第21話


 王宮に戻ると今度は士官長の執務室へ再び走る。転送石の回収をする必要があるのだ。先程来た士官長の部屋を再び訪ねる。すぐに返事があり、ファルトは中に入った。


 先程設置した場所に装置と転送石のセットが落ちている。転送石のセットを拾い上げ、部屋を出ようとしたところで、士官長から声をかけられる。

「状況と報告書にあった装置の概要を説明していってくれないか」


 早く図書室に戻りたい時に限って……。


 そんな表情が出たのか、紫の瞳が冷たく微笑んでいるのを感じたファルトは諦めるしかない。あの時の攻撃を受けた時の状況と装置について、予測している機構と回路について説明を始めた。


 士官長が納得するまで質問に答えたり、推測したことを説明している間に日は随分と下まで降りてきていた。予定ではもう少し早く戻れるはずだったのに。そんなことを思いながらファルトはまた図書室までの道を走った。

 

 息が上がるのを感じながら図書室の扉を開くと、変わらない場所にランカの姿が見えた。黙々と報告書の作成を続けているのか、ファルトが戻ってきたことには気づかない。先にランカの前に座っていたヴィザと目が合う。楽しそうな視線をこちらに目を向けられ、なんともいえない気分になった。

 ランカの側まで行くとようやく彼女はファルトに気づいたようだった。

「おかえり」

 穏やかな笑顔で迎えられドキリとする。

「……ただいま」


「急ぎすぎだろ」

 おかしそうに笑いながらヴィザは席を立った。

「誰も取ったりしない」

 そう言ってファルトの肩を叩くと、手を振って図書室から出ていく。想定より長い時間になってしまってかなり申し訳ないが、ずっとそこに居てくれたことに感謝する。


 やっぱり今度何か要求されそうな気がする。

 嫌な予感がしつつもそれについては諦めるしかない。


「もう装置持って帰ってきたの?」

「あぁ、転送石使わせてもらったから。困ったとこはなかったか?」

「ないわ。それに報告書もずいぶん進んだから、明日には終わるんじゃないかな?」

「そうか……」

 終わりが見えてきた彼女との仕事にファルトの内心は複雑だ。


「あともう少しだけ進めたいんだけど」

「あぁ、構わない」

 ランカの言葉に、ファルトは元の椅子に座り、置き去りにしていった自分の担当する報告書に目を落とす。すると紙の端っこに小さく何書かれていることに気がついた。


『周りを牽制してるだけじゃ意味ないぞ』


 舌を出したような顔の絵まで書かれており、思わずファルトは報告書を握りつぶした。グシャっとした音にランカが驚いたように顔を上げる。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと書き直そうと思って」

 全く紙をぐしゃぐしゃにする理由にならないなと思いつつ、ファルトは丸めた報告書はゴミ箱に捨て、新しい用紙に書き直し始めた。

 書いた人が誰かなんて考えるまでもない。赤髪の先輩以外あり得ない。ただ苛立ちと不安が募る。



「明日で終わりね」

 いつも通り夕食を<金の雀>で取った帰り道、ランカが何気なくそういった。

 その言葉に、今まで以上に焦りを感じてファルトは思わず足を止めた。つられたようにランカも立ち止まる。

「どうしたの?」

「ランカは」

 何かを言いかけて、ファルトは口を開いたが、伝えたいことを上手く言葉にすることができず結局口を閉じる。この仕事の間だけでも一緒に過ごせたら何か変わるんじゃないかと思ったが、それはあまりにも甘い考えだったと身に染みて感じる。このままでは1つの仕事が終わる、ただそれだけのことになってしまう。

 それでも何を伝えていいのか分からずファルトは「なんでもない」と首を振った。



 翌日は報告書の確認だけで終わり、午前中のうちには完了し提出するだけとなった。

「私から提出しておく」

 そう言ったファルトは報告書の束を抱えて立ち上がり、ランカもそれに合わせて立ち上がった。


 王宮外の門までランカを見送ったファルトは、何かをランカに伝えたいと思いながらも頭の中はもやもやとしたまま、上手く伝えられる言葉を見つけられずにいた。これで終わりだということを感じてランカを無意識に見つめてしまう。


「何?何か言いたいなら言って」

 そう言ったランカには対してファルトはどう言っていいか分からないまま口を開いた。自分がどうしたいのかまだよくわからないまま。

 

「士官に、ならないか?」

 自分でもなんでそんなことを言ったのか分からなかった。仕事での関係が無くなるのが嫌だと思っているのか、彼女が士官であればもっと一緒にいられると思ったのか。言ったファルトも驚いたが、言われたランカもとても驚いたように見えた。

 しかし、彼女の返事はとてもはっきりしたものだった。

 

「私はドミエの魔女よ。ドミエの魔女は国には属さない」


 魔女は縛られるのを嫌う。自由に生き、自由に住み、自由に仕事し、自由に死ぬ。そういうものだと聞いている。彼女はドミエの魔女になるのを目標にしていたのだから、当然の答えだろう。

「そう、だな」

 聞かなくともわかっていた返事であり、ランカらしい答えだと思った。


 じゃあ、俺はどうしたいんだ?

 

 お互い言葉がでなくなり、会話が途切れる。するとランカの方から口を開いた。

「じゃあ」

 門を出たランカはとても堂々とした足取りで去っていく。ファルトはすぐにその場を離れることができず、ランカの姿が見えなくなるまでその姿を見つめていた。

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