第7話

 結局王宮内の医務室で、回復専門の士官に足を見てもらった。ファルトが何か交渉したのか、すぐに見てもらうことができ、少し士官が見ると「あぁ、大したことないね」そう言って、少し詠唱すると瞬時に足の痛みがなくなった。


「次は気をつけて」

 優しい医務員の士官に手を振られてつられて振り返すと、ファルトがなぜか眉を寄せていた。手を振ってはいけなかったのだろうか。


 王宮内の廊下を歩きながら、ファルトが口を開く。

「一度休みを作ってもいいが」

 ランカが怪我をしたことを気にしているらしく、ファルトが心配そうに覗き込んできた。

「ううん、治してもらったし。あと半分だけだから早く終わらせたい」

「次の仕事が決まっているのか?」

 ファルトの質問にランカは首を横に振る。

「そういうわけじゃなく。残り半分を読解した後も報告書書かなきゃいけないでしょ」

「あの録音機の音声は複製できないのか?」

「できるけど?」

「複製してくれれば報告書作成の手伝いができる。どうせ内容理解しないといけないし」

「本当?じゃあ明日までに準備するわ」


 ラッキーと思いながら微笑むと逆に微笑み返された。

 基本的に真面目な顔をしていることが多いファルトの笑みにドキリとする。これだから整った顔の男はなどと思いながら目を逸らす。

「少し中途半端な時間だが、ご飯食べるか?」


 経費だしここはありがたくご馳走になろう。

 そう思い、ランカは頷いた。



 王宮の目の前にあって楽で美味しいため、二人は度々<金の雀>で食べた。

 この日も<金の雀>に行くが、いつもより時間が早いため人は少ない。ガヤガヤとした人の話し声がなく、少し雰囲気が異なる。相変わらず店の端っこの席に陣取る。


 頼んだ料理を食べながらランカは昼間の装置を思い出していた。

「あの装置って、何なんだろう」

 素直な疑問であり、マルメディに対する疑念だった。今は幻影都市と呼ばれる廃墟の都市ではあるが、大昔は大規模な研究都市だったと言われている。

 明らかに人への攻撃が目的のような装置に、恐怖を感じないわけがなかった。


 そんなランカの疑問にファルトも頷く。

「私もあんな装置があると思っていなかった。上には報告するが、目的はまぁ、想像した通りじゃないか」

 

 戦争用途。

 今のラエティア王国は平和そのものである。国の周りの半分ほどは海に面しており、北と東側だけが他国と接している。しかし、他国との争いも現状は全くない。かなり昔まで遡らない限り、戦争の歴史はない。マルメディはその頃の研究都市だ。そういう用途の装置の研究がされていてもおかしくはない。


「ファルトって、ホント、魔法道具とか装置が好きよね」

 そういうと、ファルトが図星だったらしくフォークを動かす手が止まった。

「そっちもだろ」

「まぁね。最初に会った時に、魔法道具の製作者がすぐ出てきたし、私の持ってる魔法道具もとても気にしてるみたいだったし、それにあの危ない装置ですら壊そうとはしなかったでしょ」

 ランカがステーキの肉を刺しながらそういうと、ファルトが少しハッとしたようだった。多分彼は、あの装置を壊そうという考えはなかったはずだ。壊さずに止める方法をすぐに探した。


「……、すまない。そのせいで危険に晒した」

「あ、いやそういうことじゃなくて。私も魔法道具とか装置とか好きで、特にああいう古いものはとても貴重だと思ってるから、壊さない選択をしてくれたことにホッとしてたの」


 ランカ自身も魔法道具がとても好きだったが、自分が古くから生きるドミエの魔女の一員になったことでさらに古きものへの愛着が湧くようになった。あの装置は確かに危険なものではあるが、過去の装置の機構や回路の研究や理解には破壊よりも保存が大事だと思う。

 過去の過ちを繰り返さないためにも。


「そうか」

 ランカの言葉にファルトはホッとしたような笑みを見せる。最近話していると良く笑ってくれるなと思いながら、美味しい肉の味を噛み締めた。



 その後は順調に読解が終わり、報告書の作成を開始した。ファルトに複製した音声の入った録音の魔石を渡すと、とても嬉しそうに受け取られた。


 なんだろう。早く終われそうで嬉しいってこと?

 よくわからなくてファルトを見つめると、何故か無意味に咳払いされた。


「報告書の作成は王宮の図書室でやらないか?」

 借りている部屋でやろうと思っていたが、調べ物があった時に丁度いいかと思い頷く。ついでに王宮の図書室がいかほどなのか気になった。

 ランカが知っている範囲では魔法都市の図書館が最も雰囲気が良い。昔からの図書館の作りを維持している。王宮自体が古くからの建物なのだから、その図書室がどうなっているかは気になるところだ。


 ファルトに着いて歩くと、それほど離れていない場所に図書室があることがわかった。大きな両扉を開くと、天井が高い場所が現れる。天井は半球の部分があり、半分ほどがガラス張りになっていた。そこから空の状態がよく見える。ちなみに今日は晴天なり。

 

 もう半分には絵画が描かれていた。竜と人間の交流を描く絵画だ。今でこそ竜はほぼいないとされているが、少し前には黒い竜がこのラエティア王国にもいたとされている。少しと言っても、百年以上前の話だ。


 最初に天井へ目がいったが、図書室は高い本棚がいくつも壁伝いにあり。一つの隙間もないぐらいの本が並べられている。


「想像してたより、大きい」

 そんな感想を漏らすと、ファルトが応えた。

「魔法都市の図書館より数は少ないが、古く希少な本は意外とここにあったりする」

 ファルトの言葉にランカは別の疑問を口にした。

「貴方もやっぱり魔法学校はフレーベルなの?」


 魔法都市にある魔法学校の名はフレーベルと言う。各都市に存在する魔法学校の中でも最高峰と言われるその学校に通うには試験もあるため、入学するだけでも至難の業だ。ランカもその魔法学校を卒業している。


「……、あぁ」

 珍しく歯切れの悪い回答だったが、ランカはあまり聞かない方がいいのかもしれないと思い、それ以上質問することはやめておいた。

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