第20話 特異系統

 俺とクレアルの刀が交わり、激しい火花を散らす。


 互いの力が反発し、俺たちは間合いの外へと弾き飛ばされた。


 その直後。


 狂気に満ちた笑みを絶やすことなく、クレアルが一直線に突っ込んでくる。瞬時に間合いを詰め寄るクレアルに対し、俺は刀を上段に構えてカウンターを狙う。


 クレアルの初撃を受けなければならないが、ここは寸前まで引きつける。


 それは、迎え撃つ瞬間のことだった。


 ──クレアルの斬撃を放つ位置が右斜め上から右斜め下に変わった。


 だ。さっきから何度も斬り初めの位置がありえない速度で変わっている。まずは、この訳の分からない状況を立て直すことから始めなければならない。


 俺は刀を上から下に叩きつけるようにしてクレアルの初撃を防ぎ、刀の上の飛ぶようにして左足から蹴りを入れる。


 クレアルが初めて苦痛に歪んだ顔を僅かに見せた。


 こいつ、格闘術を想定した戦闘には慣れていないのか。


 クレアルの刀を利用し、俺はそのまま自分の刀を弾いて上後方に飛び上がる。



 ────黒道流魔剣術こくどうりゅうまけんじゅつ炎天えんてんさん



 黒炎が放出されると同時に、いくつもの火炎玉となってクレアルに降り注ぐ。


 これほどの範囲攻撃なら躱すも防ぐも容易ではない。


 クレアルがどう対処するかを観察することで、何かわかることがあるはずだ。


 だが、クレアルは刀を前に突き出して動こうとしない。そして、〝クレアルに直撃しそうな火炎玉のみ〟が消滅する瞬間を今回は確かに視認した。


 弾いたわけでもなく、まるで事象そのものが無かったかのように。


 俺は空中で一回転してから間合い外に着地し、息をつく暇も与えずにクレアルに向かって駆け出す。


 一直線にではなく、わずかに斜めにずれた位置に向かって。


 今ので、斬撃の斬り初め位置を変える・魔力を消滅させる、この二種類の魔剣術は何通りか候補が出てきた。


 あとは、確定足り得る要素をクレアルから出させるだけだ。


 クレアルが俺の目論んだ位置へ誘導され、再び間合いに入る。


「・・・・・・ッ!」


 右斜め上から斬りかかってきたクレアルは、足を滑らせて体勢を崩した。


 クレアルの足元には、先ほどの俺が投げた砂と同じものがばら撒かれている。あのとき投げた砂とは別に、少しだけ撒いておいた。量が微量だったから、クレアルも気づかなかったのだろう。


 俺は体勢を崩したクレアルに、左から横一直線に斬撃を仕掛けた。


 ここだ、俺の推測が正しければ・・・・・・。


 クレアルが俺の放つ斬撃に対し、受けれるはずのない位置に存在していた刀を〝受けれる位置に〟もってきた。


 もはや、視認することなど絶対に不可能なほどの不自然な速さだ。


 あの崩した体勢から俺を遥かに上回る剣速。踏み込みのきかないこの状況下でそんなことができるとすれば、確定したと言っていい。


 あとは、もう一つの魔剣術のも暴くだけだ。


 クレアルの刀が俺の斬撃を受けきり、そこから斬撃の打ち合いが十を超えたあたりで鍔迫り合いが起こる。


 鍔迫り合いをクレアルが弾いて距離をとったが、俺はそのまま魔剣術を発動させて刀から大量の黒炎こくえんを出す。


 クレアルは刀を前に出したが、異変に気づいたようだ。


 残念だが、その炎はさっきまでの黒炎とは別物。


 俺の放った黒炎が今までとは違って瞬間的に消えることなく、渦を巻くようにしてクレアルの周囲の空気中に吸い込まれていく。


 そして、消えたと思った黒炎が吸い込まれた場所から内側から喰い破るようにして現れた。


 今、クレアルに向けて放った炎は〝魔力を喰う炎〟。今回は黒炎を大量に出して魔力の流れをこの目で確かめる必要があったとはいえ、一度にそれなりの量の魔力を消費した。


 でも、それだけのことをした価値があった。


 見破ったぞ、こいつの魔剣術・・・・・・!


 俺の出した特別性の黒炎がクレアルの周囲の魔力を喰い尽くすと、満足したかのように煙となって消えた。


 そのタイミングで、俺はクレアル目掛けて一気に距離を詰める。


 ここからは魔剣術をふんだんに使っていく必要がある。剣術では奴の方に分がある上、格闘術では決め手にかける。


 それに、さっきのような至近距離ではそう易々と使わせてくれはしないだろう。だが、クレアルの魔剣術を無効にするあの魔剣術。あれほど強力な魔剣術なら、使用後に硬直時間が生まれるはずだ。


 狙うは硬直直後、その一瞬の隙に最高火力で魔剣術を叩き込むしかない。


 俺は刀先から分裂させた爪の先程の黒炎を大量に放出して俺とクレアルの周囲にばらまく。


 ──黒道流魔剣術・影火蜂かげひばち


 これなら、魔剣術を使用せざるを得ないはずだ。その後の一瞬の硬直状態で勝負を決める。


 クレアルが俺の予想通りに魔剣術を使用し、黒炎を全て消した。


 俺は足に力を入れて勢い良く踏み切り、加速する。が、クレアルがそれを予測していたかのように腰を低く落とし、下から上に突き上げるかのような鋭い蹴りを入れてきた。


 俺は回避しきれず脇腹に直撃を受ける。


「ぐぅ・・・・・・ッ!」


 さらにクレアルが体を捻るように回転させて刀を持ち替え、俺に向けて刀を突き出す。


 まずい。


 これは、回避しきれないッ!


 俺は急所から外れるように自分の重心を傾け、心臓から左肩にクレアルの命中先が逸れる。


 苦し紛れに刀を右斜め下から降り上げるが、クレアルが避けるように後ろへ引いた。


 クレアルが間合い外に出ると同時にさらに俺も距離を取る。俺の左肩からは痛みと共に、破れた制服の間から覗かせる真っ赤に染まった傷口から出血量が確認できた。


 このくらいならまだ戦える・・・・・・が、急いで血は止めた方がいいだろう。あまり血を流しすぎると決勝にも影響が出てくる。


 制服を脱いでから刀で少し切り取り、半袖の黒シャツを肩までまくって傷口に巻きつける。


 衛生的にあまりいいとは言えないが、一先ずはこの状態で試合を続行するしかない。


 クレアルは俺の応急処置を待っていてくれたのだろうか、終わった途端に話しかけてきた。


「ふふっ、僕が格闘術は苦手だとか思いました? ブラフに決まってるじゃないですか、より重い一撃を与えるためのね」

「自分の左脚、よく見てみろよ」

「おや?」

 クレアルの左脚の太股部分には、白い制服に真っ赤な血が滲んでいる。


「なるほど。最後の斬撃は当たっていた、と・・・・・・やってくれますね」


 クレアルは痛みなど感じていないかのような素振りで話している。


 最初の俺の蹴りを食らったときに見せた苦痛の顔も芝居だったという訳か。


 どこまでも厄介な奴だ。


「・・・・・・お前の魔剣術。その正体は──、ってところか」


 魔剣術の系統は、細かく分ければ何百という数に達する程、多種に渡って存在する。

 そして、その中でも稀に〝特異系〟と呼ばれる現代の研究でもほとんど解明されていない系統がある。


 クレアルの魔剣術が特異系統なら、これまでの全ての説明がつく。


「・・・・・・根拠をお聞きしましょうか」


 クレアルは俺の言葉に対して全く動揺していないように見えた。自分の魔剣術が仮に暴かれていたとしても、絶対に負けることはないという自身の裏付けか。


「まず一つ目。お前の斬撃はどれも異常な速さだったが、その中には〝明らかにおかしい動作〟がいくつか含まれていた。現実的に不可能、世の理そのものを捻じ曲げている・・・・・・そんな奇妙なこと可能にするのは、魔剣術でも簡単なことじゃない。この時点で特異系統の魔剣術、それも空間に作用する魔剣術・・・・・・つまり、刀で斬り初めの位置を空間を捻じ曲げて変えていたことに目星をつけていたが、一つ疑問が残った」


 俺は先程の奇妙な動きを頭の中で思い出しながら、話を続ける。


「お前はあくまで刀を振り終えた、もしくは弾かれた後、次の斬り初めの位置を変えていただけだ。斬撃そのものは真っ直ぐ俺に向かってきていた。なぜ、肝心の斬撃が当たるタイミングで魔剣術を使わないのか。理由は至極単純、空間を捻じ曲げると言っても、それができるのは自分の持っている刀の周りの空間のみ、他の物体周りの空間に干渉しようとすると空間の歪みそのものが元に戻る・・・・・・そんなところか」


「なるほど。では、二つ目の方もお聞きましょうか」


 俺の推測が合っていたか確認することもなく、残ったもう一つの魔剣術についても解説を促してきた。俺は淡々とした口調で続ける。


「二つ目。最初は空間を歪ませることによって魔力を粒子状に拡散し、魔剣術によって放出された現象の原型を崩す・・・・・・そんなものだろうと思っていた。だが、さっきの魔力を食う炎は一瞬消えはしたが、原型を留めたままの状態で魔力を食いながら出てきた。そこから導き出される答えは一つ、〝外気に触れた魔力を異空間に吸い込む〟。これが、お前のもう一つの魔剣術の正体だ」


「・・・・・・なるほど。素晴らしい分析と状況判断能力です」


 クレアルの顔に、初めて動揺の色が見えた。


 正直、魔剣術自体はとんでもないが、カラクリがわかればそれほど驚くことじゃない。他の物体に直接的な影響を及ぼさないのであれば、必要以上に恐れる必要もない。


 だが、あいつの場合は話が別だ。剣術の技術レベルが高すぎる。


 さっきの動きからして、相当格闘術にも長けているのだろう。


 加えて、魔力を異空間に吸い込む魔剣術の硬直時間も想像していたより遥かに短い。


 それだけじゃない、あいつの刀は妖刀・サレリウス。あの刀は少量の魔力を何倍も増幅して放出できる刀だと、本で読んだことがある。


 だが、そんな強力な刀が曰く付きでないわけがない。精神汚染、禁断症状、自我崩壊・・・・・・妖剣や妖刀には、黒い噂がいくつも付き纏っている。


 あいつは、それらの危険を覚悟の上でここに立っているんだ。


 このまま戦っていたら、決勝で戦える力を残すどころか下手したら負ける。


 となると、俺に残された選択肢は一つだ。


 俺はゆっくりと刀を持った右腕を真っ直ぐに伸ばし、クレアルのいる逆方向に刀先を向ける。


 できれば決勝までとっておきたかったが、やむを得ない。ここで変に食い下がって負けでもしたら全てが水の泡だ。


「なんです、その構えは・・・・・・?」


 クレアルが刀を構え直し、警戒体勢をとった。


 だが、その行為は意味を成さない。


 なぜならこれはからだ。


「クレアル・リヘルダル、確かにお前は強い。魔剣術使を相手とした一対一の戦闘では、もしかしたら最強かもしれない。・・・・・・だが、それでも俺は負けるわけにはいかないんだ」


 俺は息を吸い込み、少し大きな声でクレアルに伝える。


「忠告する。これは魔剣術ではない。大人しく降参するか死ぬか、自分で選べ」


「降参・・・・・・? まさか、どんな理由があってもしませんよ」

「・・・・・・そうか」


 殺す、という俺の脅しを知ってか知らずか。この力は危険だが、使い方次第では相手を殺さずにすむことができる。


 俺は静かに息を吐き、全神経を刀に向ける。外部からの情報が一時的に遮断され、感じられるのは自分の中から溢れるように湧いてくるだけだ。


 殺意と言っても、殺しはしない。


 心の奥底に潜む負の感情を、刀に流し込むだけ。


 ゆっくりと、心の中で語りかける。


 黒焔(くろほむら)、力を貸し────


 その瞬間、クレアルと目が合った。


 クレアルは、笑っていた。心の底から、嬉しそうに。


 それでいて、どこか悲しそうに。


 その笑顔はまるで────


 そして、その直後。


 俺は、クレアルという少年が。


 俺に何を期待し、戦いの果てに何を期待しているのかを、理解してしまった。


 そして、俺の記憶の蓋が開かれていく。


 そうだ、なんで今まで忘れていたんだ。北帝国と言えば、あの実験の・・・・・・。


「どうしました? はやく見せてくださいよ、ほらっ、はやく!」


 ・・・・・・年齢的にも、合致する。


 仮説でしかない。それでも、もしこの仮説が真実なのだとしたら。


 俺は、こいつを──


「・・・・・・やめた」

「?」


 俺は一度刀を下げてから、上段構えに移った。


「・・・・・・覚悟しろ、クレアル・リヘルダル」


 なぁ、クレアル──


「俺は、お前を──」



 俺は、お前も────助けてやりたいと、思ってしまったんだ。



「全力で、倒す!!」

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