第31話

 ランカは温かい気持ちのままベッドの上に大の字で寝転がると今日の出来事を思い返していた。もう寝るだけだと言うのに、なかなか寝付くことができない。

 思い出すのは当然と言うべきか、ファルトのことだ。


 思ってたよりずっと楽しかった……。


 ベッドに置かれた大きくカラフルな魚の形をしたクッションをぎゅっと抱きしめる。ちなみにこればレモレに新商品候補だと言われて送られてきたサンプル品である。青と緑を基調とした派手な色合いが気に入って枕元に置いている。


 レモレにデートだと指摘されどうしていいか分からないと思っていたが、ランカが楽しいと思うことをファルトも楽しいと思ってくれることが嬉しいし、同じものを理解できるのも嬉しかった。

 実はランカはそんなに友人が多いわけではない。魔法学校での友達も今でも連絡を頻繁に取っているのレモレぐらいである。


 しかし、レモレとファルトは違う。


 試しにレモレを思い出してみるが、レモレのしてやったりという笑顔を見ても、「またか」と思うぐらいで心臓はとても平常運転だ。だが、ファルトを思い出すと頭と心臓が急激に異常な動きをし始める。


「これは、友達……?」


 レモレとファルトでこんなに違うのに友達だと言い切れるはずがなかった。いや、関係性としては友達なのだが、ランカが明らかにファルトを友達以上に意識しているのは間違いない。

「あぁあぁああ」

 情けない声を出しながらクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめる。

「友人から!って自分で言っておいて、まだ1ヶ月ぐらいなのに早すぎない?!」

 誰にも聞かれてないからと声に出してから、言っていて虚しくなる。

「いや、ちょっと久しぶりのレモレ以外の友達に舞い上がっているだけかも?!」

 口に出すと魚のクッションに「お前頭悪いな」と言われた気分になって思わず魚のエラを絞めた。


「落ち着け。きっと私は慣れないデートにテンションが上がっただけだ。そうだろ!」

 魚クッションのエラを絞めながら応えないクッションを見る。

「そうって言ってーー!」

 と魚のクッションを全力で揺らしてみたが、ふいに頭を過ったのが、ランカの差し出したドーナツを食べた姿で、ランカの心が異常をきたす。再びクッションに顔を埋めて心を落ち着かせようとなんとか努力するが、なかなか収まらない。


「イケメンの破壊力は半端ない」

 謎の結論を出して無理矢理寝ることにした。



 しばらくは落ち着いた日が続いた。ランカも頼まれていた薬作りを淡々のこなしたり、新米のドミエの魔女としての仕事をこなしたりして過ごした。これまで通りといえばこれまで通りなのだが、ランカは自分が少し物足りなく感じていることに気づいた。

 いつもの時間にファルトが通信機に連絡をくれるので、それは以前とは違う。しかし、通信機で話すだけでは、少し寂しいなと感じるのだ。


 まだ陽の高い時間、ランカはレモレに連絡を取った。

「どうしようレモレ」

 テーブルに突っ伏して嘆いているランカに、通信機に映るレモレはつまらなさそうにバリバリと何かを食している。

「どうしようもなにもないだろ」

「どうしていいかわからないのに?!ちょっとは興味持ってよ!」

「それはもう結論出てるだろ」

 呆れ顔のレモレはバリバリと相変わらず食べ続ける。人と話す時ぐらいその大きな音が立つ食べ物はやめて頂きたい。

「結論って?!」

 レモレがしっかりと通信機の奥からこちらに視線を向けてくる。

 

「好きなんだろう?ファルト氏のことが」

 そう言われてこれでもかと言うぐらい目を見開いたランカがそこにいた。

 

「……、そうなの?そうじゃないかなとは薄々気づいていた気がするけど。やっぱりそうなの?!」

 真っ赤になって声を上げるランカにレモレが通信機の向こうで耳を塞いでいる。

「ファルト氏流石だな」

「ファルトを褒めてないで私をたすけてよ!」

「一体何をしろっていうんだ」

「この気持ちに気づいたらどうしたらいいの?!」

 真剣なランカの問いかけに、レモレがずるりと椅子から落ちそうになった。

「え、そこ?」

「だってわかんないよ!私どうしたらいいの?何をすべきなの?」

 レモレは椅子に座り直すとと近くにあった冷たそう飲み物を一気に口に流し込んだ。


「気持ちがあったファルト氏は何をした?」

「え?」

 そう問われてランカはファルトの行動を思い返す。


 色んなファルトを思い出したが、やはり思い出すのは仕事を休んで<魔女の森>まで来たファルトだ。休まされたと言うのが正確かもしれないが、仕事以外のつながりを求めて来てくれたのだ。


 ランカが思い立った表情をしたのが見えたのか、レモレが目を細めて笑う。

「それが正解なんじゃないか?」

「そっか……。そうだね」

 ぐっと手を握ったランカにレモレが微笑みかける。


「気持ちに気づいたならできるだけ早く行動しな」

「なんで?」

「ファルト氏はどうみてもイケメンじゃないか。突然知らない女性が現れて掻っ攫っていくってのもなくはない」

「普通逆じゃない?!」

「そうだ。ファルトの気持ちが変わることもある」

 その言葉にハッとした。それは当然あり得る話だ。いつまでもファルトの気持ちがランカに向いているなんて保証はない。

 そう考えると急に恐ろしくなる。

 思わずそろりとレモレを見ると、手を振られた。

「善は急げ。思い立ったが吉日。先んずれば人を制す」

 それだけ言い残すと画面がぶちっと切れてレモレの姿が切れた。一方的に切られたらしい。ぽかんとしたランカが残される。

 

「え、え、どういうこと……?」


 しばらく呆けていたランカだったが、突然勢いよく立ち上がると普段着用のローブを身につけて家を出た。

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