第5話

 順調に魔法陣の読解を進め、最後の一つになった。ランカの適当な一日一個目標は到底叶っていないが、ファルトのきっちりとした時間配分で、健康的な生活と共に魔法陣を読み解くことができている。

 あの日以降はファルトがきっちり昼ご飯や飲み物まで準備してきて、決まった時間に食事や休憩を取ることになった。ランカが読解をしている間は、ファルトは別の仕事の報告書などを作成しているらしかった。


 そりゃこの仕事だけじゃないよね。

 そんなことを思いながら昼食のサンドウィッチの最後のひとかけらを口に放り込んだ。そして、このいつもファルトが用意してくれる昼食が地味にとても美味しい。最近は毎朝一緒に買い行かせてもらったのだが、最高のパン屋さんだ。

 

 ランカは最後に水を飲むと再び録音の魔法道具を手にする。

「残り半分だから今日中には終わると思う」

「わかった」

 

 ランカは再び魔法陣に目を向けた。最後の1つはとても巨大な魔法陣だった。やはり建物の地下にあるのだが、他の場所より地下室自体が広く、それに合わせるように魔法陣も大きい。

 中間層の描き始めを探しながらランカは歩き始めた。古語を歌うように読み上げながら音声を録音していく。


「ん?」


 大きな魔法陣とは別に、その下に重なるようにうっすらと描かれた魔法陣が見え、ランカは足を止めた。大きな魔法陣と比べると20分の1程度のサイズの魔法陣が床の色に紛れるように描かれている。読みづらさにランカはしゃがみ込み、その魔法陣に目を凝らす。

 

 録音の魔法道具を持った手が触れるとその魔法陣は一瞬で赤色の光を放ち起動する。魔力石から魔力が取られたのを感じて慌てて道具を遠ざけたが手遅れだったらしく、魔法陣が急速に光を放つ。


 そして魔法陣の場所に穴が空いた。

 急に黒くなったそれはまさしく穴だった。


「あ」

 ランカがまずいと思った時には手遅れで、立っていた床に穴が空き、ランカは落下する浮遊感を感じた。咄嗟にファルトのいる方を見るとすでに状況に気付き、こちらに走っている姿が見えた。


 だが、間に合わない。

 ランカは暗闇に落ち、頭上で穴が閉まるのが見えた。



 足に痛みを感じたと同時に、どこか別の床についたことがわかった。

「はぁー、魔法陣に不用意に触るなんて、どんな初歩的なミスよ」

 我ながらありえないと思いながら、念のため上を見上げるが、落ちてきた穴はもうない。真っ黒な空間で、何も周りが見えない。

 仕方なく手に持っていた魔法道具に魔力を流そうとするが、魔力を流せないことに気づく。決められた時間だけ読解する状況を無理やり作るため、ファルトに提案されて今は魔力を停止させる腕輪をつけている。それを外してポケットにしまうと、持っていた魔法道具に少し多く魔力を送ると道具が発光なる。すると次第にぼんやりと周りが見えてきた。

 

「地下の地下なんてろくなものじゃないわよね」


 そこにはいくつもの装置が部屋の中心を取り囲むように並んでいるのが見えた。ランカがその場所に降りた瞬間から何かが起動する音が聞こえていた。

 起動により装置側面に描かれた魔法発動のため回路が光り始める。そして装置の中央は穴があり、全ての装置の穴の向きはランカに向かっている。まるで大砲のようだ。


「え、どっから魔力が?ってか、なんか嫌な予感しかない」


 魔法回路はその中央の穴にエネルギーを溜めているようで、次第に穴の中が光始める。ランカは足に痛みを感じながら慌てて立ち上がる。

 試しに動くと装置の穴もランカを追いかけるように動く。しかも、装置は一つではない。全ての装置がランカを向いている。


 次第に起動音が大きくなり、逃げられないと感じて思わず頭を抱えて目を瞑る。


 すると頭上でバサリと大きな音がしてランカに何かが被せられた。と同時に大きな何かが放たれた音がして咄嗟に耳を塞ぐ。

 バチッとかなり大きな反発音がして、何かが霧散したような空気を感じる。

 頭に掛けられたものをどけて周りを見ると目の前にファルトの姿があった。コートが無い後ろ姿は新鮮だ。

 そして彼が防御壁を出しているのに気づく。ランカを含めた周囲がうっすらと赤い防御壁で包まれている。恐らく装置から放たれた攻撃は、ファルトの防御壁で防がれた。

 ランカは自分がそんなことも思いつかなかったことに恥ずかしくなる。そして、よく見ればランカに被せられたのは彼のコートだったことに気づいた。


 大事なコートなのに……。


 噂ではなんでも跳ね返せるというコートだ。もし防御壁が耐えられた無かった時のことを考えて被せてくれたのかもしれない。

 装置の攻撃は1回目の後さらに再起動され、側面に描かれた回路が光り出す。


 また来る!


 ファルトのお陰で、冷静さを取り戻したランカは、短い詠唱で、ファルトの防御壁の外側に少し大きめな防御壁を張る。

 立ち上がり被せられていたコートをファルトに差し出す。

「ごめん、大事なコートなのに」

「使い道としては正しい形だ」

 受け取ると適当に払ってからファルトはサッと羽織る。羽織慣れてるのだろう、動きに無駄がない。

 

 こんなの見たらみんな女性が惚れるのでは?

 って、士官もコートもそれなりにいるから、人による??


「これ、このままここにいるとずっと攻撃を受けそうよね」

「ここに人が来たら攻撃するようになっていそうだ」

「でも無限に魔力があるとは思えないけど。ここに人はいないのよね?」

「あぁ。この装置のどこかに蓄力石があるんだろう」

 かなり大きな魔力を溜めておくことができる魔力石を蓄力石と言う。石の質によりどれだけの量をとどめてとくことができるかは決まるが、蓄力石に分類される魔力石はかなり優秀で拳大以上のもののことをさす。


 二回目の攻撃が来て、ランカの防御壁に当たる。ドンッと言う強い衝撃を受けて、ランカの体が揺れる。踏ん張った時、足に痛みを感じて眉を寄せる。

「大丈夫か?」

「大丈夫。それよりまだまだ攻撃を繰り返すみたいだから、装置の蓄力石を探して動きを止めた方がいいかも」

 装置の側面の回路は再び光り始め、ランカもファルトも警戒を強める。いつまでも受け続けていいような弱い攻撃ではない。防御壁を壊されかねない。

「……そうだな。そうしよう。俺が探すから、悪いが標的になっててくれないか」


 俺って言った。


 今まではずっと「私」と言ってたのに、無意識にでたのだろう。冷静そうな表情をしてはいるが、内心焦っているのかもしれない。今の状態は本来の業務から外れている。協力してもらっている魔女に何かあったらやはり彼の評価的によくないだろう。

 そんな感想を持ちつつ頷くと、ファルトはサッと防御壁の中からでて行く。


 装置の幾つかはファルトに向いているものもあるが、ほとんどは部屋の中心にいるランカに照準が当てられている。

「魔法の研究って聞くと、人の役に立つことなのかなと思ってたけど、そうじゃないものもあるみたいね」

 次の攻撃が来てランカはまた衝撃を感じた。

 また次も同じように攻撃が来るのだろうと思ったが、側面の回路の光り方がこれまでと異なることに気づく。

 

「攻撃の種類が変わりそう!」

 ランカの声に離れて動いているファルトが「耐えれそうか?」と返してくる。

「たぶん。どの装置も全部起動回路が変わったから、そっちも気をつけて」

「わかった」

 ファルトは動きを止めることなく、一つの装置の構造を確認しているようだった。どこからエネルギーを得ているのか確認して、蓄力石の場所を見つけようとしているのだろう。


 装置の中央の穴に集まるエネルギーの強さが先ほどより大きい。明らかに大きくなった光が、四方からランカの張っている防御壁に向かって放たれる。これまでと雲泥の差の衝撃に、ランカは膝を床についた。

 半円に張られた防御壁の一部にひび割れを感じて思わず見る。

「次は割れるなぁ……」

 

 ランカがファルトを見ると、装置の一部の側面を外しているところだった。中の装置の機構がチラリと見えうずうずする。明らかに攻撃目的の危ない装置とはいえ、はるか昔に作られた魔法装置だ。見たこともない機構でできている可能性もあり気になる。


 しかしまた装置は一斉に側面の回路が光だす。先ほどと同じ光り方をしているため、強いエネルギーが向かってくるのは明らかだ。

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