第29話

「残念だったね」

「まぁ、魔力石は危険だし、仕方ないな。とりあえず、博物館の前にご飯でも食べようか」

「うん、お腹すいた」

 すっかり発掘モードから切り替わった二人は、町エリアへ向かうことにした。神殿エリアは食事をする場所はないため、南側の町エリアに移動する必要があるのだ。


「いつもは何食べてるんだ?」

 ファルトの質問にランカは何食べてたっけ?と考えるがあまり思い出せない。ここに来る目的は基本が発掘と古語を見ることであり、食事ではない。ご飯を食べないことは多々ある。

「もしかして、ここでも何も食べずに?」

 ファルトが呆れたような目で見てくるが、前科があるため何も誤魔化せない。笑って誤魔化すと、困ったような表情を向けられた。

「気をつけないと本当に倒れるぞ」

「気をつけます……」


 結局ランカが串焼きを欲したため、お店に入る形ではなく、いろんな店を食べ歩くことになった。飲食店は屋台な店も数が多く、色んなものをえらぶことができる。丁度お昼時ということもあり、町エリアの一角は非常に人でごった返していた。おそらく、発掘イベントが中止になったことで、昼食にしようとする人が一気に増えたと言うのもあるだろう。


「ファルトはいつも何食べてるの?」

 仕事で一緒になった感じでは、ファルトは見た目より意外と食べる。魔力量の多い人はその発生と利用にも体力を消費すると言うのも関わりがある。

「どこか店に入って食べることが多いが、特にこだわりはないな。並んでない店に入ることの方が多いかもしれない」

「時間もったいなくなるもんね」

 そう言いながらランカは手にしていた肉の串焼きを頬張る。少し甘めなタレがついていてとても香ばしくて美味しい串焼きだ。

 ファルトの方もランカに負けず劣らずよく食べる。同じように串焼きを食べる姿は少し意外に見えた。一見食べ歩きとかしなさそうにみえる外見だ。


「この鶏も美味しいよ」

 ランカが持っていたもう一本を差し出すとファルトもそれを受け取り食べ始める。特に食べ歩きに抵抗はないらしく、ランカとしてはホッとする。

 色んなお店を見ながらこれ食べようとあれ食べようと言いながら回るのはとても楽しい。ちなみにこれについてはレモレも付き合いが良い。

「喉渇かないか?」

「そうだね。なんか飲み物買おうか」

 

 町エリアの食べ物に関する規定はゆるいらしく、現代的な飲み物も売られており、見た目が鮮やかなものもあり様々だ。

「あれなんかレモレが前通信機の前で飲んでたやつに似てる。あれにしようかな」


 キラキラとした透き通った黄色と黄緑色の二層でできた飲み物で、レモンとミントと書かれていた。氷が入れられて爽やかで美味しそうに見えた。

「オレはあっちにする」

 ファルトが指したのは薄い赤紫色に、橙色のにそうになった飲み物だ。ベリーとオレンジと書かれており、こちらはこちらで美味しそうだ。

 

 店主にお金と引き換えに商品を受け取るとランカは早速ストローに口をつける。爽やかなミントと共にレモンの酸っぱさが通り抜け、すっきりとしてお美味しい。

「美味しい。ファルトのは?」

「意外と酸味が強くて美味しい」

「そうなの?一口ちょうだい」

 ランカがそう言ってファルト持っていた飲み物に近づくと、ファルトの動きが完全に止まった。その固まったファルトの表情を見て、ランカもハッとして慌てて離れ、両手を振って否定する。

「ご、ごめん!ついレモレと同じ感じで言っちゃった!今のはなしで!」


 レモレと同じっていう言い聞かせがこんなところで働くなんて!


 真っ赤になったランカにファルトは申し訳なさそうだ。

「ごめんね」

「いや、変に反応したオレが悪い」

 二人して気まずくなって立ち止まっていると、どこからか明るい声が聞こえてくる。

 

「ランカ先輩、こんなところで立ち止まって何やってるんですか?」

 明るい声の主は、先ほどあったジノだった。一回り背の低い彼の姿がよく見えなかったが、人の波の間から現れた。

「ジノくんもお昼ご飯?」

「そうですよ。今日はいつもより人が多いですね。あ、これさっき買ったカボチャのドーナツなんですけどよかったら一つどうですか?揚げたてで美味しいですよ」

 ジノがもっているのは、カップに入ったカボチャ型の一口サイズの小さなドーナツだった。同じものがいくつもカップの中に入れられており、上から粉砂糖がかけれ見た目的にも可愛くて美味しそうだ。

「わーいいね、美味しそう」

 ランカがそう言うとジノがにこにこしながら、一つドーナツを掴み、ランカの口元に差し出す。ランカがそのまま食べようと口を寄せると、突然目の前からドーナツが消えた。


 え?と思い顔を上げると何故かファルトが自分の口にドーナツを入れるところだった。ファルトはランカを見てはおらず、少し視線の低いジノを見ている。ジノの方も笑顔のままファルトを見ている。

「ファルトもドーナツ食べたかった?」

「あぁ、そうだな。貰うんじゃ足りないから、買いに行こう」

 ファルトはランカの肩を抱き歩くことを促す。


 な、何?!急に?!


 突然ファルトの大きな手に肩を掴まれてそこが異様に気になる上、この態勢はファルトの顔がとても近くなる。内心目を回しながら、ジノに簡単に手だけ振ると、ファルトに付いて歩いた。


 珍しく早足で歩き出したファルトに、追いつくのが精一杯の上、人が多すぎて歩きにくい。先ほどまではずっとランカの歩く速度に合わせてくれていたんだなと思う。

 しかも、未だに肩を抱かれたままで、どうしようもなくそこが気になる。


「ファルト、もう少しゆっくり!」

 苦しくなってそう言うとファルトがハッとしたように止まった。周りがガヤガヤとうるさいはずなのに、ファルトの表情を見ると急に静かになったような気がした。

「ファルト?」

「……、すまない」

「え?何が?歩くの早かったこと?」

 本気でわからずファルトを見ると、ファルトは複雑な表情をして自分の額を押さえていた。

「さっきの子にも悪いことをした」

「ジノくんのこと?別にドーナツのことぐらいで怒らないと思うけど」

 ファルトは何か言いたそうに口を開けかけたがまた閉じると首を横に振る。


「買おうか、ドーナツ」

 そう言われて辺りを見るとちゃんとドーナツが売っている屋台の前に来ており、そこにはたくさんの魅力的な可愛いドーナツがたくさん並んでいた。

「うわー!」

 ジノの買っていたカボチャのものから、さつまいもや紅茶、チョコ、リンゴ、ブルーベリーなどさまざまな味の一口サイズのドーナツがあり、ランカはどれも食べたくて目移りした。


「全部入ったやつにしよう」

 ランダムで色んなドーナツが入った物があり、ファルトにそう提案されるとすぐに縦に首を振った。ファルトはそれを買うとランカに手渡してくる。

「あれ、ファルトのは?ファルト食べたかったんじゃないの?」

「さっきので満足したからいい」

 さっきのとはジノのドーナツだろうか?ランカは自分の手の中のドーナツとファルトを見比べると、一つドーナツを掴み差し出した。

「他の味も美味しそうだよ」

 ランカがファルトの口元に紅茶のドーナツを差し向ける。少し迷ったようなファルトだったが、差し出されたドーナツに口を寄せて食べた。


 こ、これは……!やっちゃダメなやつだった?!


 ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、ファルトの唇がランカの指がもつドーナツに近づくのがやけにゆっくりと感じで、その様子をじっと見つめてしまった。ファルトがドーナツを口にする様子は妙に色っぽく見え、ランカは急に恥ずかしくなった。


「美味しい」

 そう感想を言ったファルトはやけに眩しい笑顔に見えた。顔が熱くなった気がして、ランカは誤魔化すようにドーナツを摘んで食べたが、焦りすぎて味が良くわからなかった。

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