第8話

 閲覧用のテーブルを利用して二人で報告書を書いていると、以前<金の雀>で出会った赤髪の士官が現れた。

「お、もう報告書?早いな」

 ヴィザはランカたちの書いているものを覗き込むと楽しそうに笑っている。どうしていいかわからなかったため、ランカは無難に挨拶しておいた。

「こんにちは」

「やぁ、ドミエの魔女殿」

 ランカの挨拶に目を合わせて返してくれるヴィザは、なかなか陽気な人物だと思う。逆にファルトは嫌そうな顔をしてヴィザに視線を向けていた。

「何か用ですか?」

 冷たい後輩の言葉にもヴィザは笑顔のままだ。

「別に邪魔しに来たわけじゃないさ。士官長から」


 そう言うとヴィザは1枚の紙をファルトに手渡した。ランカには書いてあるないようがわからない。さっと目を通したファルトは、眉を寄せるヴィザをみた。


「行って来い」

 笑顔で出口をさしたヴィザに、ファルトは大きくため息をついた。訳がわからずランカがその様子を見ていると、ファルトがようやく説明してくれる。

「士官長からこの間の装置を一つ調査用に持ち帰るように指示があって……、今から行ってくる」

 この間の装置とはあの攻撃を繰り出してくる装置のことだろう。上に報告した結果、出てきた指示なのだと推測する。

「いってらっしゃい」

 ランカがそう言うとファルトがぐっと顔を顰めた気がしたが何故そう言う表情になったのかわからない。

「ヴィザさん暇なら代わりに座っててください」

 ファルトが席を立つと隣に立っていたヴィザに自分の席を勧め、無理やり座らせる。

「え!オレも仕事あるけど?!」

「いいから」

 ファルトはヴィザを座らせると「行ってくる」と言って、図書室から走るように出ていった。ファルトが出ていった扉から視線を戻すとヴィザと目が合う。

 目が覚め合うと楽しそうに微笑まれる。

 

「何か、変ですか?」

 微笑まれる理由がわからずランカが疑問を投げかけると、ヴィザは「いやいや」と手を振った。

「ファルトの様子が珍しくてさ。いつも効率重視で仕事をこなすのに、甲斐甲斐しくドミエの魔女殿の世話を焼いてるなぁと」

「……、これって王宮士官的に普通ではないんです?」

 ランカは自分の置かれている状況が普通かどうかわからない。なんせ外での仕事は初めてだ。

「いや、士官としてやることとしては普通だけど、ファルトらしくはないかな」

 微妙な言い方をされて首を捻る。士官としての普通がファルトの普通ではないらしい。


「オレもあんまり喋ると怒られそうだから、それぞれ仕事しよう」

 ヴィザはそう言って脇に抱えていた別の資料を机におき、確認し始める。ランカもそれに釣られるように報告書の作成に戻ることにした。

 

 

 集中して報告書の作成を続けていると、ふと報告書に影が指す。見上げるとこそには陽の光に照らされてきらきらと光る金色の髪が揺れている。

 少し息の上がったファルトがそこにいた。


「おかえり」

「……ただいま」


 見上げるたため気づいたが、すでに外は夕暮れのようだ。半球の窓には橙色に染まり始めた空が見える。


「急ぎすぎだろ」

 おかしそうに笑いながらヴィザが席を立つ。

「誰も取ったりしない」

 そう言ってファルトの肩を叩くと、手を振って図書室から出ていった。あっさりしたものだ。

「もう装置持って帰ってきたの?」

「あぁ、転送石使わせてもらったから」


 人が移動する魔法道具は転移石と呼び、物を移動させる魔法道具を転送石と呼ぶが、どちらも魔力を大量に使用する道具だ。

 いつもの移動もまったく苦には見えない上、さらに転送石を使っても問題ないなどよほど魔力が多いらしい。

 息が上がっているのは単純にここまで走って来たのだろうと想像する。


 協力者を放っておくことに罪悪感があるのかな。真面目だなぁ。


「困ったとこはなかったか?」

「ないわ。それに報告書もずいぶん進んだから、明日には終わるんじゃないかな?」

「そうか……」

 複雑な表情をするファルトに、ランカは感情が読み取れなかった。



 その日はもう少しだけ報告書作成を進めて、また二人で夕食を取った。それも明日で終わりかと思うと早いものだなと思う。


「明日で終わりね」


 <金の雀>から王宮の部屋までの帰り道に何気なく言った言葉に、ファルトが急に立ち止まりランカを見た。つられてランカも立ち止まる。

「どうしたの?」

「ランカは」

 何かを言いかけて、ファルトは口を開いたが、ゆっくりとその口は閉じる。青い瞳が何故か悲しげな表情に見えランカには理解できなかった。

「なんでもない」

 いつの間にか部屋の前まで着いており、そのままいつも通り別れた。

 


「名前、言ったっけ?」

 依頼して来たのだから協力者の名前ぐらい知っているかと思い直す。

 シャワー後にぼんやりとベッドの上で天井を見上げながら、ランカはファルトの表情を思い出していた。


 なんであんな表情したんだろう。

 ランカは理解できず、そのまま目を閉じた。



 次の日はほぼ報告書の確認だけで終わり、午前中のうちには完了し提出するだけになる。

「私から提出しておく」

 そう言ったファルトは報告書の束を抱えて立ち上がる。ランカもホッとして立ち上がった。

 外での仕事をするのは心配がなかったわけではない。ドミエの魔女として問題なくこなせるのかどうか、しかし選んでいる場合でもない。


 私はドミエの魔女なのだから。



 王宮外の門までファルトは「もういい」と言うランカには対して、わざわざ送ってくれた。最後の挨拶をしようとファルトを見上げると、何か言いたげな視線を向けられる。


「何?何か言いたいなら言って」

 そう言ったランカには対してファルトはいつしかのような悩ましい表情をする。

 しかし今度は言葉に出すことにしたようだ。


「士官に、ならないか?」

 ファルトの予想外の言葉に、ランカは目をぱちくりさせる。まさかそんな誘いを受けるとは思わなかった。

「私はドミエの魔女よ。ドミエの魔女は国には属さない」


 魔女は縛られるのを嫌う。自由に生き、自由に住み、自由に仕事し、自由に死ぬのだ。

 ドミエの魔女とは魔女の集団でありながら、その生活は個々の意思に任せられている。ドミエの魔女であることを明かさず生きる者さえもいる。


「そう、だな」

 わかっていたことだと言うような言い方にランカはファルトの意図がわからない。

 お互い言葉がでなくなり、会話が途切れる。

 

「じゃあ」

 ランカはなんと言って別れるのが正しいかわからず、それだけ言うと門を出た。ファルトに背を向けて歩き始めたが、たった十日ほどの出来事だったはずなのに、何故かとても寂しく感じる。

 自分の足音だけがやけに耳に響いた。


「日常に戻るだけよね」

 まるで自分にそう言い聞かせるように呟くと、目の前に見えてきた<金の雀>の看板にさよならをして、ランカは元の自分の居場所へと帰った。

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