第12話

 <魔女の森>を訪れたのはこれが初めてだった。森の仕組みについて以前本で読んだことあったため、念の為その本はもう一度読んでおいた。森は東西南北の位置で属性が変わるという不思議な場所だった。東が水、西が火、南が地、北が風の属性をもち、それぞれに特化した薬草が生えている。またその土地自体がその属性の力を持つため、相反する属性を持つ魔法士は通ることができない。


 ファルトは赤系統の魔法士である。

 赤系統に入る属性は、地・火・光の3つである。つまり、ファルトが森へ入る場合は、西側または南側から入る必要があると言うことだ。


 森の西側の森から入ることにすると森の中へは問題なく入ることができた。資料によると魔女の家は森の中央付近にあると書かれており、正確な場所まではわからない。


 かなり早い時間に出てきたし、よっぽど迷っても問題ないだろ。



 そんな風に想いながら森を歩いていると、それっぽい建物がすぐに見えてきて拍子抜けする。大きな木に寄り添うように建つのは小さな小屋とも呼べそうな家だった。

 ファルトは思わず大きく息を吸う。唐突に近づいてきた彼女との再会に心が躍らないわけがない。今でも彼女が魔法陣を描く姿を思い出すことができる。それぐらいファルトには印象的だったのだ。



 軽くノックしてみたが、反応がない。まさかの肩透かしで若干焦る。考えてみれば当然不在の場合もあるかもしれなかったが、あまりそれについては考慮できていなかった。


 思わず何度もノックをして、半ば諦めかけたところで、扉がガチャリと開かれた。

 中から顔を出したのは長い銀色の髪に、緑の瞳のまさしく想像していた彼女だった。ただ、その格好を除いては。

 眠そうな表情に、寝巻きと思われる緩いワンピースにグレーのガウンを羽織ってはいるものの、人前に出るにはあまりにも無防備な格好だ。

 しかも彼女が少し首を傾げると、胸元に垂れていた長い銀色の髪が外側に動いた。と同時に、彼女の寝巻きの大きく開た胸元がのぞき、その向こうの側の柔らかな素肌の膨らみが見え、思わず目を逸らす。おそらく本人は気づいていない。


「……、王宮士官が一体何の用?」


 そう言われたが正直内心はそれどころじゃなかった。必死に冷静を装い、視線を逸らしたままなんとか言葉を発する。

「待つから着替えてくれ」

 ついでに耐えきれそうになかったため、彼女が開いた扉を自ら閉めた。失礼だったかもしれないとは思ったが、他に方法を思いつかなかった。



 出来るだけ離れたい気分になり、近くの木まで移動した。自分の心を落ち着けるためにも重要だと思い、別の仕事の残っている案件のことなどを必死に思い出していた。


 ファルトの気持ちもようやく落ち着いたころ、ランカがドミエの魔女らしい格好で再度扉を開けた。

黒の長いワンピースに、くにゃりと曲がった帽子が昔からの魔女の姿でもある。

 しっかりメイクもしたのか、先ほど見た時より大人っぽく、赤い唇に視線が行く。

 それなりに長い時間経った気もするが、ファルト自身のためにもちょうど良かった気がして胸を撫で下ろす。


「どうぞ」


 招き入れたれた家の中は、外から見るよりもずっと広くなっていた。おそらくそう言う空間魔法がかけられているのだろう。とても興味深いものがいくつもあり、ファルトはなるべく見ないようにするのに必死だった。



 テーブルに着くことを勧められて、ファルトは座る。てっきり一人暮らしなのかと思ったが、四人掛けのテーブルで思わず勘繰ってしまう。


 いや、仕事しに来たんだろ。


 出されたお茶を口にしたところでようやく一息つけた気がした。

「私は、王宮士官のファルト」

 名乗って見たが特に反応がなさそうなので自分のことは知らなさそうだと予測する。同期だからと言って必ずしも覚えているものでもない。自分とて彼女と直接話した覚えはない。


 仕事の話をするためにガラス製の半球型の魔法道具を出したところで、彼女が熱心にそれを見つめているのに気がついた。

 画像を投影して見せると、すぐに感想が漏れる。

「このタイプ初めて見た」


 映像を移す枠が四角がきっちりと出るタイプのもので、この道具は王宮からの支給品ではなくファルトの私物だ。仕事での使用許可を得て使っている。

 この魔法道具はファルトのお気に入りでもあった。

 

「これはスフリエ氏の製作だ」

 ファルトの答えにランカはますます興味深そうに道具を眺めている。魔法道具は同じ機能を持ったものでも、製作者によってその形、仕様は異なる。

 スフリエと言う名の魔法道具師も有名な魔法道具師の一人だが、その名を疑問に思わないだけでも、魔法道具にも詳しいのだと思う。

 じっくりと見ている彼女に解説をしたい気分になったが、流石に仕事で来ているのだと思い直す。少しだけ彼女の視界に入るように移動して声をかける。


「本題に移っていいか?」

「あ、どうぞ」


 幻影都市マルメディの話をし、魔法陣の読解と言う依頼をするために、一部の魔法陣を表示させると、ランカは食い入るようにそれを見ていた。


「……、この映像だけじゃ足りない」

 首を横に振ったランカにファルトもそうだろうなと思う。

「この魔法陣以外にも複数の巨大な魔法陣がマルメディにはある。その魔法陣の内容の解明と、可能であれば撤去の協力を依頼したい」

 ファルトは自身の左手首にしていたブレスレットの赤い石から一枚の紙を取り出す。ファルトがブレスレットに手をかけた時もランカはじっとそれを眺めていた。もしかしたら知っている意匠なのかもしれないと思いつつ、話を進める。


 魔法制御のブレスレットやアクセサリーは魔力量の多い魔法士であれば誰でも身につけている。ランカも一見何も身につけていなように見えるがおそらくどこかに身につけているのだろうと思う。スフリエという名に疑問を抱かないようであれば、ファルトのしているブレスレットが誰の製作したものかもしかしたら知っているのかもしれない。


 契約について話をするとランカはあっさりとそれを承諾した。断られた場合のことも考えていたのだが、その心配はなかったようだ。


「マルメディへ行く間は王宮に部屋を準備する。すでに準備は整っているが、いつから対応可能だろうか」

「準備があるので、明後日に王宮に行くわ」

「迎えは」

「いらない」

「承知した」

 

 これ以上話を引き延ばすこともできそうになく、ファルトは仕方なく立ち上がる。すると足元で何かが大きく動くのを感じて思わず飛び退いた。それが何かすぐにわからず、ファルトはテーブルの下に目を凝らす。


 そこには銀色ののっそりとした大きな生物がいた。光沢のある硬い鱗のついた長い胴体に4本の足、それに長い尻尾があるそれを少し観察していると、ランカがひょいと持ち上げた。


「安心して。ただの銀色のトカゲよ」

 ギョロリとした大きな金色の目と目があった気がした。強く警告をされている気がして思わず一歩後ろに下がる。別に爬虫類が苦手なわけではなかったが、あまり近寄りたくはなく、差し向けてきたランカにも「それ以上は結構だ」と断った。


 あのトカゲ何かで見たことがあるような気もする。


 何で見たんだったか思い出そうと頭を巡らせていたが、結局玄関についても思い出す事はなかった。

「では、明後日に王宮で」

「えぇ」

 パタンと玄関が閉まる音がして、ファルトはまた来た道を戻った。規則正しい速度で歩きながら、森の外に出てからようやく足を止める。


 ファルトは思わず、大きく息を吐いた。

 

 これまでこんなに緊張したことがあっただろうか?そんな風に思うほど、神経を尖らせていた。何かミスをしないか不安に思いながら対応したのはこれが初めてだったかもしれない。


「明後日からちゃんと仕事できるのか?」

 自分に向けた疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。

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