友達或いはその先

第23話

 最初は多少気まずかった二人も、好きなものが同じだと言うこともあり、案外あっさりと友人らしい友人になっていった。魔法道具や古語についてお互いよく知っているため、よくその話で盛り上がった。

 普段は基本的に通信機で連絡を取り合う。しかも、ファルトはかなり真面目でいつも同じ時間にかけてくる。


 あの通信機の登録をお互いにした日から、だいたい夜の8時にファルトは掛けてくる。しかも、毎日。


「そんなに話すこと、なくない?」

 そんな風にランカが言うと通信機の向こうのファルトが少し寂しそうな顔をするため、ランカは結局そのまま受け入れた。


 すでに絆されてない?


 そんな風に思いつつも、まずは友人からと言った自分もいるため「友達、友達、レモレと一緒」と頭の中で繰り返す。


 そして今日も当然のように時間通りに通信機が音を鳴らす。ファルトからかかってくるときは、レモレとは音を変えたため、すぐにわかる。最初は出る時も緊張していたが、ニ週間もすると慣れた。


 ファルトは、まめだ。


 通信機に手を触れるとファルトが居たのだが、どこかいつもと様子が違うのが気になった。

「どうしたの?なんだか、顔色が良くないみたい」

 通信機を通してもわかるその顔色の悪さに、ランカは通信機に歩み寄る。思わず映る顔に手を伸ばすが、当然触れられるわけではない。


「少し仕事が立て込んでいて、疲れているだけだ」

「それなら掛けてくれなくていいから、休んだらいいのに」

 もうファルトは義務のようにかけているのではないかと思う。毎日同じ時間に忘れることなくかけてくる。

「俺が掛けたいんだ」


 ファルトは友人になってからは、ランカの前での一人称も完全に「俺」に変わった。最初は違和感もあったが、やっぱりそれもだんだんと慣れてくる。これが士官としてではないファルトなのだろうと思う。


「そんなに大変なの?」

 だいたい二人はじっと通信機の前にいるわけではない。それぞれやりたいことをしながらと言うのが多いのだが、ファルトは珍しくじっと通信機の前にいる。

「少し変わった仕事を受けてて、それがあまり向いてないんだ」

「ファルトに向かない仕事とかあるんだ。なんでもそつなくこなしそうなのに」

「苦手なことはある」

 そう言ったファルトは珍しく大きくため息をついた。よほど疲れているのだろう。

「やっぱり早く休んだ方がいいんじゃない?」

 心配になりそう言うとファルトが苦笑する。

「じゃあ、一つだけ。今度の休みは空いてるか?古代復元都市のイベントによかったら一緒に行かないか?」

 唐突な誘いに驚いてランカは瞬きをしたが、思わず笑ってしまった。

「元々一人で行くつもりだったから、いいよ。一緒に行こう」


 古代復元都市とはここから西に少し言った場所にあることろで、大昔のこの国の都市を再現して作られた都市である。その都市を歩くときは、その時代の服装に合わせて着替えないと行けないなと、制限が掛かっているおもしろい都市だ。

 当然古い物が大好きなランカは何度もそこを訪れたことがある。

 基本的には観光都市であり、様々なイベントが開催されており、興味のあるイベントが開催されるとランカは一人で参加することもよくあった。


 ランカの言葉を聞くとホッとした表情をしてファルトが笑う。いつもの笑みなのだが、やはり疲れた顔がとても気になる。

「やっぱり休んだ方が良いと思う。早く寝て」

「そうだな、すまない。また連絡する」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 ぷつっと通信機が途切れる。いつもより短い通信時間に少し寂しさを感じる。すると間を置かずに別の音が通信機からよく知っている音が鳴り始めた。


 すぐに応答するために手をかざすと、映像が映る。わかっていたが友人のレモレだ。

「この時間通信機が空いてるの珍しいな」

 にやにやと笑いながら言ってくるレモレは、いつもならファルトと通信機を利用していることを知っている。

「なんか疲れてるみたいで、早めに切って貰ったの」

 揶揄われているのを理解し怒ったように返すと、レモレが「ふうん?」と興味なさそうな返事が返ってきた。

「何か進展はないのか?」

「進展って?」

 ランカはお茶を入れるためにお茶っ葉やマグカップを準備し、お湯を入れるために古い金属製のやかんから注ぐ。

「友人から恋人になってないのか?」

 お湯がマグカップから溢れ出した。

「な、まだ1ヶ月も経ってないけど?!」

 慌てて近くにあったタオルで拭くが、顔が熱くなる。レモレは相変わらず冷たそうなにかを飲んでいる。

「時間なんて関係ないだろ?デートはしてないのか?」

「でーと」

 壊れたように復唱したランカにレモレがが笑う。

「ファルト氏はまだデートに誘う勇気はないのか」 


 ランカはふと先ほどのファルトとの会話を思い出す。「今度の休みは空いてるか?古代復元都市のイベントによかったら一緒に行かないか?」そう言われて元々行くつもりだったため、軽く了承したがもしかして、もしかするのか?!そう思い勢いよくレモレを見ると、画面の向こうのレモレは非常に楽しそうな顔をしていた。


「で、出かける約束は、でーと?」

 強張った顔で聞き返したランカがレモレが声を出して笑う。

「そりゃそうだろ!ファルト氏やるじゃないか」

「でーと」

 もう一度繰り返したランカは青ざめる。なんせランカの人生のなかで男性とデートなどしたことがない。

「え、デートって何したらいいの!?」

「は?」

 ランカの謎の質問にレモレが間抜けな声を返す。不安になったランカが通信機の画面に詰め寄る。

「だって、デートって!そんなのしたことない!」

 そう言ったランカにレモレが冷静に返す。

「大丈夫だ。ファルト氏もレベルはランカと同じだろう」

「そう言う問題じゃない!」

「じゃあ、とりあえず可愛い格好していくことを薦める」

「……、どうせ古代復元都市では着替えないきゃいけないのに?」

「待ち合わせするんだろ?」

「……、まだ何も決まってない」

「ふーん、じゃあ明日また掛かってくるんだろうな」


 まぁ、いつも通りなら必ずかかってくるはずだ。でも。


「デートなの?」

「まだそこから疑ってるのか?ファルト氏はランカに気があるんだぞ。そりゃデートだろ」

「でも友達からって」

「友達でもデートに誘うと思うぞ」

「で、でも!」

「ランカは何が嫌なんだ?そんな変な場所なのか?」

「変、じゃない。むしろ、好きな場所」

 むしろ一人で行く予定だったぐらいだ。まったく問題ない。ただ。

「どうしていいか、わかんない」

 ランカの素直な言葉にレモンは穏やかに笑った。

「楽しめばいいだけさ。ファルト氏もそれ以上考えてないだろう」

「そう、かな」

「そうだろ」

 レモレは同じ歳なのにいつもどこか自分より大人だなと思う。さっぱりとした性格でしつこくないところがランカは好きだった。

「ファルト氏は別に急激な変化を望んじゃいないだろ。自分のことを知って欲しいと言っていたぐらいだ。そんな構えることもないさ」

 レモレの言葉にそうかもと思いランカは頷いた。


「でも、デートって言われたら急に緊張してきた……!」

 ランカが頬を抑えて絶叫のポーズを取るとレモレが面白そうに笑う。なんせ経験のないことだ。自分の知っているデートとは、キラキラした男女が仲良くしているあれだ。自分に置き換えて想像するのはちょっと、いや、かなり難しい。

「なんだ、ランカも十分ファルト氏を意識してるじゃないか」

 そう言われて言葉が出なくなった。


 友人であると自分に言い聞かせているあたりでちょっと自分でも矛盾があるとは思っていた。でもファルトのことを異性として好きかと言われると、まだ正直よく分からなかった。


「まぁ、いいさ、簡単にランカがファルト氏に落とされても寂しいしな」

 男っぽくニッと笑うレモレはかっこいい。

「あぁーまた海上都市行きたいなー」

「暇ができたらいつでもくればいいさ」

 それからはしばし他愛ない話をしてレモレとの会話を楽しんだ。

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