名の人間なんだが? 敵同士だったっけ、俺たち……。
……自身の扱いの悪さは今更だ。最近は「大和国のため青葉緑を殺せ」という密命に真正面から歯向かっているため、拍車をかけていた。
我が針葉一族の要人警護任務においては、ツーマンセルを二組配置するのが主流である。だがここに居るのは俺一人であった。この状況は、坊ちゃんを白樺恵五と逢引させるには都合が良かったが――あからさまな狙いに、げんなりする。
「最近は静かだったのに……やっぱり、緒兎一様との実験の後から、酷くなってる」
「……」
「柊四が桜ノ宮に何度も呼び出されてたのも、俺のせい?」
「いいえ」
涙声の坊ちゃんを見かね立ち止まる。振り返り、二枚目のハンカチで彼の目元を拭った。
「光栄なことに、緒兎一様に気に入っていただけたんです。そのご厚意に甘えて、私の第六感に纏わる桜ノ宮の資料の閲覧許可をいただきました。ただ、それだけのことですよ」
「……ほんと?」
「ええ。本当に」
微笑んで頷けば、坊ちゃんは安心したように肩の力を抜いた。
死体を背に、細く入り組んだ路地を進む。古いコンクリートで出来た建造物が乱立する人気のない場所だ。繁華街の奥深く、何処からも狙撃できない立地。ここらで知人(アングラ)が営むバーが、今日の目的地だった。
Closeの看板を無視して開けると、既に恵五が到着していた。知人は俺に目礼だけすると、とっとと裏口から出て行く。
「――よし。邪魔者も俺以外いねーな。じゃ、俺のことは忘れて存分にいちゃつけ。キスまでなら関与しねぇ」
「「柊四/さん!?」」
日々の合間を縫って、殆ど毎日連絡を取っていた二人である。最早緊迫した雰囲気もなく、『遠距離恋愛が続いたが漸く会えたカップル』くらいの感覚であろう。もじもじしながらスツールに座る二人を、俺は壁に背を預け後方彼氏面で見守った。
「あ、あのさ……だいぶ前言ったことなんだけど」
「……俺に隠し事がある、って話か?」
――初手で攻めるな~~ッ!?
一瞬にして甘酸っぱい雰囲気が霧散する。触れるか触れないかの距離で指先を彷徨わせた末、やっと恋人繋ぎをしたかと思えばこれである。
尋常ならぬ気持ちを押し殺しつつ、組んだ腕の中で拳を作った。
「俺……。……っ、……おれさぁ」
隠しきれなかった坊ちゃんの嗚咽が聞こえ、俺の内心はさながら台風だった。頑張れ坊ちゃん。
恵五が励ますように、繋いだ手に力を込めている。
「お前に、嫌われるの、怖いなぁ……っ」
「嫌えるわけない。緑が、俺の孤独を埋めてくれた。あんなことしたのに……こうしてまだ、俺の事を……好きって、言ってくれる。緑がそう言ってくれる限り、俺はもう、二度とお前を傷つけたりしない」
おいそれ、暗に嫌いになられたら何するかわからんって言ってないか?
不穏な発言と共に、俺の脳裏にサブリミナル的にアセビの姿がフッと浮かび消える。達磨は止めろ。普通に愛せないのか。監禁した後デロッデロに可愛がって、何もかもを自分に依存して頼ってくる……そんな愛おしい相手の願いを叶えてさせてもらうのでは駄目なのか。最高だろうが。何でどいつもこいつも愛しい人を傷つけたがるんだ……。
理解できないな。サイコパスか何かなのか……?
俺が首をひねる間にも、二人の距離はどんどんと近づいていく。恵五は緑坊ちゃんの頬に手を宛て、言葉を発するだけで唇が触れ合うような曖昧な距離で、瞳を一心に向けている。
「好きだ。俺が言えることじゃないが……どんなことがあったとしても、お前が傍に居てくれるなら、何だって許すよ」
「そ、ばに、っ居るだけで……迷惑、かけても?」
「ああ。緑が、俺の傍に居てくれるなら。俺は死んだって構わない」
それは、彼のこれまでのどんな言葉よりも重く、まるで恵五の心をそのまま声にしたような言葉だった。沈み込むような声は一切の躊躇いも震えもなく、ただ彼が真実を述べていることを知らしめる。
俺は深い納得と共に、我知らず笑っていた。自分自身、人生において愛を重んじる性質だからか、こうした思いが存在すること――それが成立していることが、嬉しかった。愛の一つもない今世の、枯れた心が慰撫されたような気さえした。
恵五の愛の重みは原作ゲームからも、短いやり取りからも察していたが、こうして露出すると、自分と一部重なる部分もあり、応援の気持ちが増々こみ上げてくる。
――やがて、緑坊ちゃんは頬を赤らめ、涙を零しながらも恵五に口づけた。恵五もそれに応える。
本来なら余人が目にすることはなかったはずのワンシーンに、俺は打ち震えた。そうだよ、人間ってこうだろ? 舌打ちと罵声だけで会話するのがおかしいんだって。
俺にとって、最も想像しやすい“幸福”を絵にかいたような状況に、我知らず感嘆のため息を吐いた。
頑張った甲斐あるわぁ……刺客片づけて、針葉の妨害抜けて……大変だったけど、本当に頑張ってよかった……。
キスが終わると、緑坊ちゃんは照れ臭そうにおずおずと俺を窺い見て、あまりにも穏やかな顔をしていた俺に驚いたのか、目を見開いた。隣の恵五が嫉妬してるから彼氏に集中してやってくれ。
坊ちゃんは流石に俺に声はかけなかったものの、恵五とつないでいない方の手で、こっそりピースサインを見せてくれた。良かったな……本当に良かったな……。ちょっと涙腺きゅっとなったわ。
俺もピースサインを返すと、緑坊ちゃんはいよいよ覚悟を決めた様子で、恵五に向き直り、その口を開いた。
◆◆◆
俺による針葉の内部情報をちょいちょいと挟みつつの、坊ちゃんの「秘密」の告白が終わると、恵五は据わった目で俺を振り返った。
「柊四さん、俺らと一緒に“跳”びません? いいですよね、行先は前に緑が行きたがってたアルバスとか……カエルラとか、とにかくコロル大陸辺りで。柊四さんは行きたいとこありますか」
「なんでそうなる」
緑坊ちゃんが自身の無効化能力や、それに伴って祖父から受けた虐待、現状も命を狙われていることについて話し切った直後の言葉だった。二人で高跳びすることは彼の中では、最早決定しているらしく、その上俺まで引き抜こうとしているらしかった。
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