第24話 守りたいもの

 悪魔の手が刀を砕き、俺の腹部を貫く。

 貫通した腹部から悪魔が手を引き抜くと、致死量にも見える大量の血液が周囲に飛び散り、俺はその場に這いつくばった。


「はぁっ、はっ・・・・・・う、迂闊だった・・・・・・」


 俺は右手で握りしめた刀の刀身を見る。

 まさか、黒焔が折られるとは・・・・・・しかも素手のただの一突きで。


 悪魔は手についた俺の血を舐めとりながら、くだらないものでも見るかのような目を俺に向ける。


「軌道がずれて急所が外れたとはいえ、しぶといのう」


 冗談じゃない、腹部に風穴を開けられている時点で十分致命傷だ。

 俺は左手で損傷部分を押さえながらなんとか気力で立ち上がり、刀を構える。


「フハハッ、精神力だけなら異常そのものじゃな」


 悪魔の余裕そうな態度。

 こいつの本当の力は、こんなものではないはずだ。


「はぁ・・・・・・ッ、悪魔に、いたぶられながら死ぬ趣味は、ないんでな」


 俺の苦し紛れな一言に多少の嫌悪感を抱いたのか、悪魔の眉が少し動く。


「ワシの名はフリゲラじゃ。二度とそのような呼称をワシに使うでない」


 フリゲラは俺の目を見ると、眼力だけで人を殺せそうな瞳を僅かに細めた。


「そういえば、四年前くらいに未完全で出てこれたときもお前のような生意気な奴がいたのう。よく見るとその黒の服装に黒く長い髪、そっくりじゃ」

「・・・・・・四年前・・・・・・だと?」


「そうじゃ、確か戦争中じゃったな。死の臭いが充満しておって居心地がよかったのを覚えておる。じゃが、あの日を思い出すと同時に腸が煮えくり返る・・・・・・あの女がッ、未完全とはいえこのワシに再封印を施したのだからのォ!」


 俺の頭の中で、フリゲラの言うの姿が涼火と重なる。


 ・・・・・・つまり、目の前に立つこの悪魔に涼火たちはやられたってことか。


「・・・・・・はっ、神様って、本当にいるんだ、な」

「神などはおらぬ。お前を待つのは、死のみじゃ」


 フリゲラの背中から漆黒の翼が生え、バサバサと大げさに羽ばたきながら浮上していく。


 その姿は、おとぎ話や絵本に出てくる悪魔そのものだ。

 皆がこいつに殺られたのであれば、あの時目にした惨状の説明はつく。


 四年前、別行動をとっていた俺が自分の部隊を離れて駆けつけたときには、すでに部隊は壊滅していて涼火も致命傷を負わされた後だった。

 あの涼火に瀕死の重傷を負わせることなど、そこらの魔剣術使が束になったところで不可能であることは、俺がよく知っている。

 まさか、相手が悪魔だったとは。


 これで、北西国間戦争が休戦になった理由もおおよその予想ができる。

 あの悪魔を封印した奴が西公国にいることを北帝国が恐れ、軍力に余裕があるにも関わらず向こうから休戦を促したのだろう。


 そして、東都剣術大学校の学生を戦力として補充し、一気に西公国を叩く。

 そんなことになれば、世界各国の力関係は崩れて時代はまた大戦乱に逆戻りだ。

 ・・・・・・裏で、何かを企んでいる連中が手引きした可能性が高い。


「もう飽きた。そろそろ終わりにしようかの」


 フリゲラが腕を軽く俺に向けて振った。


 反射的に俺がその場を飛び退いた瞬間、俺がいた場所に紫色の雷が落ちる。

 最期の力を振り絞って、なんとか回避行動に移ったのは正解だったようだ。


「魔術、ってやつか・・・・・・」


 魔術──それは、悪魔にしか扱えない禁忌の力だと言い伝えられている。

 俺たち魔剣術使は刀剣を媒介にすることにより、魔力回路を通して体外に魔力を放出・発散することができる。逆を言えば、それらが無ければ魔力回路は意味を成さないということになる。

 いつでも使える便利なものなどでは決してない。


 ただし、魔術は別物だ。魔剣術の完全な上位互換にあたる、人間が決して到達することのできない人智を超えた力。


 魔力を体外に放出するには剣を通さなければならないという枷があるからこそ戦いの中に剣術の駆け引きが生まれ、魔剣術が生きる。

 しかし、相手が武器も持たずに魔力を放出できるのであれば、どこからどんな攻撃がくるのか見当もつかない。


「見事な回避じゃが、小僧。もはや何もしなくても死にそうじゃな」


 俺は腹部を押さえていた左手が真っ赤に染まっていることを確認する。


 このままだと、フリゲラの言う通り何もしなくても死ぬ・・・・・・。

 戦闘力と体力の差は歴然。

 ここから俺が勝つことなど、万が一にもありえない。


 ・・・・・・それでも俺は、このまま負ける訳にはいかない。


「もう、これしか、・・・・・・ッない、か」


 ────ごめんな、ユア。


 約束・・・・・・守れそうにないみたいだ。


 俺は口の中に溜まっていた血を吐き出し、息を目一杯吸い込んだ。

 これで、さっきまでと比べれば少しは話しやすくなるだろう。


「おい、悪魔・・・・・・いや、フリゲラ。お前は、アーガスという男の存在を知っているか」


「アーガス・・・・・・? アーガスじゃと・・・・・・」


 フリゲラの表情が一変し、途端に険しくなる。


「覚えておるに決まっておるじゃろうが! あの裏切り者が・・・・・・あの男だけは、あの男だけは、絶対に許さんッ!」


 フリゲラの怒りに呼応するかのように会場が、いや、大気そのものが震える。


「許さん、許さん、許さん・・・・・・あの糞ガキが・・・・・・んじゃッ!!!」


 まるでそれは、自分が封印されたことよりも、何か別の事に対して怒りを抑えきれないように俺の目には映った。


「・・・・・・お前がアーガスとの間に何があったかは知らないが、その男は現代では英雄と称えられている」

「英雄・・・・・・じゃと?」


 怒りが振り切れたのか、それとも怒りを通り越して逆に正常に戻ったのか。

 大気中の震えは収まり、俺への殺意をふんだんに撒き散らす。


「ふん、もういい。貴様を殺してこの世界を更地にしてやる」


 フリゲラは振り上げた手を、俺に向かって再び振り下ろそうとしてくる。


「まぁ、待てよ・・・・・・俺はどうせ、なにもせずとも時期に死ぬ。なら、せめて最後くらい話に付き合ってくれよ。・・・・・・少し、面白いものを見せてやる」

「くだらん。時間の無駄じゃ」


 フリゲラが魔術を発動するため、手を振り下ろした。


「それともなんだ、俺に負けるのがそんなに怖いのか?」


 しかし、魔術によって生み出された雷は俺から大きくそれた位置へ落ちる。


「・・・・・・なん、じゃと? この、死にぞこないが」

「まぁ、こんな死にぞこないにも恐れているようじゃ、英雄アーガスに負けて封印されたのも頷けるな」


 俺の一言が癇に障ったのか、フリゲラが動きを止めた。

 そして、睨みつけるように俺を一瞥する。


「・・・・・・いいじゃろう。その安い挑発に乗ってやる・・・・・・その代わり、つまらなかったらお前の目の前でこの会場付近の人間を皆殺しじゃ」

「ああ、それでいい」


 俺は僅かに自身の傷口に意識を向けた。


 腹部からの出血量が多すぎる、どうやら想像以上に血を流しすぎたみたいだ。

 果たして、俺の意識が痛みに耐えきれるだろうか。


 だが、そんなことで躊躇している場合ではない。

 もう、やるしかないんだ。


 俺は震える手をゆっくりと頭の後ろへ移動させ、後ろ髪を束ねるために結んでいた白紐を解いた。

 纏めていた髪がほどけて、肩にかかる。

 そして、俺は〝白紐状にねじった紙包み〟を解き、中から一枚の真っ白な札を取り出した。


「・・・・・・? なんじゃ、それは」


 フリゲラは、意外にも興味を示してきた。

 そのフリゲラに向けて、俺は口を開く。


「・・・・・・英雄アーガスは、魔剣術使ではなかった。落ちこぼれと揶揄され、劣等人種と非難され・・・・・・そんな男にできたことは、ただ一つ。己を信じて、ただひたすらに理想の剣術を追及し続けることだけだった。アーガスは、願ったんだ。世界から悪が潰えることを・・・・・・平和な世の中になることだけを、ただ純粋に求めた。そして、アーガスは剣術の極意を究め、解き明かし、その一端に手が届いたといわれている」

「・・・・・・」


 フリゲラは、俺の話に口を挟むことなく聞き続けていた。


「俺はアーガスのような英雄にはなれない。世の中を平和にすることもできなければ、困っている人達を助けられるだけの力もない。でも、俺にもたった一つだけできることはある」

「なんじゃ、言ってみろ」


 フリゲラは痺れを切らしかけながら俺の言葉を待つ。


「────命をかけて、大切な人達を守ることだ」


 俺は札を手に握り締め、そのまま腹部の損傷部分に突っ込む。


「ぐっ・・・・・・ぅ・・・・・・」

「・・・・・・貴様、気でも狂ったか?」


 激痛に耐えながらフリゲラの言葉を耳に入れる。だが、受け答えをしている余裕などない。気を抜いた瞬間に意識を刈り取られそうだ。


 フリゲラは理解不能な行動をとる俺を見ていながら、手を下そうとする素振りすら見せない。

 おそらく、何が起こっても負けるはずがないと自分の力に絶対の自信があるのだろう。

 その慢心に今は感謝するしかない。


 俺は体内にある魔力回路を探し当て、ゆっくりと札を結ぶ付けた。


 ────よし。


 これで、終わりのはずだ。


「・・・・・・」


 しかし、俺の体には変化がなく、何も起こらない。


 なんでだ、こ、こんなはずじゃ・・・・・・。


 まずい、意識が消えかけてきた。視界が曇る。

 早くしないと、意識が────


 ────俺では、駄目なのか?


 俺みたいな、ただの人殺しには・・・・・・


 ・・・・・・何も、守れないのか?


 もはや呼吸する気力すら失った俺は片膝をついて目を閉じかけた。


 そのとき、頭の中に何かが流れ込んできた。


 それは、誰かの言葉だった。


 誰かが、俺にそう言えと。


 それが無理なら、願えと。誰かが、そう言ってる気がして────




 ────古より伝わる英雄の強き意思よ、我に力を────




 その瞬間、俺の腹部から流れ出るようにして青白い粒子状の塊が溢れ出て、体を包み込む。

 それはやがて炎を形作り、俺の全身を纏うようにして落ち着く。


 魔力とは違う。

 身体中がとても熱い。

 傷口が塞がり、身体中の痛みが嘘のように消えていく。


「な、なんじゃ!?」


 フリゲラが見せた初めての動揺。

 それもそのはずだ、なぜなら・・・・・・。


「とりあえず、見降ろされているのは癪だな。降りてもらおうか」


 俺は立ち上がり、フリゲラが結界を張ったときと同じように両腕を広げた。

 フリゲラの張った紫色の結界の内側から、更に青色の結界が張られる。


「なっ・・・・・・!?」


 そして、フリゲラの背に生えている禍々しい翼が消え、体が落下を始める。

 動揺しつつも、難なく着地するフリゲラは俺から目を離そうとしない。


「この結界内では、でなければ使うことは許されない」

 これが、英雄アーガスの力・・・・・・不思議と何をどうすればいいのか、力の使い方が直感的に理解できる。



 涼火の遺品にあった札、アーガスの継承権。

 悪魔の契約書とは違い、使用方法などが不明なため準禁忌物に指定されている。

 昔、特殊暗殺部隊で北帝国の軍事研究方法を探る任務があった。涼火の遺書によるとそのとき盗んだ札がこの札らしい。

 

 俺は東都剣術大学校での三年間、この札の解析を密かに続けていた。

 まさか、実際に使う羽目になるとは思ってもいなかったが。

 今ほど興味本位で研究を続けた日々の自分に感謝したことはない。


「悪いが、あまり時間がないんだ。・・・・・・剣を出せよ、フリゲラ」


 俺は折れてしまった魔刀・黒焔に向けて手をかざし、こちらに引き寄せる。

 俺の手に柄が収まると、頭の中で失われた刀身部分をイメージする。


 すると、折れた刀の先から青い刀身が復元された。


 フリゲラは、俺の姿に目を奪われているようだった。


「その忌々しい力・・・・・・くくくっ、フハハハハハッ! まさか、再びその力と相まみえることになろうとはのォ!」

 

 フリゲラは、俺のこの力を懐かしむようにして、高らかに笑った。


 しかし、アーガスと俺ではおそらく、この力を使用するデメリットの大きさが違う。


 俺の身に纏う青白い炎も、創造を具現化する力も、無制限に使えるわけではない。フリゲラは気づいていないようだが、俺の全身の至る部分から黒いひび割れのようなものがいくつも確認できる。

 身体の崩壊が始まっている証拠だ。この状態はそう長くはもたない・・・・・・一定の時間を過ぎてもこの力を使い身体を酷使し続ければ、おそらく崩壊現象が意識にまで到達し、俺の存在は精神もろとも跡形もなく消滅する。


「顕現せよ! フリィ・ゲラード!!」


 フリゲラは腕を上に向けて振り上げると、地面から紋章が浮かび上がる。

 そして、紋章の中から禍々しくも美しい造形をした大剣が出てきた。


 フリゲラは、自分の背丈の倍ほどもある大剣を自らの華奢な手で軽々と引き抜くと、勢いよく剣先を俺に向けてくる。


「まさか、このワシがこんなガキ相手に魔剣を抜くことになるとはのォ」


 丈に見合わぬ大剣をいとも容易く持ち上げると、上段に構えた。


 俺もそれに応じるように刀先をフリゲラに向け、右肩を少し引いて黒道流奥義こくどうりゅうおうぎ絶炎ぜつえんの構えをとる。


 結界内に風はない。


 あるのは、互いの殺気のみ。


 僅かな沈黙。


 そして、殺気が重り合い擦り切れるようにしてぶつかり合うかのような感覚。

 それを感じたときには、俺とフリゲラは地面を蹴っていた。


 俺の刀が濃い蒼色の炎に包まれ、巨大な大剣を生成する。

 対するフリゲラの大剣も、ドス黒い紫色の魔力で包まれている。


 互いの大剣が激しくぶつかり合い、鍔迫り合いが起こった。


「ッ、うぉぉおおおおオオオオオオ!!!」

「ッっらああああああアアアアアア!!!」


 互いの気合いが雄叫びとなり、金属音と交じり合いながら響き渡る。


 しかし、その直後。


 俺の刀が僅かに押され始め、フリゲラの血管が浮かび上がった顔に微かに笑みが見え始める。


「ふっ、フハハハハハッ! まさか、こんなしょうもない決着とはなぁ!?」

「ぐっ・・・・・・くそっ・・・・・・くっそおおおっ!!」


 僅かに、しかし確実に。

 少しずつ、俺の炎で生成した大剣が押され続ける。

 なんとかして止めなければならないという気持ちとは裏腹に、全く止められる気がしない。


 俺は今、自らの生命力を魔力に変換している。


 剣を交えて分かる。

 フリゲラと総魔力量は、ほとんど互角なはずだ。

 だが、肝心の魔力放出量が僅かに足りていない。


 このままでは、押し切られる。


 負ける訳にはいかないのに。

 絶対に、勝たなければならないのに。


「ぐっ・・・・・・くぅっ・・・・・・」

「ふははははははっ、どうしたどうしたぁ! まさかお前のようなただの人間がこのワシに勝てると本気で思っていたのかぁ!?」


 徐々に俺の大剣が押し返されていく。

 身体の崩壊進行度も想像より遥かに早いのに対し、向こうにはまだ余力がある。

 このままでは、いつまで鍔迫り合いが続くかも時間の問題だ。何か策を考えようにも頭が働かない。この状態に持ち込んだ時点で、あとは力で押し切る以外の方法がない。


 安直な考えだった。自分の命を犠牲にすれば勝てるという判断が甘すぎたんだ。何がアーガスの継承権だ・・・・・・何が俺が守るだ・・・・・・結局また全部失うんじゃないか・・・・・・結局、俺はあのときのまま何も変わってないじゃないか・・・・・・ちくしょう、ちくしょおっ・・・・・・ッ!


「・・・・・・なんじゃ、なんじゃこれはっ!? お前、何をした!?」


 今まで嘲笑いながら余裕をかましていたフリゲラが、動揺し始める。


 そこでようやく、フリゲラの足元から黒炎が燃え広がっていることに気づいた。

 その黒炎はフリゲラの身体を少しずつ伝い、まるで縛り付ける縄のように全身に広がっていく。


 見覚えがある。これは、涼火が研究していた術式魔力回路の応用にあたる封印術だ。だが、この封印術は結局完成することなく研究は打ち切りになったはず・・・・・・。


「こいつじゃない・・・・・・これは、四年前のあの女の仕業かっ! 死してなお、ワシの邪魔をするかァ!!」


 纏わりつく黒炎に気を取られ、フリゲラの力が一瞬だけ緩む。

 その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。


 俺は大きく手首を捻りながら、フリゲラの大剣を弾いた。


「しまっッ」


 反動により、俺とフリゲラの間に僅かな間合いができた。

 最後の・・・・・・これが、最後のチャンスだ。


 俺は残った全ての力を右腕に集中させる。

 地面をえぐり蹴ると同時に、刀ごと俺の右腕が青と黒の炎に包まれて、さらに大きな大剣を生成した。




 ────その瞬間、誰かが背中を押してくれた気がした。


 その手のひらは、どこか懐かしくて、温かくて────




 ────今だけは、誰にも負ける気がしない。





「ふ、ふざけるなこのクソガキがぁ! こんな、こんな訳のわからん術で! こんなガキに! このワシが! 殺られるものかあぁぁぁぁぁああああああッ」


 俺の刀を纏う炎で生成した大剣がフリゲラの脳天から縦に入り、真っ二つに切断する。


 炎に身を焦がしながら、フリゲラの体内魔力が爆散した。


 渾身の絶炎を放ち、確かな手応えを感じながら俺は爆風の勢いに抗えず、そのまま前方へと吹き飛ばされていった────






「────ぅッ」


 魔力粒子と土埃が舞い上がり煙が立ち込める中、俺は朦朧とした意識の中で現状を把握することだけに努める。


 ・・・・・・どうなったんだ、決着はついたのか・・・・・・?


 その場で這いつくばっている俺の身体は思うように動かない。


 視界がぼやけ、全身に激痛が走る。その痛みが俺にまだ命があることを教えてくれた。


 ゆっくりと首を傾け、俺がさっきまでいたはずの後方位置を確認する。

 その先には、青い炎で燃え、ほとんど消し炭になっている物体が見えた。


 だが、これで終わりではない。


 立たなければならない。


 フリゲラの張った結界はかなり弱まっているようだが、まだ解けていないみたいだ。


 あんな状態でも、わずかに息があるのかもしれない。


 勝敗判定ロボがゆっくりとこちらに近づき、俺の状態を検査している。それほどまでに俺の生命反応が低下しているということだ。

 この検査が終わるまでの間に俺が死亡すれば、引き分けなんてこともあり得る。


 冗談じゃない。

 試合終了の合図である機械音を聞くまで、俺はまだ死ねない。


 ゆっくりと左手に力を入れて、上半身を起こす。


 右に重心を移そうとした瞬間、俺は再び崩れ落ち無様に額を地に打ち付けた。


「ぐあ・・・・・・っぁあ・・・・・・ッ」


 振動が伝わり、気の遠くなる痛みが全身に駆け巡る。


 なんだ・・・・・・感覚がおかしい・・・・・・。


 俺はゆっくりと自分の右腕を確認する。


 それは、俺の本来あるはずの腕ではなかった。

 俺の右肩から先には黒く変色した腕が。


 いや。


 がついている。


 それは、やがて炭のようにあっけなく崩れ落ち、灰のように飛散して消えていった。


「・・・・・・っ」


 片腕を失ったというのに、意外にも平常を保てていた。


 出血量が少ないのは、細胞ごと死滅してしまったからだろうか。

 いや、そんなことを気にしている場合ではない。

 残された時間が、もうほとんどない気がする。


 俺はゆっくりと、頼りない左腕と足でなんとか立ち上がる。


 俺の生命反応をようやく認識できたのか、勝敗判定ロボの機械音が耳に届いた。


 安堵する。と、同時に。


 全身から力が抜け落ち、俺はその場で崩れ落ちるように倒れた。


 視界がぼやけ、意識が今にも消えかけている。



 今度こそ、俺は大切なものを守れただろうか・・・・・・。



「ああぁ・・・・・・ぐッ」


 口から大量の血を吐き出した。

 そんな気がしただけで、目はもう見えていない。


 体が、寒い。


 ああ、死ぬのか。


 ユアも、エリーナも、俺が死んだら悲しむかな。


「・・・・・・ゥ・・・・・・ぁ」


 ユアは、約束を守れなかった俺を許してくれるかな・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・ゅ・・・・・・ぁ」


 生まれ変わった、ら、また、君に会えるか・・・・・・な・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・ぁ」


 ・・・・・・最後・・・・・・に、もう一度、君の声が・・・・・・聞きた、か────

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