第36話
「レモレ、ファルトが浮気してるかもしれない」
この世の終わりと言う表情をしたランカがド派手な青い魚のクッションを抱えながら通信機で話をしてくる。
時間は夜中の10時であり、レモレはもう寝ようとしていたところだ。通信機がうるさくなり続けたので仕方なく出たところ、ランカがそう言い出したのだ。
「そのクッション気に入ったのか?」
「うん、良いサイズ。って、そうじゃなくてね!」
確か付き合い始めて一ヶ月ぐらいしか経っていないはずのランカが意味不明なことを言っているなと思いながら冷たい水を一口飲む。
あのクッションは採用だ。
ここは、ランカの住む礎都市からはずいぶん距離が離れている海上都市と呼ばれる場所である。気温が他より高いため、冷たい飲み物が欠かせない。
「ファルトが浮気してるかもしれないんだよ!」
ファルト氏が浮気。
面白いけど、絶対ないだろ。
レモレが知っているファルト像からは縁のなさそうな言葉である。そう思いながらも敢えてそれは口にしない。
「何でそう思うんだ?」
「だって、昨日通信機でね!」
ランカがことの始まりを話し始めた。
それは通信機での話らしい。
「あれ?明日お休みなの?」
付き合う様になった二人は以前と変わらず毎晩通信機で話をしていた。いつも週末が休みなファルトだったが、珍しく中日が休みだと言う。
「ちょっとやりたいことあって、休みを申請したんだ」
「やりたいことって?」
「部屋の片付けを」
「部屋って、魔法道具がいっぱいある方?」
「あぁ、そっち」
ランカはうずうずして思わず聞いてみる。
「手伝いに行ってもいい?」
「ダメだ」
ばっさりと拒否されてランカが憤る。
「何で!」
「明日は、一人でやりたいから」
「二人で片付けた方が早くない?」
「普通ならそうかもしれないけど、今回はいい」
「……、何で?」
「危ないから」
「気をつけるから」
「ダメ」
いつもなら割と折れてくれるのだが、ファルトは珍しく折れなかった。
「……会いたいのに」
ランカの言葉にファルトはすぐに反応する。
「俺も会いたい」
「じゃあ明日行って良い?」
「明日はダメだ」
「って言うんだよ!こんなに拒否するなんて浮気でしょ?!」
いや、そもそも浮気だったらわざわざ休みだなんて伝えないだろ。
ランカの訴えにレモレはまた一口水を飲んだ。レモレとしては全く別に何も感じないが、うーんと悩むフリをしてみる。ランカが不安そうな顔をするので、口を開く。
「じゃあ、確かめればいいじゃないか」
「え?どういうこと」
「明日黙って行けば良い」
レモレの言葉に、ランカが衝撃を受けたような顔をする。
「え、でもダメって」
ランカは基本良い子だ。ダメと言われたことをわざわざやるようなタイプではない。
「やましい事があるから来ちゃダメって言われたと思うんだろ?なら行って確認するしかないじゃないか」
不安ならば。
まだ付き合って間もないのだから不安にもなるのかもしれない。ただ、レモレとしてはちょっと面白い程度である。
たぶん、ファルト氏は何か見られたくないものがあるんだろう。エロ本?いやーそう言うタイプじゃなさそう。いや、あったらあったでそれは面白い。
なんかヤバい系の魔法道具持ってる?そっちの方があるかもしれないな。
全然違うことを考えて、ランカに全く異なる提案をする。
「浮気の現場を押さえてきたらいいんじゃないか?」
そう言うとランカは俯いた。
あ、しまったな。ファルト氏が浮気してるとはこれっぽっちも思わないんだが。傷つけたかも。
「ランカはファルト氏が浮気すると思うのか?」
「……、しない気がするけど、わかんない。ファルト優しいし、かっこいいし、頭良いし、魔法道具詳しいし、古語も読めるし……」
惚気てるのか?
「だから、不安」
ランカの言葉にレモレは納得する。たぶんそれが一番大きいところなのだろう。しかも、王都と礎都市では距離がある。毎週末会ってはいるだろうが、それでも寂しく不安に思う事があるのだろう。少しでも一緒にいたいと思うのに、休みなのに会いに行ってはダメだと言われたら、浮気を疑いたくなるかもしれない。
「その不安を解消したいなら行ってきたらどうだ。あ、でも、部屋には入れないか」
部屋に入るにはランカの家の様に古典的な扉でない限りは、登録された人の魔力が必要になる。
「あ、ううん。ファルトの魔力が入った魔力石貰ってるから入れる」
……、1%ぐらい浮気の可能性を考えたが、絶対浮気じゃない。ファルト氏が本気で浮気してたらランカにそんなもの渡すがわけない。
それにそもそも。
レモレは取り付けたような笑みを浮かべた。呆れてものも言えない。魔力とは魔法士にとってとても大事なものである。少しでもその魔力があったら、できる事が色々ある。犯罪や時間にもなりかねない代物である。
そんな大事な自分の魔力の入った魔力石をランカに渡しているのに、浮気なんて絶対ない。レモレはそう確信しながら、すっかり色恋沙汰で魔法士の基本すら忘れている友人に、さらに笑みを深めた。
「行ってきな。見てこればいいさ」
二人の痴話喧嘩に興味のなくなったレモレは、水を飲み干すとランカに手を振った。そこで通信機はぶちっと切った。
「ランカも浮かれすぎだな。まぁ、良いことか。全然そう言うのと縁なかったしな」
友人の幸せを願ってレモレは真っ暗な空に浮かぶ檸檬色の夜の月を眺めた。
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