第38話

 そうしていつもの部屋にランカは来た。ちなみに髪色はここに来るまでに戻した。

 王都にくると度々この部屋に来ている。自分の想像では知らない女性がこの部屋に来ていたのだが、中には誰もいない。ファルトが戻ってきても誰も奥から姿を表さない。

 ランカが魔法陣の上で止まっているのを見て、ファルトが笑う。

「ここに入ったことがあるのは自分以外は、ランカだけだ」

 ファルトがいつものように部屋の奥へ進んでいくため、ランカもそれに続いた。部屋は一見いつも通りに見えた。しかし、続きの部屋に何かあるのか、ファルトに手招きされる。

 恐る恐る近づいていくと、続きの部屋はえらいことになっていた。


 綺麗に飾り棚に並べられていた魔法道具の一部が床に並べられ、足の踏み場がない状態だった。3つの壁のうち1面だけ棚が取り外されているのだ。

「ど、どうしたの?」

「部屋を増やしたくて」

「え?」

 わけがわからずランカの頭は疑問符だらけになる。

「ここの賃借の部屋は、ある程度自由に部屋を増やせるんだ。と言っても、まぁ、ここだと後二部屋ぐらいだが」

 そう言って、ファルトは何も飾られていない壁の1つに触れる。

「もう今朝のうちに空間だけは作った」

 壁に扉のような形を描くと、そこがすっぽり壁が無くなる。奥を覗き込むと、すでに新しい部屋の空間があり、真っ白な壁と濃い茶色の床ができていた。


 ファルトが中へ入っていくため、ランカも足元に気をつけながらそれに続いた。これまでの部屋と同じぐらいの部屋がもうひとつ出来上がっていた。ランカは家の拡張はしたことがなかったため、珍しさに部屋を見渡す。

「でも、どうして部屋を?」 

 ランカが少し見上げてファルトに尋ねると、ファルトは少し目を逸らした。かなりの時間言いづらそうにした後、ようやく口を開く。


「……、ランカともう少しゆっくりできる場所が欲しくて」

 思わぬ回答にランカは数秒理解できなかった。

「半分しか使えないテーブルと、一人掛けのソファしかない状態をどうにかしたかったんだ」

 それについてはランカは全くと言っていいほど気にしていなかったのだが、この大工事な状況は自分のためだったということに驚きを隠せない。

「こうやって物だらけの床になることもわかってたから、きて欲しく無かったんだ」

 チラリとファルトが後ろの部屋に視線をやる。確かに魔法道具が床一面に置かれていて危ない。


 新しい部屋には、真ん中と左側、正面の壁に魔石が置いてあった。それが突然一斉に点滅した。ファルトが「あ」と声をあげ、額に手をやる。

「少し部屋から出よう」

 床が危ない状態の部屋に戻ると点滅がだんだんと早くなり、ただの魔石ではないことに気づく。

「転送石?」

「あぁ」

 転送石とは物の移動を可能にする魔法道具である。ランカの問いにファルトが頷くが、何故か顔が赤い。


 点滅がこれ以上ないぐらい早くなったところで、点滅から発光に変わる。すると今まで石があった場所に別のものが現れる。光と共に現れたのは、シンプルな茶色の棚、アンティーク調の三人掛けソファに、ローテーブルだった。


 その家具をランカは見覚えがあった。先ほど見た家具屋でファルトと見ていた時に、ランカが気に入っていた物だった。

「もしかして、このために家具屋さんに何度か一緒に行ってたの?」

 ちょっとウィンドショッピングぐらいなノリで見ているのかと思っていたが、ファルトは買う気満々で入っていたのだ。


「お、教えてくれてもいいのに!」

 ランカがそう言った時には、ファルトの方が真っ赤になっていた。

「言えるわけないだろ。俺ばかり、一緒にいたいと思ってるのがわかるのに」

「私だって一緒にいたいと思ってるよ!それに、……どうせならやっぱり、部屋も一緒に作りたかった」

 ランカの言葉に、ファルトが彼女を見る。

「一緒にやったほうが楽しいと思う、一緒に過ごすための部屋なら尚更!」

 その言葉に、ファルトは何か気づいたような表情になる。

「そうだな。すまない、なんか、気恥ずかしかったんだ」

 

 一緒に家具屋に言ったのは昨日今日の話ではない。結構前からファルトは考えていたのだと思うと、ランカは自分が「浮気」などを疑ってしまったのがとても恥ずかしくなった。

 ただ、ふと思ったことがあり、口にする。


「ベッドも見てなかったっけ?」


 ランカの発言にファルトがわざとらしい咳をした。

「流石にそれは、……あまりにも自分勝手すぎると思ってやめた」

「そうなの?ベッドがあったら寝られるのに」

 ランカの何気ない言葉にファルトが驚きに目を見開くが、すぐに首を横に振る。


「そう言う意図がないことは、理解しているから」

 そう言う意図とはどう言う意図だと思い、ベッドの存在を想像してから、ファルトの存在を頭に思い描くと、ハッとしてランカは自分がとんでもないことを言ったことに気づく。

 

「ちがっ!そんな意味じゃなくて!た、単純にあったら、ここに泊まれるかなと思ったんだけど、いや、これも違う、そうじゃなくて!違うの、えっと、家に帰るの時間かかるし、だから」

 頭も大混乱で真っ赤になってあわあわと言い訳するランカに、それを見たファルトの方は恥ずかしさがどこかへいったらしく笑い出した。


「大丈夫だ。帰るのに時間がかかるのは気になってた。ランカがもしここに泊まるような時は、俺は王宮の部屋に戻るから」

 ファルトの言葉にランカは何か言わなきゃいけない気がして、少し高い位置にあるファルトの顔を見つめた。


「あ、のね!今すぐは無理だけど、その、ファルトと、その、そういうことしたくないとかじゃないからね!心の準備が」

 自分は何を言っているんだと思うと真っ赤になり、息苦しさを感じた上、目が回りそうだった。そんな状態で、ファルトは優しく抱きしめてくれる。


「急がなくていい。でも、そう言ってくれるなら、期待してる」

 耳元で囁かれてランカは更に真っ赤になるほかなかった。


 この、声までイケメンめ!!


 心の中で悪態をついてみたものの、ランカも離れがたくなりぎゅっとファルトを抱きしめた。この優しすぎる腕がら離れられるわけがなかった。



 結局二人が部屋を片付け終わったのは4時過ぎだった。二人で片付ければきっと早く終わると思ってたのだが、並べる魔法道具について語り始めたり、あれこれしながらの片付けになり、全く思う様には進まなかった。


「ごめん、なんか、やっぱりファルト一人の方が早かったかも」

「いや、でも楽しかったからいい」


 二人は綺麗に片付いた部屋に置かれた大きなソファに並んで座る。三人掛けのため、二人で座るとかなり余裕があった。ランカ好みのデザインで、ついソファを撫でてしまう。


「気に入った?」

「うん。家具は私にもお金払わせてね」

「でも俺が勝手に買ったのに」

「払った方が遠慮なく使えそうだもん」

 ぽすっと背もたれに倒れたランカが幸せそうに笑う。ランカ表情に、ファルトは諦めたように頷いた。


「流石にちょっと疲れたな」

 ファルトもランカの真似をして背もたれに深く背を預ける。ファルトには珍しい発言だが、よく考えればファルトは朝からこの部屋の空間作りからしていたので、おそらく早朝から魔力を大量に消費しているはずだ。疲れないはずがない。


 ランカは無言ですすっとファルトから離れ、ソファの端に寄る。

「ファルト、どうぞ」

 そう言って、ランカは自分の膝をぽんぽんと手で示した。ファルトは訳がわからず首を傾げたが、ランカは両腕でぐいっとファルトの腕を掴み引っ張ると、ファルトはそのままランカの膝に頭が倒れた。


 混乱した表情のファルトとは違い、ランカは楽しそうに笑う。

「恋人っぽくない?」

「恋人じゃなかったのか」

「そう言う意味じゃなくてさ」

 ランカは自分の膝の上にあるファルトの頭を優しく撫でる。さらさらの金色の髪が気持ちよくて、何度も触ってしまう。


 ファルトは恥ずかしさの方が勝っているのか、ランカと目を合わせようとしない。

「やめた方がいい?」

「いや。でも、寝ることはできなさそうだ」

「なんで?」

「落ち着かない」

 よく見るとファルトの耳は赤い。照れているのだろうと思うが、いつも自分の方が落ち着かない気分にさせられているのだから、たまにはこちらが主導権を握るのもいいなとランカは思う。

 あまりファルトのことを上から見下ろす事がないため新鮮な気分だ。イケメンは上から見てもイケメンらしい。


 じっとファルトの顔を観察していると、ファルトの方が参ったらしく横を向かれてしまった。

「そんなにまじまじと見ないでくれ」

 可愛くて笑ってるしまうと、少しファルトが拗ねた顔をする。それもまた可愛くて笑うと急に視界が変わった。


 気がつくとソファの上でランカの方が、ファルトに見下ろされていた。何が起こったかわからず目をぱちくりしていると、ファルトが少し目を細めて笑う。

「恋人っぽくないか?」

「どちらかと言うと身の危険を感じます」

 正直にそう言うとファルトが声を上げて笑った。すぐに上からどいてくれると起きあがらせてくれ、二人して正しくソファに座り直す。


 目が合うとファルトが困った様な顔でランカを見た。

「あまり煽らないでくれ。こっちはこれでも色々と我慢してるんだ」

 その言葉に意味がわかるとランカはただただ顔を赤くするしかなかった。もう少しだけ我慢して頂きたい。


「夕食はどうする?」

「食べてく!」

「少し早いけど買いに出るか」

「うん」

 先に立ち上がったファルトが手を出してくれ、その安心できる手を取る。ランカは自然と幸せな気持ちになることに気づいて微笑む。


「ファルト、好き」


 それを聞いたファルトは目を見開いて驚き、取っていたランカの手を引き、抱き寄せる。

「面と向かって言われたのは、初めてな気がする」

「え、嘘」

「ホント」

 ぎゅっと強く抱きしめられ、ランカもそれを返す。ファルトの暖かさがとても安心できる。心に優しい熱をくれる。

 

「嬉しい」

 ファルトの言葉は本当心からそう思っているのが感じられて、ランカも頷いて同じ言葉を返した。

「私も、ファルトが嬉しいと嬉しい」


 目が合うと二人して笑う。そこにはとても幸せそうに微笑み合う魔女と士官がいた。


 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古い物が好きな魔女は、真面目な士官に落とされる。でも、見られてたなんて聞いてない! 花織すいら @artsdeco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ