第五話 白樺と緑

 緑は慣れない車椅子を操り、連れ添ってきた護衛である樅二から離れ、庭の端の方へ寄った。ソワソワとしながら、渡された柊四のスマートフォンを耳元に宛てると、そこから戸惑ったような恵五の声が聞こえる。

 本当にまた恵五と話せるなんて。緑は堪らなくなって、抑えきれない興奮を、柊四に何度も手を振ることで表した。柊四は黄緑のお馬さんになりながら、微笑み返してくれた。

「あのっ、恵五……えっと、久しぶり。……な、なあ、勘違いしてないよな? 柊四ちゃんと言ってくれた? 俺、逃げた訳じゃなくて……。それで、お前のこと、好き……なんだけど」

『ああ、聞いたよ……』

 互いに言葉が途切れる。沈黙の間に、緑は恐怖と期待に高鳴る心臓を感じていた。

――緑坊ちゃん、お電話で『お前を絶対に連れ戻してやる』だとか、『裏切り者』だとか……少しでも怖いことを言われましたら、すぐに柊四にお知らせください。

 必ず守りますので、と言った男が、目を合わせるとしっかりと頷いてくれる。すると、緑は僅かな恐怖が次第に収まり、期待――すなわち、自身の好意の告白に対する返事を待つ気持ちが強くなった。

 一時はどうなることかと思ったが、柊四が誤魔化してくれたお陰で、まだやり直せる。緑は(柊四が守ってくれるという安心感から)恵五を恐ろしいと感じていないし、今度はきっと、もっと上手い方法で二人は共に在れるはずだった。

(柊四は俺のこと信じて無さそうだったけど、本当に……恵五が俺のことを愛してくれて、怖い中でも、確かに嬉しかったんだ)

『……緑。その、謝って済むことじゃないが、本当に、すまない』

 恵五の意気消沈した声に、緑は自分の骨折した足を見る。薬で眠らされて、起きたらこうなっていたけれど、この足を見る度、恵五は緑よりも余程辛そうに眉を寄せていた。

(俺も、ちょっとは怒ったけどさ。だからこそ……嫌いになれないんだよなぁ)

『足は、大丈夫か? 俺のせいで、何か障害とか……』

「ないない、何も心配ないって! でも、もし気にかかってるならさ――今度俺と、直接会って確かめてくれよ」

『! いいのか……?』

「いいよ。だって、俺は……お前のこと、好き、だし。お前も、俺のこと好き……なんだよな?」

『……ああ。今更、信じられないかもしれないが……本気で、お前のことを愛してる』

「じゃあ次会う時は、恋人になる時かもしれない! なんてな。……。……あのさ、その時に話し合おう。お前が、何であんなことしたのかとか。……俺が、隠してることとか」

 緑は、青葉の一族の次男だ。だが、幼い訳でも当主候補でもないにも関わらず、二十四時間護衛、もとい監視が付いている。

――その理由は、自分の呪われた性質のせいだ。

 人の第六感を無効化する力。柊四のような、第六感に苦しむ人を助けることが出来るが、一方で、国中……もしかすると、世界中の人に不幸を招く可能性がある。

「俺、さ。お前に話したら、離れられるんじゃないかって、黙ってたことがあるんだ。それも含めて、俺のこと全部話すから……お前のことも、全部話してくれよ。それでも……それでもお前が、俺のこと好きだって言ってくれるなら――」

『好きだ。……好きだよ、お前が。俺にとって、緑は特別で、唯一無二の存在だ。絶対に嫌いになんてならない』

 緑は数秒黙り込み、熱くなった顔を何度も扇いだ。

「そ、そっか。話し合う日が、ちょっと楽しみになってきた。えーっと、柊四が何とかしてくれるって言ってたから、またこうやって電話出来るし。会うのも多分すぐだから。じゃ、じゃあ……今日はこの辺で!!」

 緑は自身が赤面した辺りから傍に寄ってきて、興味深そうにこちらを眺め始めた弟に向き直る。

「こら、恥ずかしいからあんまり見るなよ。……何も聞いてないよな?」

「ぜーんぜん聞こえなかった。ねぇ、緑兄ちゃん顔赤くない? まだ元気じゃないなら、お部屋戻る?」

 黄緑が指さす先には、緑の専属護衛である樅二の姿があった。その横で、お馬さんの憂き目から逃れた柊四が何事かを話している。恐らくだが、樅二に通話を横で聞かれないよう、引きつけてくれているのだろう。

「樅二が、危ないからあんまり中庭に居るなって言ってたし。言うこと聞いてあげる? つまんないけどなぁ」

「ま、まあ、俺だって誘拐されたし……外はちょっと危ないかもな」

 言葉に従い部屋に戻ろうと、黄緑の手を握り片手で車いすを動かす。すると、黄緑はその手を解いて緑の背へ回る。

「僕が押してあげる! 柊四に鍛えて貰ってるんだよ!」

 黄緑はキラキラとした目で柊四を見ているようだった。随分遊んでもらっているらしい。とはいえ、柊四の体躯には緑も憧れがある。

「柊四は強いもんな。いつも余裕そうで……苦しんでる時も、分かりにくいぐらいだ」

 ぽつりと呟き、思い出す。

――柊四の第六感の副作用を治した、最初で最後の日を。

 冬のあの日、柊四は呼吸も浅く、口からはダラダラと毒液を垂らしていた。心拍数は第六感の影響で下がり、酷く苦しんでいる様子だった。

 そのほんの少し前まで、平然とした顔で、泣き喚く黄緑を抱えてあやして見せていた。偶然の邂逅で目にしたあの日の彼の姿を、緑は一生忘れられないだろう。緑が気が付かなければ、彼はどうなっていたことか。

「針葉の人達の中でも特に強いし、父さんと同じぐらい信じてる。でも……」

――彼がいつ死んだっておかしくないように感じるのは、何故だろう?

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