再会(士官視点)

第11話

 気になったのは、魔法学校の訓練場で見かけてからだった。

 

 本当ならもう少し簡単に作成することができる大精霊を呼ぶための魔法陣を、あえて全て古語で描いている人を初めて見た。

 銀色の長い髪に緑の瞳の女子生徒の存在は知っていた。最初の頃は同じ等級で授業を受けていた同期だ。同期も四十名弱しかいないのだから全員の名前と容姿は覚えている。


 古語は人が魔法を使い始めた頃の言語で、今の公用語とは異なる言語だ。その言語を使えるのは、今はごく一部の人に限られている。ファルト自身も魔法との深い関連のある古語は、自分なりに調べて学んでいた。

 古語は魔法との結びつきが強いためなのか、形も音もその見た目もとても魅力的だった。魔法は精霊に力を借りることで初め成立する。精霊は美しいものが好きであり、古語はその力を借りるのに最も適した言語とも言われている。


 しばらく様子を眺めていると召喚のための詠唱も古語を使うようだった。その声が聴きたくなり、遠くの音が聞こえるようにこっそり魔法を使うと、綺麗な発音が聞こえてくる。しかし、歌うように詠唱をする声は、途中「あっ」と言って止まった。


「発音を一個間違えたな」

 思わずそう呟いてしまう。


 いつまでも聴いていたくなるようなその詠唱が止まったことを残念に思いながら、ファルトはその場を後にした。彼女がつけていた腕輪は2級の等級を示しており、召喚しようとしていたのが、闇の大精霊だったことからも1級の試験の練習だということがわかる。

 あの様子であればすぐに受かるだろうと感じた上、同じ1級魔法士になれば話す機会もあるだろうと思った。


 予想外だったのは、彼女がなかなか1級に合格しなかったことと、自分が学生士官になったことだった。


 魔法学校で1級魔法士になったものは、ほぼ自動的に王宮士官に配属される。士官なれば一生生活には困らないし、それを狙う学生も多い。しかし実際はそんな簡単に1級魔法士になれるほど甘くない。

 魔法学校に在籍中に早い段階で1級に合格すると王宮から声がかかる。簡単にいうと、学生の間から士官として働かないかと誘われるのだ。1級に合格してしまうと、正直学校での授業もほぼなく、時間を持て余す。学生士官とし働けば給料も発生するため、無駄な時間を過ごす必要はない。

 そのためファルトは学生士官を志望した。


 しかしこれが間違いだったとも言える。



「いや、当たった先輩の運がなかったのか」

 呟いたファルトに隣に座っていたヴィザが首を傾げた。

「仕事の先輩運はいいだろ」

「どこがですか」

 赤い髪に赤い瞳の士官は、ファルトを見るとニッと笑う。ファルトが学生士官になった時に指導官としてついたのがヴィザだった。ヴィザは久しぶりの学生士官だと面白がってファルトをところ構わず連れ回した。本来ファルトがいかなくてもいい仕事も同行させられたため、最後半年ほどは学校にいた時間がかなり短かった。

 当然古語の得意な彼女に会うこともなかった。



 しかし、卒業間近になって1級魔法士が増えたと教師から聞いた。それがあの彼女であることもわかり、それを聞いて正直ホッとした。

 

 仕事で会うこともありそうだ。

 そう思っていたのに、春になり蓋を開けてみればフレーベルから士官になったは自分だけだった。


 1級魔法士になって王宮士官にならないなど聞いたことがない。誰もがなりたがるものなのに、まさかならないとは思わなかった。

「どうしたんだそんなくらい顔して。ようやく正式な士官になったのに」

 どんよりとした様子のファルトを見て声をかけてきたのはヴィザだった。

「……、1級魔法士になって士官にならないこともあるんですか」

「そりゃあるだろ。逆に自分のやりたいことがはっきりしているやつほど士官にならないだろ。昔の有名な魔法道具師や薬師だってみんな1級魔法士だぞ」


 そう言われればそうだ。彼らは卒業後士官になってなどいない。

 自分の浅はかな考えにさらに気分が沈んだ。

 

 しかし士官の仕事はそんなにぼんやりとしていられるほど優しいものでもなかった。王都ないの近傍だけでなく、国の各地への出張はもある。学生の頃から士官をしていたとはいえ、慣れるまでにはそれなり時間がかかった。



 そんな風に時間が過ぎていく中で忘れかけていた頃に、突然思い出す機会があった。それは、士官内で仕事の振り分けをするミーティングでのことだった。

 バサリと置かれた資料の1枚にポートレート付きのものがあった。真っ黒な服に真っ黒のくにゃりと曲がったとんがり帽子を被った女性。銀色の長い髪に緑色の瞳の女性は、まさにあの時の彼女だった。

 思わず手に取ってしまうと、他の士官たちに一斉に目を向けられる。


「ファルトが珍しいじゃないか〜」

 当然最初に口を開いたのはヴィザだった。その他の先輩士官たちも面白そうにファルトとヴィザの様子を見ている。士官は1グループ5・6人で構成されており、このグループは全員男性士官のグループだ。

「いっつも仕事は残ったものでいいって言ってるのに、女の子のポートレート付きを選ぶんだなー」

「違います。ちょっと気になっただけで」

「じゃあ、それ他のやつに回すぞ」

「いや、それは、ちょっと」

 ファルトの言葉にヴィザがお腹を抱えて笑っている。殴りたい気分になったが相手は先輩だ。


「いや、ファルトが健全な男子であることわかってよかったよ。それはお前に任せよう」

 案外あっさり引いたヴィザは、その他の仕事を他のメンバーに振っていく。

 自分が引き受けていいことが決まったら他の仕事には興味が出ず、ファルトはポートレートの下の仕事内容と、彼女について書かれているところを読んだ。仕事とはいえこんな形で今の彼女の状況を知ることになり、申し訳なさを感じたものの、仕事だからと心の中で言い訳をして目を通した。



 ドミエの魔女になったのか。



 それは当然しっくりときた。ドミエの魔女とは古いしきたりを重んじる魔女の集団だ。古語をある程度自由に使いこなせている彼女が目指したものとしては、納得ができる気がした。

 だから士官にはならなかったのだと理解した。


 しばらくそれを眺めているとヴィザが声をかけてきた。

「一応説明するぞ。マルメディの地下にいくつか巨大な魔法陣が見つかっている。全部古語で描かれたもので、士官での読解が難しくドミエの魔女に依頼する」

 今や魔法陣を古語で描く方が少ない。なんならできるだけ魔法陣を省略することが多いのだ。読解できる士官は少ない。

「ドミエの魔女で唯一場所はっきりしているのが、そのポートレートに載ってる子な」


 ドミエの魔女は集団でありながら集団で存在するわけではない。個々で好きな場所で好きなように暮らす。それが昔からの魔女の形でもある。そのためドミエの魔女である彼女たちの居場所ははっきりしないところがある。


「ドミエの魔女が昔から管理している場所、<魔女の森>聞いたことあるだろ?」

 ヴィザの言葉にファルトは小さく頷いた。王都から南東の方角にある広大な森だ。特殊な場所であり、入るためにはその森への入り方を知っていないととんでもない目に遭うという。

「誰か一人は必ずその森を管理することになっているみたいで、今はその子が管理しているらしい。若いし美人だよな」

 ヴィザの余計な一言に思わず視線を向けると、落ち着けとジェスチャーされる。

「そんな睨むな」

「睨んでません」

「鏡見て来い」

 そこまで言われると黙るしかなかった。

「なんでお前が珍しく自分から取りに行ったのかわかんないけど、ま、ちゃんとやってくれさえすればオレは文句はないよ」

 ファルトの頭をくしゃくしゃっと撫でるとヴィザはその場を去っていった。

「いつまでも学生扱いだな」


 適当に髪を直しながらも目は資料に落ちたままだ。

 頭の隅に追いやり半ば諦めかけていた気持ちがじわりじわりと滲み出すのを感じた。


「……、他の仕事をできる限り終わらせよう」

 可能な限り余裕な状態で彼女に関われる仕事にしよう、そう決意したのだった。

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