第37話
あぁ、なんか、来ちゃったけど、どうしよう。
ランカは何度目かの苦悩を頭の中で自分に問いかけた。もう王都に来ることは慣れた。最近は復元都市のポータルを使うのが一番早いことに気づき、多少お金はかかるがかかる時間が短縮された。
自分でファルトの浮気を疑っておきながら、いざここに来てみると、怖さに足がすくんだ。ファルトと知らない女性のそんな現場を見てしまったら立ち直れない自信がある。
「よく考えると、またレモレに焚き付けられただけな気がするよね」
そうは言っても不安は募る。
付き合い始めてからもどんどんとファルトのことが好きになっている自覚がある。一緒にいるとどうしようもなく幸せな気分になる。もっと一緒にいたくて仕方ないのに、ファルトはそうじゃないのかもしれないと思うと悲しくなる。
好きになる程不安になる。
ファルトを誰にも取られたくないと思う。
「う、いつからこんなに弱くなったの私」
ちょっと前までは一人でいるのが好きだった。誰にも気を使わず、好きなことをして過ごす、自由な時間が好きだった。
でも今は一人のときでもついファルトのことを考えてしまう。
ランカは大きくため息を着く。
しかし、来たからにははっきりさせたいとも思う。何も見ないうちから涙が出そうだ。
なんとか気持ちを切り替えて、ランカはショルダーケースから、入れていたペンダントを取り出す。大きな緑の石がついたペンダントだ。特殊な魔法が仕込まれており、ランカの魔力を赤系統に見せかけることができる魔法道具である。
ファルトは魔力を読むのも上手い。近づいたら簡単にランカだと気づかれる可能性がある。そのためせめて系統を誤魔化す魔法道具で、カモフラージュしようと言うことだ。ただ、このペンダントをつけている間はまともに魔法が使えなくなる。
ペンダントを首からかけるとランカは大きく深呼吸した。今日のランカの格好は街の人にできるだけ紛れるため、ランカだと気づかれないようにするため、髪の色を変えている。真っ黒に近い色に変えており、ランカだとは気づきにくいはずだ。
「行こう!」
ランカは気合をいれるとファルトの借りている部屋に向かって歩きだした。
何度も行っているため道に不安はない。歩きながら次第に歩調がゆっくりになる。確認したいのにしたくない。
あと少しでファルトの部屋の集合住宅というところで、少し離れたところをあるいているファルトの姿が見えた。白いシャツにグレーのパンツ姿で、仕事の時と似た格好である。ただやはり休みなのかコートは羽織っていない。
周りを見てみるが女性の姿はなく一人で歩いている。
ファルトが向かっているのは部屋の方とは逆だ。今出てきたところなのかもしれないと思い、ランカはファルトの跡をかなり距離をとった状態で追いかける。
ファルトが歩いていくのは見慣れた大通り。どこに行くのかとついていくと、最初に入ったのは家具屋だった。
「家具?」
思わず口に出してしまうほど意味がわからず首を傾げた。
しかしこの店にランカは入ったことがあった。以前ファルトと大通りを歩いていた時に覗いたことがあるのだ。流石に同じタイミングで店に入るわけにも行かず、ランカは少し離れたところから見ているしかない。
どんなところだっけ?
そう思いながら思い出してみる。お洒落でスタイリッシュな家具が多く並んでいたのは覚えている。その分お値段も……という感じだった気がする。
少しするとファルトはすぐに出てきて、また大通りを歩いていく。しかし、前方から女性が歩いてきてファルトに話かけるのが見えた。
もしかして……。
と思ったものの、すぐにファルトは女性との会話を終えてまた足早に歩き出す。一方の女性はちょっと不満そうな顔をしていた。スタスタと歩いていく姿が見えて、ランカは慌てて後ろを追いかける。するとまたファルトは別の店に入るようだった。
「あれ?ここも家具屋さんじゃなかったっけ?」
ランカは首を傾げる。この店も入ったことがあった。ファルトと歩いていた時にやはり覗いたことがあったのだ。こちらは先ほどの店とはまた雰囲気が違って、アンティークなものが多く置かれている家具屋だった。ランカの好みとしてはこちらの店が好きだった覚えがある。
「お姉さん、何やってるの?」
突然後ろから知らない若い男に声をかけられる。驚いてランカは目をぱちくりした。
「暇なら一緒にお茶でもどう?」
明らかに軽そうな男がそう声をかけてきたため、ランカは首を横に振った。
「いえ、とっても忙しいので結構です」
「えーどう見ても暇そうじゃん。奢るからどう?」
ニコニコと笑いかけられるがその笑みが怖くてランカは眉を寄せる。こういうことにあったことがないランカは、どう対処していいかよくわからない。
「結構です」
はっきりそう言っているのに男が引く様子がない。無視をして離れようと足を動かしたところで、急に手首を掴まれる。ランカはカッとして、魔法を使って跳ね除けようとしたのだが、魔法が発動しない。
「あ」
胸元のペンダンとに気づき、苛立つ。これをつけている状態で魔法は使えない。
「ほら行こう、美味しい店知ってるよ」
「結構です。離してください」
そう言っても聞かない男に、ランカはペンダントを引きちぎろうと緑の石に手をかけた時、目の前に何かが現れてランカから男の手が離れた。
「なんだお前!その子は今オレが!」
男は邪魔したものを見て声をあげたが、その語尾はひどく小さなものになった。ランカの前に立ったのは、怒りの表情を隠さないファルトだった。しかもその手はばちばちと発光しており、今にも強大な魔法を繰り出さんばかりだ。無詠唱でそれなのだから、相手の強さは少しでも魔法を齧って入れば理解できる。
男は慌てたように走って逃げていった。
男の姿が見えなくなると、ファルトの手のバチバチとした魔法発動の前兆は収まった。ゆっくりとランカを振り返ったファルトの表情は、怒っているような心配しているような複雑な表情だった。
「ランカ」
流石に髪色を変えていようが、魔力系統を誤魔化そうがバレているらしい。
「心配だから、王都で一人で歩かないでくれ」
本当に心配そうに声をかけられた。男に掴まれた腕を優しく取り、怪我がないことを確認される。男が触ったのをなかったことにするように、ファルトが優しく手首を撫でた。
「どうして髪色まで変えて?しかもそのペンダントも系統変更だろ?」
「……、ファルトが隠し事するから」
「隠し事?」
口にするほど辛くなってきて、ランカは目尻が熱くなるのを感じた。じわじわと溢れそうになる涙が嫌になる。
「ファルト、……浮気してる?」
ランカの言葉にファルトが一時停止する。その後びっくりしたようにランカをみる。
「俺が、……浮気?」
「うん。だって、今日休みなのに来ちゃダメって」
だんだん自分でもわけがわからなくなってきて、ランカはもう気づくと涙が溢れ始めていた。ランカの涙に驚いたらしいファルトが、少し戸惑った様子でランカを抱き寄せる。
「すまない」
「やっぱり、浮気なの?」
「それじゃない。今日来るのがダメだって言ったこと。まさかそんなに気にすると思わなかった。浮気なんかしてない」
「じゃあ何してたの」
まだ涙の止まらないランカを見ると、ファルトはぎゅっとランカを抱きしめた。
「ちゃんと説明するから、部屋に行こう。泣いてるランカを外で立たせたままにしたくない」
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