第28話

 当然ながら向かうのは、今回初めて開放される神殿エリアの発掘場所で、二人が向かう頃にはすでにたくさんの人が集まっていた。

 神殿エリアには当然神殿がある。大昔に存在していたと言われる神殿を復元したものだが、どこまで昔の神殿に近いのかはよく分からない。

 大きな真っ白の柱をいくつも持つそれは、今は神殿の形をした古代ブレンターノ博物館である。この復元都市はかつてブレンターノと呼ばれた場所であり、この都市自体もその名がつけられており、博物館自体の名前ともなっている。このエリアで発掘されたものが多数展示されており、ランカは好きでよく足を運んだ。展示されている古語が刻まれたものを読むのもまた面白いのだ。


「後で行こうか」

 ランカがジッと神殿を見ていたせいか、ファルトがそう声をかけてくる。

「ファルトは博物館も行く人?」

 自身は博物館もとても楽しい人間だが、レモレは当然「退屈すぎて無理」と言ってくる。ランカもここの博物館は楽しめるが、美術館はどうかと聞かれると非常に悩ましい。古代の美術には興味を惹かれるものもあるが、基本的に芸術性に興味はない。

「士官になってからは行けてないが、学生の頃はよく来ていた」

 その答えに無意識に笑顔になる。


 仲間がいた!


「私もよく来てるの」

「展示されているものに書かれている古語が読みたくて古語を調べるようになったんだ」

「そうそう!古語が書かれてるのを見るとテンション上がるんだよね」

 古語はとても美しい。その見た目も音も。その古語を不自由なく操るドミエの魔女にランカが憧れた1つの理由だ。あれを自分も自由に操れたらどれだけ素敵だろう、そう思った。実際にそれを見て仕舞えば、なおさらその思いは強くなった。


「発掘が終わったら博物館にも行こう」

「いいの?」

 頷いたファルトに、ランカは心が躍るのがわかった。今にもスキップでもしそうなぐらい嬉しかった。残念ながら今までランカの好きなものに同調してくれる友人はいなかった。レモレの共感度はゼロだ。よく考えるとレモレと友達になった理由がわからない。

 

「一緒にいられる時間が長い方が嬉しい」

 そんな風にさらりと言われてランカは思わずファルトを見たが、本人も若干照れたような顔をしていた。


 照れてる。可愛いな……。


 自分だけじゃないかもしれないと思うと、少し楽しくなる。


「あれー、ランカ先輩ー!」

 少し離れた場所から大きな声で呼ばれて振り返ると、そこには濃い緑の髪の少年が手を振っていた。見知った顔の少年に、ランカも気軽に応える。

「ジノくん!」

 手を振って返すと、ジノは子犬のように駆け寄ってきた。

「会うの久しぶりですね!」

「ホントだね、一時期よくばったり会ってたのに」

「ランカ」

 頭上から声がして、ランカは「あ」と思い振り返る。思ったより近い場所にいて驚く。


「あのね、こっちはフレーベルの学生のジノくん。今3年目かな?よくここで会うから、話すようになったの」

 ランカが6年目のときの新入生であり、1年間だけ在学期間が同じだが学校で話したことはない。たまたまよくここで何度か会い、話すようになったら同じ学校だったことが判明した。発掘場に若い子がいるのはなかなか珍しいのだ。

「ジノくん、こちらファルト。私のフレーベルの同期だよ」


 最近知ったけどとは言わない。


「あ、覚えてます。一級で卒業され方ですよね」

 優秀な人は後輩にも覚えられているらしい。ジノが興味深そうにファルトを見ている。


 私が覚えてないの相当問題じゃない!?


 内心だらだらと冷や汗をかけつつ、ふと二人を見ると何故か無語で二人とも笑顔だ。するとふいにジノがランカを見て尋ねる。

「ランカ先輩の恋人ですか?」

 眩しいほどの笑顔で聴かれて、ランカは慌てて両手を振って否定する。

「ち、違うよ!そういうのじゃなくて!えっと、ただの友達!」

 全力で否定するとジノの笑顔の輝きが増した気がした。

「そうなんですね!じゃあまた今度お話しましょうね!」

 手を振って走り去っていくジノにランカは軽く手を振る。


「若いなぁー、学生の時ってあんな感じだったかな?」

 首を傾げつつ同意を求めてファルトを振り返ると、明らかにファルトのまわりの空気が重い。まるで真っ黒なオーラにでも包まれたかのような雰囲気にランカは訳がわからず瞬きした。

「ファルト……?」

 やや俯いた様子のファルトに思わず顔を覗きこむと、辛そうな表情と目があった。

「……、すまない。なんでもない」

 明らかになんでもなくない様子だが、切り替えたように「発掘に行こう」と言われてランカは頷く。


 若さに当てられた?


 見当違いなことを考えながらランカはファルトの後について発掘現場へ移動した。



 発掘自体は始終楽しいものだった。あくまでイベントによる発掘なのでとても大掛かりなことをするわけではない。すでに魔法や調査員により遺構は掘り出された後である。発掘も遺構を掘るのはまだまだ人海戦術的なところがあり、なかなか大きな魔法で一気にとはいかない分野である。細かく注意しながら道具で掘ったり、最新の注意を払って調節した魔法で掘っていくか、どちらかだ。少し誤ると遺構を破壊しかねない。だからこそ面白いと携わる人やランカたちのような古いもの好きは言うのだが。


 ここで体験ができるのは、遺構からの遺物を取り出しに関わるところだ。ここに関われるのも実はレベル認定があり、ランカもファルトも発掘の上級認定をされていたため一緒に行うことができる。

 今回は神殿の周りを囲っていた西側の堀が新しく対象だ。


「神殿の堀なんて絶対守り堅いよね」

「だろうな。守りのための遺物か、魔法陣の類いがあると思ってる」

 目つきの変わった二人は完全に発掘モードだ。一緒に参加したはずなのに、ひたすら黙々と遺構に入り遺物の確認をする。実は借りている衣装だととても発掘がしにくいため、汚れないような魔法を常時掛けながら発掘しているのだが、もはやそんなことも気にならないレベルだ。


 しばらく真剣に作業をしていた二人だったが、ファルトの方が「あ」と声を上げる。その声にランカが反応して側に行くと、ランカも声を上げた。

 地面から少しだけ頭を出している濁った青い石が見えた。

「魔力石かしら?」

「それにしては大きそうだ」

「大きいなら蓄力石かしら?それにしては歪な形ね」

 魔石に魔力を込めたものが魔力石であり、大型のものを蓄力石と呼ぶのだが、そのどちらかとも言い難いものが出土した。

「……、もしかして天然の魔力石?」

 ファルトの呟きにランカはハッとしたように石を見た。

「そうかも!」

 今ランカたちの言う魔力石も蓄力石も基本的には人工物である。人が魔石に魔力を入れることで出来上がるものである。しかし、大昔は天然の魔力石が出土したことがあると言われている。長い時間かけて大地の下で魔力が石になったものまたは石に魔力が宿ったものであり、大きいものはかなり希少価値が高い。その石の上は精霊たちの好む場所であり、精霊との対話に向いているとさせる。


 そんな風に二人で話している間に係員が側にやってきてしげしげとその魔石をみていった。気が済んだのか彼が魔石から目を離すと、魔法道具の拡声器でその場の全員へイベントの中止を伝えだした。


「微小ですが魔力を含む魔石が発掘されました。安全が確認できるまでこのエリアの発掘を中止いたします」

 ファルトの見つけたのは濁った青色の魔石だが、大きさが大きいだけに少量とはいえ、この堀に施された何が発動しないとも限らない。そして、一個あると言うことは、おそらく一個ではない。


 周囲にいるイベント参加者も慣れたもので、がっかりはしつつも諦めたように発掘中止を受け入れていた。それについてはランカもファルトも同様である。過去も同様に中止になったことがあるため、仕方ないという理解だ。

「発見して頂いたお二人には、魔石を展示する際にはご連絡致します」

 係員はそう言って移動を促した。

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