第四話 兄貴までもが攻略対象

「柊四、お馬さんごっこして!」

「畏まりました、黄緑様」

 小学二年生の無邪気な声が、俺に這いつくばるよう命じる。

 言われるがまま四つん這いになりながらも小さくため息を吐いた。俺は護衛であり、間違っても遊び相手ではない。世話係の執事がこうするべきなのだが、黄緑坊ちゃんは俺をご指名のようだった。

 低い視点から執事が頭を何度も下げているのをジト目で見上げつつ、背に子供が乗るのを待った。

「んふふ! 緑兄ちゃん帰って来てくれたね、柊四のお陰だね!」

「勿体ないお言葉です」

「犯人殺した?」

「殺してません」

 年老いた馬のように這いだすと、少年ははしゃぎながら広い中庭を見渡し、目に留まったガーデンテーブルを指さした。

「あそこまで行って! 一緒にお茶飲も!」

「畏まりました」

 執事は察したように、ティーセットを出しに屋内へ消えていった。黄緑坊ちゃんは「ありがと~」とその背に声をかけている。可愛らしいクソガキだ。

「ね~柊四、頼んだら樅二もお馬さんごっこしてくれるかな? まだ全然お話出来てないんだ」

「樅二は……どうでしょうねえ。黄緑坊ちゃんを守るのが、私たちの役目です。いざという時に、すぐさま立ち上がれないのでは、樅二は嫌がるかもしれません」

「なんで柊四はやってくれるの?」

「一緒に遊んで欲しいと仰ったのは、黄緑坊ちゃんでしょう。あなたの可愛らしい我がままに、私が特別弱いというだけです」

 あと第六感が第六感なので、空気中に毒霧をばらまいて襲撃者を苦しめ、その間に黄緑坊ちゃんにだけ血清をぶち込んで治す……とか、全身蛇に変化して、すぐさま襲撃者を締め上げる……とかできるのが、俺の強みだからである。

「ねえ、柊四はやっぱり、僕から緑兄ちゃんの専属に変わっちゃうのかな?」

「そうなるやもしれませんね。ご尊父のお心如何に因るでしょうが……」

「さみしいな~さみしいな~」

 ゲーム通りの展開になれば、そうなる。樅二は元々緑坊ちゃんの護衛をしていたが、彼の目の前で坊ちゃんが攫われてしまったため、緑坊ちゃんの弟――黄緑坊ちゃんを護衛していた俺と、ポジション替えになるのだ。

 確か原作での樅二は、自分がずっと守ってきた緑坊ちゃんから――任意の、最も好感度の高い対象による誘拐行為を契機に――引き離されたストレスから、ストーカー行為を行うらしい。……ということは緑坊ちゃんが生きてこうしている今は、順当な正規ルートということになるのだろうか? 元のストーリーを知らないのだから、こんなことを推測しても無意味なのだが。

 妹曰く、『樅二はそこからは典型的ストーカーで、弱った緑のことを「ストーカーから守るため」とかいって屋敷に閉じ込めるんだよね。で、ここがサビなんだけど、閉じ込めた後、ご飯も服も娯楽もぜ~んぶ樅二が管理する。服とかも樅二が着替えさせるんだよ!? これとかも、尽くす感じで兄貴に似てない?』……だったか。

 物思いに耽っている内に、執事が紅茶と茶菓子を持って戻ってきた。黄緑坊ちゃんは歓声を上げる。

「美味しそう! ね、柊四には僕がお菓子選んであげる! えっとねー。マドレーヌでしょ、クッキーでしょ……あ、ジャム載ってるやつもあるよ!」

「ありがとうございます」

 口で述べた全ての菓子を両手に乗せ、黄緑坊ちゃんは俺に押し付けた。何でガキってこんなに可愛いんだろうな。そんで何で俺はこんなに咀嚼に苦労する羽目になってるんだろうな。口いつ元に戻るんだよ。牙でクッキー食うの難しすぎるだろ。

 膝に付いた芝生の欠片を払いつつ談笑していると、スマートフォンに連絡があった。黄緑坊ちゃんをサブの護衛に託し、庭の端で立ち止まる。

「こちら柊四。護衛任務中だ。急用か?」

『……白樺、恵五。緑の……。……ゆうじん、だ』

 聞き覚えの無い声に戸惑ったが、すぐに思い出した。緑坊ちゃんを誘拐したヤンデレ男だ。

「――ああ、お前か。坊ちゃんは骨折もだいぶ良くなってるし、心的外傷もそこそこ良い感じらしい。俺は医者じゃねえから、完治にどんくらいかかるのかは知らねーけどな」

 知りたいであろう情報を話すと、電話の向こうの男はほっと息を吐いたようだった。

「ストックホルム症候群や、薬物反応なんかの懸念事項もクリアしたそうだ。……喜べ、お前ら本当に両想いらしいぞ」

『ま、さか、そんな……。あんなことまでしたのに、なんで……』

「坊ちゃんが物好きで良かったな、変態野郎。……とはいえ、こっちも坊ちゃんに『何とかして』って頼まれた以上、責任もって取り持ってやるから……具体的には十分くらい待ってろ。緑坊ちゃんと話させてやるよ」

 電話を切り、黄緑坊ちゃんの元へ戻る。ほんの数分目を離した隙に、サブの護衛はスーツを土塗れにして地面に仰向けに寝転がされていた。救いを求める目に生ぬるい視線をやりながら、腹に乗った黄緑坊ちゃんをやんわりと抱き上げる。

「緑坊ちゃんが外で日光浴をしたいそうです。お怪我をなさっているので、本を読んだりご学友とお電話をなさるかと思いますが……悪戯をは我慢出来そうですか?」

「うん、僕出来るよ! ふふ、緑兄ちゃんと会うの久しぶり! 樅二が『なるべく部屋に居るように』って言ってたのずっと守ってるんだもん。つまんないね。僕ならお外出て、お父さんとか柊四のとこに遊びに行っちゃうな」

「悪戯小僧ですねぇ。本当にそれをしたら、ご尊父と私がどれだけ怒ると思います?」

「……やっぱやらない」

 ぶすくれた黄緑坊ちゃんの頭を撫で、話を聞いていた執事が要領よく連れて来た緑坊ちゃんの姿を遠くに捉えた。呼び出されて不思議そうな彼に、白樺との件を話してやればどんなに喜ぶだろう。初々しい(?)恋を微笑ましく思い笑っていると、亀裂の広がった口端へと、黄緑坊ちゃんにマドレーヌを突っ込まれて咳き込んだ。

「っ、ゲホッ、坊ちゃん、私のお口はゴミ箱ではありませんよ……!」

「柊四、その牙いつ治るの? ――なんで緑兄ちゃんに治してもらわないの?」

 むに、と無邪気に頬を押される。牙が頬の内側の肉に触れ、心底げんなりした気分だった。

「色々と理由はあるのですが……」

「ですが?」

「――緑坊ちゃんには“借り”があるので、これ以上ご迷惑をかけられないのです。私のことはお気になさらず」

 イーッと見せた牙に、黄緑坊ちゃんは「かっこいい……!」と目を輝かせた。

「でしょう。格好良いので、暫くこのままでも良いのです」

「うん! ねえ僕もその舌やりたい!」

「大人になってからにしてください」

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