第23話 悪魔甦生
観客席で暴風の被害にあった負傷者に、幸い死傷者がいなかった報告を受けたわたし、エリーナ、ギンジは、その場を動かず観戦し続けることになった。
四学年であるわたしたちは、非常事態の際に指示を出さなければならないため会場を離れるわけにはいかない。
そして、病院への搬送を他の学生や運よく観客席にいた医療関係者に任せて、試合の行く末を見守っていたわたしたちは、必然的にその光景を目にすることとなる。
静まり返る会場で、信じられないといった面持ちのエリーナが呟いた。
「い、今のも魔剣術? あ、悪魔の力を使った相手を、倒しちゃったの・・・・・・?」
エリーナはわたしに目を向けてきたが思わず首を振る。
「知らない・・・・・・多分、あれは魔剣術じゃないわ・・・・・・」
自然とわたしたちの視線はギンジに集まる。試合場からまだ目を逸らそうとしないギンジの表情は真剣そのものだったが、少し冷静さを欠いているようにも見えた。
「・・・・・・間違いねぇ。ユウガの持ってる刀、あれは魔刀と呼ばれるもんだ」
「ま、魔刀・・・・・・? 今のはあの刀の能力ってこと?」
わたしはその名称に全く聞き覚えがなかった。妖剣や妖刀の類のものだろうか。
ギンジはしばらく間を開けてから、ゆっくりと話し始めた。
「正直、俺もこの目で見たのは初めてだ。だが、悪魔の契約書を使用した相手を圧倒するほどの力・・・・・・やっぱり、そうとしか考えられねぇ。魔刀には、自我が芽生えているなんて話も聞いたことがある。主の魂にこびりついた死の臭い、つまり人を殺してきた数によって気に入られ方が違うらしい。ユウガはその点において、最高に気に入られる対象だろうな」
わたしは、完全に言葉を失う。
刀が自我を持つ? そんなことがありえるのだろうか。
でも、実際に今、目の前で・・・・・・。
「で、でも、デメリットとかなさそうだし、あの刀があればユウガの勝ちは最初から決まってたようなものじゃない? なんで、あたしたちにそのこと隠して──」
ギンジがエリーナに説明を付け足すように言う。
「馬鹿言うんじゃねえ。あんな気持ちわりぃ力が、なんの代償もなしにほいほい使えるわけねぇだろが。今のあいつは大量の魔力消費で、立つこともままならないはずだ。それだけならいいが、魔刀には魔力だけじゃなく使用者の寿命を喰うなんて話も出回ってるくらいだからな」
「・・・・・・寿命」
その言葉が、何度もわたしの頭の中を駆け巡る。
頭がおかしくなりそうだ。
「ちょっ、あんたなんで今そういうこと言う訳!?」
わたしの顔色を見たエリーナがギンジに噛みつくように言う。ギンジは頭をかきながらぎこちなさそうに応えた。
「魔力の急激な消費は寿命を縮めるって話から尾ひれがついたもんだと、俺は解釈してるが・・・・・・あいつのことが心配なら、本人に直接確認してみればいいだろ」
「まっ、それもそうね。これでもう剣術祭の心配事は全部片付いた訳だし・・・・・・あとはシェリーたちが無事に帰ってくればバッチリね! ユウガが本当は強かったなんてこと知ったら、みんな驚くわよ!」
そうだ、その通りだ。とにかくユウガが無事でよかった。ユウガが元気になったらもっとちゃんと話を聞こう。彼に伝えたいこともたくさんある。もっと、ちゃんと・・・・・・。
わたしがそんなことを考えていると、急にギンジが立ち上がって叫んだ。
「おい、ちょっと待て! なんだあれは!?」
静まり返っていた会場が少しずつざわつき始める。
観客席まで被害が及んだことや、後味の悪い決着に少なからず動揺しているのだろう。
俺は少しふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
魔力欠乏症の症状がでているのか、頭がくらくらする。
これだと、明日は一日まともに動けそうにない。
俺はフラフラとした足取りで、マルクの側へと近寄った。
「・・・・・・マルク」
事の経緯はどうあれ、俺がこいつの命を奪ってしまったという事実は変わりようがない。
例え、彼が禁忌を犯し被害が拡大される恐れがあったことを考慮に入れたとしても。
この罪は、一生をかけて俺が背負っていかねばならないものだ。
そして、俺はようやく自分の剣術祭が終わった実感がわいてくる。
終わってしまえば、長かったような短かったような。
これくらいの軽傷で剣術祭を終えることができたことも、ほとんど奇跡だ。クレアルの途中棄権とこの魔刀・
そんなことを考えていたが、勝敗判定ロボがいつまでも試合終了の機械音を鳴らさないことに少し不信感を抱く。
「なんだ、勝敗ならとっくに・・・・・・」
俺は原型を留めていないマルクの亡骸に目を向ける。焼けただれた死体にはまだかすかに燃え続けている部分がある。
誰がどう見ようと、生命活動は停止している。
俺はゆっくりとした足取りでマルクに触れようとした瞬間。
突然の黒い暴風がマルクを包み込み、俺はその場から吹き飛ばされた。
「なっ、なんだ!?」
残された力を振り絞り、何とか踏みとどまって舞台から落ちそうになるのを回避する。
暴風は徐々に人型の形を成して、マルクの亡骸が真っ二つに引き裂かれる。
そして、中から何かが出てきた。
「な・・・・・・」
真っ黒な人型の個体が目の前に現れた。
声が出ない。
激しく鳴り響く心臓の鼓動が、俺に危険を知らせている。
その人型の物体から泥のように黒い液体が流れ落ち、その姿が明らかとなった。
紫色の地面につきそうなほど長くごわついた髪の毛。白い肌のところどころに禍々しい黒く染まった骨と紐で装飾された外装。緑色の目。俺の胸元辺りまでしかない小さな身長。
その少女の見た目をした何かが、口元をゆがませた。
「ククク、完全体でこの世界に現出できたのは何百年ぶりかのう」
そして、この世の生命体とは思えないほどの尋常じゃない威圧感。
間違いない。
会場中から、次々に悲鳴が響き渡る。
「・・・・・・あく、ま」
零れ落ちた俺の言葉に反応したのか、会場を見回していた悪魔がこちらに向き直り目が合う。
「ほう! 相変わらず逃げ腰の低俗な人間ばかりと思っておったが、目の前に旨そうなのがおるではないか! ワシを前にして背を向けないとは、人間にしてはいい根性じゃ!」
「・・・・・・なぜだ。どうやって、封印を解いたッ!」
俺は刀を構えるが、こんなのは見せかけだ。
今の俺に、戦う力など残っているはずがない。
「邪魔が入ってはなんじゃのう」
悪魔は両腕を横に広げると、試合場の周りが紫色の結界に包まれた。途端に会場中から聞こえていた観客の悲鳴が遮断される。
「これで外部からの干渉は一切できん。まずはお前を殺しながら、周りの人間どもをどういたぶり殺すか、ゆっくり考えることにしようかのう」
結界と言っても、外の様子を見ることはできるようだ。観客の声は聞こえないが、一目散に会場を出ようと逃げ惑う人達の姿が見える。
悪魔がマルクの二つに引き裂かれた亡骸に目を向けた。
「さっきの質問についてじゃが、封印が解けたのはお前がそこのゴミを殺したからじゃの。魔族との契約中は封印がさらに弱まる。契約中に契約者が死亡した場合、漏れ出たワシの魔力を伝ってでてくることは容易じゃが、完全体で出てこれたのはなぜじゃろうか」
悪魔は腕を組み、考え事をし始めたかと思ったらまたすぐに口を開いた。
「お前の持っているそれは、魔刀じゃな? なるほど、納得がいった。魔刀には低級魔族の魔力が封じ込まれとるからのう。人間の味の薄い魔力じゃとこうはいかん」
こいつの言っていることが本当だとするなら。
つまり、この悪魔が出てきたのは俺のせいだということか。
「お前、冷静じゃのう。このワシと一対一で逃げられぬ状況じゃというのに・・・・・・どれ」
悪魔が肩の骨をぽきぽきと鳴らすと、俺の視界から一瞬にして姿を消した。
「消え──」
いや、違う! 後ろに殺気──
振り返ることもできず背中に激痛が走る。
「がっ・・・・・・ッ」
何が起こったのか認識すらまともにできす、目の前に物凄い勢いで結界が迫りくる。
俺は受け身の体勢に移り、口から血を吐きながらなんとか立ち上がる。
が。
後ろにいたはずの悪魔は、俺の目前にいた。
──速いとか、そういう次元じゃない。
「ノロいのぉ」
悪魔の素手から放たれようとしているのは、おそらく突きだ。
重い衝撃によって弾き飛ばされる覚悟で、刀を盾代わりにして狙われた腹部を守る。
「それでは、ワシの突きは防ぐことは無理じゃ」
キィン、鈍い金属音と共に刀身がへし折れ、悪魔の手が俺の腹部を貫通した。
「あ・・・・・・がっ、ふ・・・・・・っ」
口と腹部から、大量の血が流れ出て俺の視界が点滅する。
「ふむ。なんじゃお前、魔力も全然残っておらんし弱っちいではないか」
「ユウガっ!!!」
わたしは会場から飛び出てユウガの元へ行こうとするが、ギンジがわたしの両腕を抑えて邪魔をする。
「おい、ユア! 落ち着け!」
「離してよッ! ユウガが、ユウガが死んじゃうッ!」
わたしは無理やり解こうとするが、ギンジはそれでも離れようとしない。
「くっ、この・・・・・・ッ、あのバカみてぇに分厚い魔力結界をよく見ろ! あれは他でもねぇ、あの悪魔が張ったもんだ! あの悪魔が自分から解除するか、悪魔を無力化する以外に結界を解く方法はねェことは容易に想像できんだろが! こんなところで体力の無駄遣いしてる場合じゃねえんだよ! 今は自分のできることをやれ!」
「でもっ、でも、ユウガが・・・・・・ユウガが・・・・・・っ」
涙でぼやけたわたしの視界に映るのは、瀕死のユウガの姿。
刀を折られ、腹部には悪魔の手が貫通し大量の血が流れ出ている。
頭では、理解している。
修練剣しか持たないわたしが行ったところで、何もできることなんてない。
それでも、目の前でユウガが殺されかけているのに冷静になんていられるはずがない。
わたしのせいだ・・・・・・わたしがユウガに全部任せたから。
溢れ出る涙が、止められない。
なんて情けないのだろうか、自分という人間は。
こんなことになるくらいだったら、最初から出場を許すべきではなかった。
いつもそうだ。彼に辛いことを全部背負わせて、結局わたしは見てることしかできない。
わたしの・・・・・・わたしのせいで、ユウガが────
パァン。
強烈な音が鳴り響く。
一瞬、何が起こったのか理解ができなかった。
エリーナの平手打ちが、わたしの頬に叩き込まれたことに。
硬直状態のわたしの胸ぐらを両手で掴んで、エリーナは叫んだ。
「目を覚ましなさいよっ、このバカ!! あたしはユウガのことを信じてる! なのに────なのにッ、あんたがあいつを信じてやれなくて、どうすんのよ!!!」
エリーナは今までに聞いてことのないような怒鳴り声でわたしに言い放った。
エリーナの瞳には、涙が溜まっていた。
それでも、涙を一滴も流すことなく堪える彼女は、わたしなんかよりもずっと強くて、かっこよくて──
我に返り、自分のかっこ悪さに心底呆れる。
そうだ、その通りだ。
わたしが、ユウガを信じてあげなくてどうする。
今、わたしがするべきことは────
自分の涙を袖で拭い、エリーナの顔を見る。
「・・・・・・エリーナって・・・・・・たまに凄くかっこいいこと言うわよね」
「ふん、たまにってなによ。いつものことよ」
エリーナはわたしから手を離すと、自分も泣いてしまいたくなるくらい不安で仕方ないはずなのに、澄ました風な顔で言う。
今のわたしのすべきこと。
今の、わたしにできること。
わたしは周囲を見渡した。
観客は出入口で詰まって、避難は上手く進んでいない。
逃げ惑う観客に押しつぶされたのか、怪我をしている人達。
親とはぐれてしまったのか、泣き叫ぶ子供も一人や二人ではない。
学生たちも、代表であるわたしの指示を待っているのか付近に集まりだしていた。
わたしは大きく息を吸い込み、十分な声量で指示を出す。
「三学年は、観客の避難誘導を最優先! 四学年、二学年から医学知識のある者で医療部隊を結成し、この場で待機! 手の空いてる人は、観客から医療従事者をできるだけ多く集めて! それから──」
隣にいたギンジも不敵な笑みを浮かると、両拳を叩き合わせながら大声で言い放つ。
「っしゃあ! 緊急事態だ、北帝国の使えそうな奴らからも引き抜いて、あの結界を何とかするための特別部隊を結成するぞ! 修練剣しか持ってねェ奴は避難誘導、医療部隊に協力しろ!」
わたしは指示を出しながら、一瞬だけユウガのいる試合場の方に目を向ける。
ユウガ・・・・・・こんなことしかできないで、ごめんなさい。
でも、わたしは今できることを全部やるから・・・・・・ユウガを信じてるから・・・・・・。
泣きたくなる気持ちを必死に抑えて、指示を出す。
神様がいるなら・・・・・・どうか、ユウガを守ってください。
お願いします・・・・・・お願い・・・・・・。
誰か、ユウガを助けて────
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