第22話
「ファルト、いい加減にしろ」
溜息と共に声をかけられてファルトは顔をあげた。そこにいたのは呆れ顔のヴィザだった。相変わらずの真っ赤な髪が鮮やかだ。
今はグループ内のミーティングだったはずだが、気づけば椅子に座っているのはファルトだけだった。
ここの所この状態が続いているのはファルトも自覚があった。仕事も前の5分の1ほどの進捗具合でかなり、まずい。
反応の薄いファルトにヴィザはもう一度だけため息をつくと、隣の椅子に座った。
「お前、今日休暇な」
「え」
思ってもいなかったことを言われてファルトは驚きに目を見開く。
「もう休暇届は出してあるから、今日は休め。と言うか全てを解決してこい」
そう言われてもファルトはピンとこない。一体何を解決してくるというのか。理解し難いという表情をしたのがわかったのか、ヴィザがさらに呆れ顔だ。
「お前、自分が一体何に悩んでるのかも理解してないのか?」
そう聞かれてファルトは首を横に振った。自分がずっと考えている何かは流石にわかる。
ランカのことだった。
契約内の仕事が終わり、十日間の一緒に過ごす日々がなくなった。その瞬間また、ランカとの繋がりがぷつりと切れたのを感じた。
「わかってるなら行ってこい」
ヴィザはいつしかと同じように出口を指す。
「ドミエの魔女殿と仕事してるお前はなかなか面白かったよ。全ての男性士官を牽制してるし、彼女を見つめるお前はびっくりするほど穏やかな顔してた」
牽制については認めざるを得ないが、ランカをそんなふうに見つめていた自覚はなく、ファルトは目を逸らすしかない。
「……、行ってもどうにもならないです」
「はぁー?!行かないことにはどうにもならないだろ!どうせ好きだとも言ってないんだろ!?」
「え、いや、好きというか」
「は?まさかそっからなのか?オレお前の頭の良さは認めてたつもりだが認識を改めるぞ!」
そこが認められていたこと自体が驚きだ。
「どう考えても好きだろ!仕事は終わったんだ。新しい関係なんか自分で作れ!まずは自分の気持ちを伝えない限り男女関係なんか一生進まない!」
ヴィザの言葉がファルトのもやもやしていた頭のなかの霧を晴らしてくれた気がする。仕事上の関係が残ればと思っていたが、そうではないのだ。
「そう、ですね」
ファルトは自分がどうしたいのかようやく理解した気がした。仕事で繋がりを持っていたいわけじゃないく、もっと個人的な理由でランカと共に過ごす時間が欲しいのだ。
ようやく息を吹き返したような表情をするファルトにヴィザが先程までとは違う溜息をつく。
「まぁ、フラれたときには慰めてやるよ」
当然その可能性だってある。その言葉にファルトが一瞬怯んだが、ここでその心配をしたところで意味がない。
「それかまずは友達からってのもありだと思うけど。時間かけてでも振り向かせたいならさ。まぁ。それは好きにしたらいい」
ファルトはランカのことを知っていたが、逆はそうではない。ランカにとっては仕事上の関係以外何ものでもない。
「深く考えなくても、臨機応変に対応しろ。どっちが彼女が返事しやすいかだ。頭を使え」
トントンと人差し指でヴィザがこめかみを軽く叩く。
「そう言うの得意だろ?」
少し人の悪い笑みをするヴィザにファルトもつられて少し笑った。
「そうですね」
「ほら、行ってこい」
もう一度言われてファルトは頷いた。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「そこは礼を言う所だろ」
そう言ったヴィザがコートのポケットから取り出した何かをファルトに投げた。なんとかそれを掴み取ると、手の中に掴んだのは転移石だった。
「私物だから遠慮なく使え」
そう言ってヴィザがニッと笑う。敵わない先輩だなと思いながらファルトは頭を下げた。
「……、ありがとうございます。行ってきます」
ヴィザからもらった転移石を利用して、ファルトは<魔女の森>に移動した。当然ながら一瞬で着くため、何も考える余裕はなかった。しかし、ふと自分が士官のコートを着ていることに気づく。
これを着ていると仕事の依頼だと思われそうだと思い、コートを脱いでブレスレットの石の空間にしまい込む。
前回同様森の西側から中へと進んでいく。早る気持ちを抑えるように、ファルトは歩いたが予想以上にあっさりと大きな木と一体化した家についた。
玄関扉の前に立ち、ファルトは大きく深呼吸する。心を落ち着けたいと思ったが、落ち着けるのは無理そうだと言う結論に至り、諦めてノックをした。
すると少しして扉が開く。以前のように待たされるかと思っていたのだが、ずっと早いタイミングだで扉が開いた。
開いた扉の向こうには驚いた顔をしたランカだった。それは当然だろう、もう仕事は終わったのだから、来るはずのない人物なのだから。
「すまない。迷惑だとは思ったんだが」
「な、にを」
ハッとしたようにランカは唐突に被っていた帽子を取ると、まるでファルトを拒否するかのように帽子を顔の前にやる。
顔も見たくないほど嫌われてるのか。
正直傷ついていないとは言えないし、むしろかなり傷つくが、ファルトはなんとか口を開く。
「ランカ、もっと君と話がしたい。仕事が終わって繋がりがなくなってしまうのが、いやなんだ。仕事をしていても、君のことが気になって仕方ない。……、俺に仕事以外で一緒にいる機会をもらえないか」
なんかもっといい言葉がないものかと我ながら思うが、正直に言葉にすることを選んだ。当然拒否される可能性があるのだから、ファルトとしてはこれ以上なんと言っていいかわからない。しかし、ランカは帽子を前にしたまま黙っている。表情から読み取ることもできず、どうすべきか考えていると、家の奥の方から別の声が聞こえる。
「おーい、ファルト氏。その言葉は、告白なのか、まずは友人からってやつかどっちなんだ」
聞き覚えのある声だった。魔法学校でランカとよく一緒におり、フレーベルでは珍しい海上都市の出身者だ。
レモレが来てるのか?いや、通信機か。
声の感じからそう判断しつつ、ファルトは素直に答える。どうせならこちらの味方について欲しい。
「俺はもちろん気持ちがあってここに来たが」
目の前のランカの体がびくりと反応した気がした。相変わらず帽子は外してくれないが、すぐに扉を閉められなかったという事実を勝手に前向きに捉えることにする。
畳み掛けるしかないと判断してファルトは言葉を続けた。
「ランカは、俺のこともよく知らないだろうから、友人としてでも会って欲しい。少しでも俺のことを知ってほしい」
この状態で恋人を望むのは流石に無理だと友人としての繋がりでもいいことを伝える。すると、楽しそうな声がやはり奥から響く。
「ランカ、どうする?」
それでも何も言わないランカにファルトは内心焦り出す。しかしそんなファルトに強力な味方が現れる。
「私は、ファルト氏は悪くないと思うぞ。二人は、好きなものよく似てるだろ?ついでに、私が想像するに二人とも恋愛経験ゼロだ」
何故そんな想像をされるのか意味がわからないが、合っているのでファルトは黙っている。こんな風に女性を追いかけていること自体が初めてだった。
レモレの言葉に反応したのはランカの方だ。
「ちょっと勝手に言わないでよ!」
離れた部屋の通信機に文句を言っているのは、なんだか見ていて可愛い。
「ランカも魔法学校にいる間は、もうドミエの魔女になることしか頭になかったからな。多分ファルト氏もどうせ魔法と勉学以外には興味なかっただろう」
ファルトは思わず視線を逸らした。図星だ。魔法学校にいる時にはとにかく知りたいことがたくさんあったため、それを調べたりすることにほとんどの時間を割いていた。
ランカも変わらないのか。
「まぁ、無理に付き合えとは言わないさ。まずはお友達から始めてみてもいいんじゃないか?」
穏やかなレモレの言葉に、それでもランカは何も答えない。
仕事をしている間、ランカと話をするのはとても楽しかった。魔法道具や魔法道具師の話が深くはなせる古語が通じるのもファルトにとってはとても珍しく心踊る時間だった。
そして、ランカの魔法陣を読み解く姿は、三年前と変わらず綺麗だった。
これで終わってしまうのは辛いな……。
少しだけ帽子をズラして顔を出したランカは、真っ赤な顔をして目が潤んでいる。そんな顔をさせたいわけじゃないのにと気持ちは焦る。
「本当に、すまない。はっきり断ってくれれば諦められ」
そこまで言葉にしたファルトにランカは遮るように喋りだした。
「友人からで!」
意を決したランカの言葉は、思ったより大きな声だった。
「私も、……もう少し話をしてみたかったから!」
消え去りそうな声でそう言ったランカの言葉に、ファルトは驚きに目を見開いたが、これからも会えるのだと思うと嬉しく、自然と笑みが溢れた。
「ファルト氏、言質取ったんだから、ちゃっちゃと通信機の登録だけしておかないとダメだぞ。ランカみたいに毎日暇人じゃないんだろ?連絡取れなくなるぞ」
奥からレモレの笑い声入りのアドバイスに、ファルトはハッとしてランカを見た。たしかに通信機の登録をさせてもらわなければ、ろくに連絡を取ることができない。しかもここと王都はそれなりに距離がある。
ランカは諦めたように帽子を掴んでいる手を下ろした。少し顔は赤いままだが、拗ねたような顔をしている。
「私だって別に毎日暇してる訳じゃないけど」
通信機のレモレに文句を言っているがすぐにレモレが言葉を返す。
「大体そこにいるだろ」
「いるけどさ」
帽子を被り直したランカは玄関の扉もう少しだけ広く開いてくれる。
「どうぞ。お仕事はお休み?」
「……、あまりに俺がぼんやりしてるから休暇を取らされて」
ランカはそんなファルトの答えにクスリと笑う。
「じゃあ、通信機登録のついでに、お茶でも飲んで行って。二人きりじゃなくてレモレもいるけど」
ランカの誘いにファルトはホッしながら玄関扉を潜った。
テーブルに置いてあった通信機の中のレモレが招かれたファルトを見てニヤリと笑う。
「ところで、ファルト氏は見たんだろう?ランカの胸」
直球かつ核心を持って言い切ったレモレの言葉にファルトは初めてここにきた時のことを思い出して咽せた。顔が熱くなる。
楽しそうなレモレの笑い声と「レモレのバカー!!」と真っ赤になって叫ぶランカの声が、静かなはずの森の中に響いた。
(士官視点・終)
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