第19話 お前は何者だ

「はぁ、疲れた」


 一回戦を終えた俺は、控え室の真ん中に置かれた粗末な椅子に腰をかけた。


 控え室の壁に掛けられたモニターで次の試合を観戦しながら、ほんの少しの間だけ休憩をとることができる。本来ならここで敵の戦いを見つつ戦略を練るのだが、今回はそういったことはできない。


 俺の出る試合以外では、諜報員たちが試合を棄権するはずだからだ。


 モニター越しに二回戦で戦う俺の対戦相手を確認する。


「あいつは確か、美術館で会った・・・・・・」


 ある程度予想はしていたが、やはり北帝国軍幹部だったか。

 それだけじゃない。ここで出してくるならおそらく、北帝国軍の主力であることは間違いないと見ていい。


「名前は・・・・・・クレアル・リヘルダル?」


 どこかで聞いたことのあるような名前だ。美術館でも、俺のことを知った風な口をきいていた。


 もしかすると、俺が忘れているだけで本当に会ったことがあるのか?


 いや、あんな奴は一度でも会ったことがあれば忘れるはずがない。


 昔会ったことがある訳ではない。それ以外での、あいつとの接点・・・・・・。


「考えても仕方ないか」


 モニター内で諜報員が予想通り試合を棄権し、ほぼ自動的に俺の二回戦の相手が決定する。


 俺は続けて残った二試合で北帝国側の二名を確認する。


 リーバ・オルソとマルク・ハーソン・・・・・・この二人のどちらかが俺の決勝の相手。


 いや、それを考えるのは二回戦に勝ってからだ。今は目の前の相手に集中するのみ。


 一回戦とは違い、二回戦からは登録剣以外の戦闘補助物を二種類まで使用が認められている。補助物とは言っても、明らかに武器と判断されるようなものは禁止。剣術大学校の理念に基づき、研究内容と関連性のある物を持ち込むのが一般的だ。


 しかし、俺はそんな物を普段から常備していたわけではない。


 慣れないことを急に本番でやろうとしても、相手に余計な隙を与えるだけだ。


 だから、俺は誰でも使える実用的な物を一つ、もう一つは使うかわからないお守りのような物を選んだ。


「そろそろだな」


 俺は立ち上がり、控え室から試合会場へと続く通路に歩みを進めた。






 俺が姿を見せると同時に、歓声が湧いた。


 てっきりブーイングでもされるのかと思っていたが、そういう訳でもないらしい。


 階段を上り、試合場に足をつけると同じように対戦相手のクレアル・リヘルダルが俺の前に出てくる。


「美術館以来だな」

「ふふっ、またお会いできて光栄です。・・・・・・黒道優雅さん」


 クレアルは当然のように俺の本名を口に出す。


 やはり、こいつは俺のことを知っている。


「それ以前に、どこかで会ったことがあるか?」

「さあ、どうでしょうねぇ・・・・・・ふふっ」


 相変わらず不気味な笑みを浮かべつつ、まだ試合開始前だというのに一瞬の隙も見せない。


 一回戦で苦戦せず勝てたのは、フリズが俺の正体を知らなかったからだ。


 この男は、実力も持ってる情報量も比べ物にならない。激戦を覚悟する必要がありそうだ。


 それに、こいつなら今回の事態の真実を知っている可能性が高い。


 ダメもとでも、聞いてみるに越したことはないだろう。


「一つ、聞いておきたいことがある」

「ええ、どうぞ」


 クレアルは表情を一切変えることなく、意外にも俺の質問に寛容的な様子だった。


「お前たちの本当の目的はなんだ? なぜ俺たちをそこまでして欲しがる」

「さぁ? そんなこと、どうでもいい上に興味もありませんよ」

「・・・・・・」


 興味がない、というよりも守秘義務が課せられているように感じる。王女殿下が言っていたことが全て本当だとするなら、軍事力強化が目的なのだろうか。そんなことのために、こんな回りくどいやり方をあの北帝国が選ぶとは考えづらいが。


 疑問は残ったままだが、もう少し具体的な質問に移ることにした。


「じゃあ、質問を変える。諜報員が四学年にはいない理由は、計画が俺たちの入学後に立てられたものだからか?」

「・・・・・・どうでもよくないですか、そんなこと」

「応えてくれたなら、本気で戦ってやるよ」


 ピクリと、クレアルの耳が僅かに動く。


 すると、先程とは打って変わって、口を動かし始めた。


「・・・・・・その通りです。まあ、諜報員を紛れ込ませたところであなたの近くに三年間もいれば、正体に気づかれる恐れもあったからでしょうね。これは、僕の個人的感想ですが」


 どうやら、クレアルから見た俺の評価は随分と高いようだ。俺以外にも諜報員に気づきそうな奴は今の四学年なら何人もいるが。


 それに、下級生たちにだって十分疑い深く実力のある奴はいる。それにも関わらず、当然のように諜報員たちが最後まで欺き実力で三人揃って剣術祭に出場とは、その三人も相当腕が立つと見た。


「貴重なはずの実力ある魔剣術使を敵国の剣術大学校に何年も置いておくなんて、天下の北帝国サマは随分と軍事力に余裕があるみたいだな。俺たち東都剣術大学校の学生なんて必要ないんじゃないか?」

「貴重なはずの戦力・・・・・・? まさか、諜報員たちのことですか? あの程度なら、北帝国軍にはゴロゴロいますよ。それに」


 クレアルは、不気味な笑みを浮かべる。


「例え正体がバレても、捨て駒には自害させれば何も問題はないでしょう?」


 鎌をかけてみたつもりだったが、こいつ・・・・・・。


「それにしても、まさか本当に特殊暗殺部隊屈指の実力者であるアナタとこんな形で剣を交えることができるとは。何か、心境の変化でもあったんですか?」

「人を殺し続けてきたのは事実だ。今さら、否定する気もない」


 クレアルは、まるで俺のすべてを知った風な口調で話しかけてくる。


 だが、いくら俺の過去を知っていようが、そんなことで揺らぐような決意ではない。


「それでも、俺は自分に誓ったんだ。剣術祭で優勝して、この学校に通う全ての学生を守ると。お前たち北帝国には一人として譲る訳にはいかない」


 クレアルは一瞬、目の端を痙攣させた。


 しかし、その顔色に動揺の色までは見えない。

 

「ふふっ、なるほどなるほど。まさかそのような事を言い出すとは、少し想定外です・・・・・・。つまり、あなたはここで始末しなくてはならない、と」

「そういう事だ。やってみろよ」


 クレアルは不敵な笑みを浮かべると、異常なまでの殺意を纏う。


「もしかしたら、あなたとは分かり合えるものがあると期待していたのですが・・・・・・いいでしょう。ここで、僕があなたを殺してあげますよ」

「笑わせるなよ、最初からそのつもりだろ」


 やはり、俺の感は間違っていなかった訳だ。


 ずっとあいつに抱く、この不快な感情は何なのか考えていた。


 こいつは──昔の俺だ。


 特殊暗殺部隊の皆が死んで、東都剣術大学校の仲間と出会うことなく壊れてしまった俺だ。


 肌で感じる。こいつの強さは、今まで俺が戦ってきた北帝国軍大佐とは次元が違う。


 だからと言って、そんなことが負けていい理由になるはずもない。相手が過去の自分と重なる奴なら尚更だ。


 どんな手段を使っても、勝つしかない。


 もう過去からも未来からも逃げない、そう決めたんだ。


 電子掲示板に表示されていた試合開始までの秒数がゼロになり、勝敗判定ロボのブザーが鳴り響く。俺とクレアルはそれを耳にしたときには既に一直線に走り出し、互いの間合いに踏み込んでいた。


 互いの斬撃が初撃から限界速度に達し、一瞬にして嵐にも似た乱撃が始まる。


「く・・・・・・ッ」

「ほらほら、どうしましたぁ? 皆を守るんでしょう? もっと頑張ってくださいよォ」


 徐々に、しかし確実に俺の刀が押されていく。


 左斜め上、右下、上段、持ち替えて左・・・・・・こっ、こいつッ、太刀筋が無茶苦茶すぎる! 次の動作が全く予想できない! このままでは、いくら剣速が同じでも押し切られる!


 瞬時にそう判断した俺は、僅かに魔力回路に意識を向けて刀から黒炎こくえんを放出する。


「おっと」


 燃え移ることを危惧したのか、クレアルは魔剣術を使うこともなく後ろに飛び移り回避した。


「これが黒道こくどう流剣術・・・・・・素晴らしい、素晴らしいです! 噂通りの強さ、嬉しいですよ僕は!!」

「お前・・・・・・一体、何者だ」


 クレアルは余裕そうな笑みを崩そうとしない。


「おやおや、僕のことをご見聞にあられないとは・・・・・・これでも一年前くらいに少しだけ話題になった気がするのですがね」

「一年前・・・・・・?」


 そして、ようやく俺の記憶の片隅で突っかかっていたものが取れた。


 そうか、こいつは。


「思い出したぞ。一年前に、わずか十四歳で北帝国軍大佐に就任した・・・・・・」

「クレアル・リヘルダルです。以後、お見知り置きを」


 十四歳で大佐・・・・・・それも、最年少で北帝国軍の主戦力となった男だ。


 俺の顎から、一滴の汗が零れ落ちる。


 それだけじゃない、こいつの刀・・・・・・妖剣・レディウスと対を成す妖刀・サレリウス。


 まさか美術館でも拝めない実物をこの目で見れる日が来るとは。


 もっとも、その刃が俺に向けられることなど全く望んでいなかったが。


 長期戦に持ち込まれるのはまずい。それに、ここで力を出し切るわけには行かない。


 先手を取るため、俺は先に動いた。


 クレアルは隙を崩すことなく俺の様子を探っているようだが、これは俺にとっては好都合だ。


 俺はズボンのポケットに仕込んでいた〝砂〟をクレアルに向けてばら撒く。


「これはまた、古風な」


 クレアルが自分の視界全体に広がる砂に意識を向けるが、それを避けようともせずに構えも崩さない。目をつむり、俺を位置を他の感覚器官で探っている。


 かかった。この砂は単なる目潰しのために放ったわけではない。


 俺は刀で砂を叩き、クレアルに直撃させた。


「これは・・・・・・ッ、ただの砂じゃない!?」


 クレアルが気づいて目を開いたがもう遅い。


 俺は刀から黒炎を出しながら、一気に加速する。


 ──黒道流魔剣術・死炎楚火しえんそか


 黒炎がクレアルを渦のように小さく囲み、一気に縮小する。


 クレアルに当てたのは引火性の強い砂だ。


 これなら、魔力消費もかなり抑えられる。


「初めて見ました。こんな砂があるのですね」


 クレアルが黒炎の渦を何事もなかったかのように発散し、周囲に吹き飛ばした。


 吹き飛ばした・・・・・・いや、〝消した〟と言う表現が近いか。


 俺はクレアルの初撃を躱して、次の斬撃に移る前に横に回避する。


「ふふっ、逃しませんよ」


 クレアルが詰めてくるが、俺は斬撃の間をすり抜けて間合いから離脱する。


 クレアルは何かに関心したかのように薄く微笑み、俺を見て目を細めた。


「見たことのない動きですね。それも、黒道流ですか?」

「・・・・・・お前、よく喋るな」

「ふふっ、お話するのは好きでしてね」


 なんだ、今の違和感は。俺の魔剣術は確かに奴を捉えたはずだ。それなのに手応えが全くないどころか、奴の制服の端すら燃えていない。


 考えられるのは二つ。一つは外部からの干渉・・・・・・だが、この可能性はおそらく低い。勝敗判定ロボが故障でもしていない限りは、外部から何らかの干渉は反則とみなされ警告音が鳴るはずだ。


 それに、クレアルの性格的にもそんなことを望むとは考えづらい。


 二つ目は魔剣術の使用だが、この線が一番濃厚だ。最初の乱撃の際にも少しだけ感じた違和感。


 多分、もう既に何度も使用しているはず。


 だとすると、系統はなんだ? 普通の魔剣術ではない、少なくとも俺が知っているどの魔剣術とも合致しない。これでは、戦略の立てようもない・・・・・・まずはそれを暴かないことには、戦いの土俵にすら立つことは難しい。


 俺が今手に入れた情報で新たな作戦を練っていると、クレアルが話しだした。


「言い忘れていましたが、今回の剣術祭で我々が勝利し、あなたを含む東都剣術大学校の全学生が北帝国に引き渡されれば、五体満足で東王国に無事帰れる保証は誰一人ありません」


 何を今更、分かりきったことを。


「わかってるさ、そんなこと。だから俺が今、こうして戦ってる」


 クレアルはまたも不気味な笑みを浮かべた。


「ですよねぇ。でも、僕の想像していた黒道優雅さんはもっと荒々しく攻めてくる戦い方をすると思っていたので、そろそろ本気を出してもらおうかと」


「それは勝手なお前の想像だろ。俺はずっと本気だ」


「これは失礼。決勝に向けて魔力と体力の温存とか馬鹿なこと考えてるのかと思ってしまいましたよ。ふふっ、あなたに本気を出してもらわないと、わざわざこんなところまで来た意味がない。手を抜かれた状態でうっかり殺してしまっては興冷めですからね」


 クレアルの笑みが腐ったような下卑た笑みに変わった。


「ところで、美術館のときにお隣りにいた美しいお姉さんはお元気ですか? 確か名前は・・・・・・ユアさん、でしたっけ」

「・・・・・・・・・・・・本当に、よく喋るなお前」


 クレアルがニタニタとおぞましい笑顔で愉快そうに話しを続ける。


「ふふふふふっ、なんて深く濃い殺気! これです、これを待っていたんです!! 今決めました! あなたを殺した後は、あなたの大切な人たちも一人残らず殺してやりますよ!」


 俺は怒りと殺意を内にしまい込み、頭の中を冷静に落ち着かせる。


 ここからは魔力消費が増えていく。ここで冷静さを失ったら相手の思う壺だ。


 頭ではわかっている。クレアルだって俺に全力で戦ってほしくて言っただけだ。


 それでも、あんなことを言われて黙っていられるほど俺も大人じゃない。


「いつまで妄想に浸ってるつもりだ変態糞野郎。それは俺を殺せたらの話だろ・・・・・・いいから、かかってこいよッ!」


「あぁ、言葉遣いが悪くなっていますよ黒道優雅さん・・・・・・そんなあなたも、最高ですッ!」


 俺とクレアルの刀が交わり、再び激しい火花を散らす。

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