第20話
翌日には魔法陣を無事に読解し終えると、二人は王宮の図書室を訪れた。報告書の作成を図書室で行うことをファルトが提案したのだ。
当然ながら初めて入るランカは珍しそうに天井を眺めていた。
「想像してたより、大きい」
「魔法都市の図書館より数は少ないが、古く希少な本は意外とここにあったりする」
ファルトの言葉にランカは別の疑問を口にした。
「貴方もやっぱり魔法学校はフレーベルなの?」
フレーベルとは魔法都市にある魔法学校の名前で、ファルトも通った学校だ。当然ランカも。
ファルトはランカが同期であることを知っているが、彼女はそれを知らない。それを黙っていることに罪悪感があり、ファルトは曖昧に返事をする。
「……、あぁ」
しかもこっちはずっとランカと話してみたいと思っていたなんて、仕事を私情で選んだのが丸わかりだ。
……とても言えない。
閲覧用のテーブルを利用して二人で報告書を書いていると、ヴィザが現れた。
「お、もう報告書?早いな」
ヴィザは二人の書いているものを覗き込むと楽しそうに笑う。いちいちやめてほしい。そんなことを思っていたらランカは無難に挨拶を返していた。
「こんにちは」
「やぁ、ドミエの魔女殿」
「何か用ですか?」
冷ややかなファルトの言葉にもヴィザは笑顔のままだ。
「別に邪魔しに来たわけじゃないさ。士官長から」
ヴィザが紙を差し出してきたため、ファルトは受け取り、さっと目を通した。思わず眉を寄せてヴィザをみたが、笑顔は変わらない。
紙に書かれていたのはヴィザの言う通り、士官長からの追加の仕事だった。士官長とは、士官たちのグループを取りまとめる仕事をしている。名指しでの追加の仕事のため拒否することはできない。内容もマルメディで見つけた大砲型の例の装置を一機持ってこいと言うような内容だ。どう考えてもファルトが適任だ。
「行って来い」
笑顔で出口をさしたヴィザに、ファルトは大きくため息をついた。訳がわからないという顔をしたランカにファルトは簡単に説明する。
「士官長からこの間の装置を一つ調査用に持ち帰るように指示があって……、今から行ってくる」
ランカはその説明であっさりと納得の表情を見せる。
「いってらっしゃい」
そう言われてしまいファルトは今すぐ行くしかなくなった。何か言い訳でもして時間をずらす事も考えたのだがダメなようだ。たまらずファルトは恨みがましい顔でヴィザを見た。
「ヴィザさん暇なら代わりに座っててください」
ファルトは席を立つと隣に立っていたヴィザに自分の席を勧め、無理やり座らせる。
正直この士官たちの出入りの激しい場所にランカを一人にしていく気にはなれない。一体誰が彼女に話しかけててくるかわからない。分からないが、複数の男性士官たちに話しかけられるだろうことは容易に想像がついた。
そんなファルトの考えなど知らないヴィザが、驚きに声をあげる。
「え!オレも仕事あるけど?!」
「いいから」
まさかそんな巻き込まれ方をすると思っていなかったのだろう、なかなか珍しい表情をしていた。
ファルトはヴィザを座らせると「行ってくる」とランカに向けて言うと、図書室から走るように出た。こうなったらとにかく急ぐしかない。
マルメディに行くために転移部屋まで走る。念のために頭の中で装置の持って帰り方についてシミュレーションをする。
転送石を使うのが早いな。
転送石とは、物を移動させるための魔法道具だ。
転移部屋に行く前に魔法道具の管理をしている部署に寄る。
「転送石を一つ、今すぐ使いたい」
「用途は?」
ファルトはヴィザから受け取った士官長の名前入りの指示書を提示する。それを確認するとすぐに転送石を一セット、貸し出しを許可される。
「返却は?」
「今日中に」
ファルトは受け取ってすぐに士官長の部屋に走った。士官長は現在四人存在する。ファルトの上司はその内の一人である。基本的にはグループへの指示が多いため直接指示を受けることは少ない。
少し慌てたノックをするとすぐに返事が返ってきて、ファルトは躊躇わず扉を開けた。執務机にいるのは、士官長その人だった。ミルクティーのような淡い茶色の髪に、紫色の瞳の男性で、確か三十代前半だったはずだ。
若くして士官長になっていることからもかなり優秀な人だと聞いているが、まだ3年目のファルトにはそんなに話す機会はない。
「第一班のファルトです。大砲型の装置の転送先を設置させていただきたいです」
ファルトの言葉に士官長はゆっくりと微笑む。
「そのあたりに設置してくれて構わないよ」
どうやらこの執務室に直接転送していいらしい。転送石は石が2つでセットであり、送る場所に事前に石を設置しておく必要がある。装置のサイズを考えて邪魔にならない、壁にめり込んだりしない場所を選び設置する。
「では、失礼します」
長居は無用だとばかりにファルトは転送石だけ設置すると士官長の部屋を後にした。
転移部屋まで移動する間にも、ランカに何か起きないか心配にはなるが、ヴィザが横に座ってさえいれば大丈夫だとも思う。あの赤髪の士官は一見適当そうかつ人当たりが良さそうに見えて、意外とそうでもない。士官たちの中では、ヴィザに恐怖を抱く者もいる。ヴィザもまだ30手前のはずだが、すでに次期士官長と言われるほど優秀である。
後輩たちの面倒見がいいこともあり、ファルトはあまりヴィザを怖いと感じたことはない。ただ、まだ本性を知らないだけなのかも知れないとも思う。学生時代から一緒に何度も仕事をしているがその片鱗を見たのは、一回だけだった。
だから恐らくあの場所にヴィザが座っていれば、誰も目の前のランカに話しかけようなどとは思わない。そして、恐らくヴィザはファルトの意図を理解してくれている。
「後からなんか要求されそうだな……」
そう思いながらも背に腹は変えられない。
ファルトはマルメディまでの道を急いだ。
マルメディまでついて仕舞えば、あの地下室への行き方はわかっているためすぐに装置の部屋にたどり着く。実はあの後ファルト一人で一度ここに戻ってきているのだ。全ての蓄力石を回収し、装置のざっくりとしたイメージと構成を報告書にまとめ提出している。
その結果が士官長からのあの指示書なのだろう。
ファルトは装置の一つに転送石を設置すると、転送石に手を触れた。意識的に石に魔力を送り込む。次第に石はファルトの魔力で赤く色付いていく。
最大まで赤くなったところで手を離す。
「転送」
ファルトの言葉を合図に大砲型の装置はファルトの魔力に包まれる。そしてあっという間にその姿が消える。恐らく士官長の部屋にもう転送されたはずだ。ファルトは再び王宮へ急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます