第6話

「ごめん、次は保たないかも」

 ランカがそう言うとその声が聞こえたらしいファルトが頷いた。

 ファルトは装置側面から腕を中に突っ込むと、ガシッと何かを掴んで取り出した。その瞬間その装置の起動か完全に停止する。起動音が消え、動きも光も止まった。ファルトが取り出したものが、蓄力石だったのだろう。ファルトがその石をポイっと後ろに放った姿までは見えた。


 すでに他の装置は大きな光を蓄え始めていた。今から装置から蓄力石を取り出すのは流石に間に合わない。ランカは少しでも防御壁が保つように魔力を送り込むほかない。すでに膝をついている状態で、ランカは防御壁へ魔力を送るため両手を地面についた。


 来る!


 装置からエネルギーが放たれる瞬間は眩しく、ランカは思わず目を閉じる。瞼を閉じたのにさらに視界が暗くなると同時に、暖かなものに包まれるのを感じた。

 その瞬間、自分の張っていた防御壁が完全に割れるの衝撃を体に感じて、思わず胸を押さえる。強い衝撃は術者に伝わり、そのまま痛みにつながる。



 防御壁が割れたが、それ以上の衝撃はランカに伝わってくることは無かった。てっきり装置の攻撃が直接当たると思ったのだが、ランカには当たらなかった。

 

「大丈夫か」

 思いの外近いところで声がして、驚きに目を開けるとすぐ目の前にファルトの整った顔が見えた。暖かなものに包まれたと思ったのはどうやら、彼の腕の中にいたらしい。そして体ごとすっぽり彼の着ていたコートの中にいた。

 装置の攻撃が届かなかったのはこの士官のコートのおかげのようだ。


 ……、いや、ホント、イケメンだよ。

 本当に一体何でできてるのこのコート。

 っていうか、めっちゃ近いよ!申し訳なさすぎる!


「次の発動までにできるだけ蓄力石を外そう。装置側面部を外して回路右から手を入れて、その裏にある中央の水色に光る石がそれだ」

 ファルトの言葉に頷く。すぐに動き出したファルトに続いてランカも動く。若干足首に痛みを感じたが、そんなことを気にしている場合ではない。

 ランカとファルトが動き始めるとそれぞれの装置が照準を変え始める。


 一番近くの装置の側面を外す。ときめく古き機構に心踊りそうになりつつ、中を覗き込むと水色に輝く石を見つけて腕を伸ばした。当然腕に魔法防御のベールをつける。起動した装置に手を入れるなど危険な行為だ。


「取れた」

 無理やり取り外してしまうと、装置は静かに起動を停止する。ファルトがもう3つほど取り外しているのが視界に入り、ランカは慌てて次の装置に行く。

 2つ目を取り外したがまだ残っている装置の次の攻撃が来そうだと思い、ランカは慌てて先ほどより小さな防御盾を作る。装置の数が減ったことと、ファルトと別行動をしているせいで向かってくる攻撃の数が少なく盾でも攻撃は耐えられた。

 ファルトの方はもう防御はコート任せらしく、黙々と装置から蓄力石を取り外していた。


 便利だな。いいな、ホント何でできてるの。

 って、集中集中。


 足を気にしつつ、次の装置へ向かう。



 ランカが5つほど装置から石を取り外す間にファルトが他の装置から石を全て取り外したらしく、全ての装置の起動音がなくなると部屋はしんと静まり返った。


「はぁ」

 思わず大きなため息をついてその場に座りこむと、すぐにファルトが側にやってくる。

「ごめんなさい、変なものを起動させて」

 そう言って謝ったランカに対して、ファルトは無言でしゃがみ込む。そして、ランカの左足のブーツの上から足首あたりに触れる。

「怪我をしたのか」


 バレてたか。


「上から落ちた時にちょっと捻って」

 申し訳なさそうにそう言うと、ファルトが眉を寄せて顔を顰める。

「いや、私が間抜けだっただけで、あなたは別に悪くない」

 と言いかけたあたりで、視界が動いて驚く。


「え、え?!」

 

 唐突に抱き上げられファルトが歩き出す。

「今日はもう引き上げよう」

「え!でもあと半分で終わるのに!」

「怪我をそのままにしておける訳ないだろ」

 ファルトはランカに有無を言わせずそういうと、部屋の扉を出て歩いていく。

 

 抱き上げられたままの状態に、ランカは気まずさに声をかける。

「あ、あの重いし、自分で歩くから」

「ダメだ」

 ファルトの言い切った言葉にランカが返す言葉がなくなり口を噤む。

「回復魔法を使ってもいいんだが、何かあったても困る」


 魔法には当然回復魔法というものもある。魔法学校を卒業しているランカもファルトも回復魔法の使用方法を学んでいる。簡単なものであれば自分や人にかけることはできるが、回復魔法は危険と隣り合わせである。一歩間違えれば人を死に至らしめることもあり、その使用は慎重に行われるべきだというのが一般的な考えである。

 そのため回復だけを行う専門の魔法士が存在する。彼らは人体についての知識も持った上で、回復魔法を使用する。

 

「王宮に行けば回復専門の士官がいるから」

 何かあっては困るため専門の士官へ見てもらうというのがファルトの結論らしい。

 ランカも回復ならばどちらかというと薬を作る方が専門で、怪我の治療魔法は自信がない。今回は怪我をするような想定をしていなかったため、薬も準備していない。


 あぁ、情けない。

 ランカは心の中が暗く沈むのを感じた。

 

 ドミエの魔女になって、まだ3年。

 森の主人に認められて一人前になった気でいたが、自分はまだまだだと実感する。森の中ではあまり感じなかったことを、外の仕事で感じてしまう。

 同じ歳ぐらいのファルトの方が明らかに士官として立派だと思った。

 依頼相手を丁重に扱い、どうするのがいいのかを考えて動いている。そして咄嗟の魔法もランカよりずっと素早い。


 もっと良い魔女にならなきゃ。

 ファルトの規則正しい歩き方に心地よさを感じながら、ランカは心の中で決意した。

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