対決編

 王都への侵入は速やかに進んだ。都内にいた『七転び八起き』のメンバーたちがアシストしてくれたのだ。


 正確には『七転び八起き』の元メンバーたちが、である。カナヤマ店長の古巣はウティカさんが王になってほどなく反逆の疑いを掛けられ壊滅の憂き目に遭っていたのだ。


 多くの冒険者が処刑され、僅かに生き残った者もスラムへと追い立てられた。


 彼らサバイバーは口を揃えて言う。ウティカは変わってしまった、と。ヨウコさんは悲しげにうなずき、トーボエィ氏はちっと舌打ちをする。カナヤマ店長は何も言わない。何も言わずにぽりぽりと頭をかくだけである。


 下水道伝いに王宮内に忍び込むと、そこはウティカさんが召喚したとおぼしき魔獣の巣窟となっていた。


 三人の臭いを嗅ぎつけて駆け寄ってくる雪山の魔犬グレートマウンテンドッグ。「ヨウコさん、牛の骨だ!」かむかむはみはみ。


 三人の足音を聞き咎めて忍び寄る森の魔猫ノルウェージャンフォレストキャット。「トーボエィくん、またたびだ!」あむあむごろごろ。


 恐るべき魔獣の追跡を勇気と知恵で躱した三人は、そのまま謁見の間へと全力疾走する。


「ウティカさん!」「ウティカ先輩!」「暴力事務員魔王!」


 彼女は玉座の前に立ち、冷ややかに三人を見下ろしていた。


「まさかこんな少人数で来るとは思っていませんでした。わたしのことを侮っているんですか? あるいは話し合いに来たとか」


「そうだよ。あの優し…くはなかったけど、優秀だった君がどうしてこんな恐ろしい真似をしたのか、その理由を聞きにきたんだ」


「……相変わらずつまんないですね、てんちょは。まぁでも良いです。世界の半分あげるんで、わたしのところに来ませんか?」


「ぼくにそんな能力がないことは君だって知ってるだろ」


「後ろの二人は?」


「わたしが欲しいのはそんなものじゃありません」

「生憎あんたの世迷言を聞く耳はもっていなくてなあ」


「では、交渉決裂ということで。あとはもう、わかっていますよね?」


 ウティカさんはすっと立ち上がって、戦う構えを見せた。二刀流ではない。二刀流の攻撃的事務員オフェンシブクラークとして名を馳せた彼女が佩いている剣は一本きり。抜刀もせず、代わりに羽ペンと帳面を掴んでいる。


「事務員二刀流無双剣、参る」


「ヨウコさん!」


 カナヤマ店長の合図で、ヨウコさんがボウガンの矢を放った。ここ数年、事務の傍ら磨きに磨いた射撃の腕は折り紙付きで、ウティカさんの胸へと真っすぐに向かっていく!


 ウティカさんは帳面からちぎった紙切れを矢にかざす。たかが紙切れで。矢を防ぐことなどできようはずもない。と思いきや――。


 ガキイイイン!


 すさまじい衝突音とともに、矢がはじかれる。鉄の盾よりもなお堅牢な紙には『絶対防御』と書かれていた。


「無謬――」


 カナヤマ店長が呟く。探偵士を極め『無謬』を習得したウティカさんが『絶対防御』と書けば、それがたとえ紙であっても矢を防ぐ無敵の盾となるのである。


 ボワア……。


 もちろん所詮は薄い紙である。無謬との矛盾に耐えきれず、矢をはじくとともに燃え尽きてしまう。


「今だ!」


 すかさずトーボエィ氏がつっかけた。ウティカさんはしかし、右手を素早く動かし、トーボエィ氏が身につけていた左籠手になにごとかを書いた。


「動けん! なんでだ!」


 トーボエィ氏の左籠手には『不動』と書かれていた。ウティカさんは続いて仕掛けようとしたカナヤマ店長に向かって剣を抜く素振りを見せながら、不敵に微笑んだ。


「鉄壁たる帳面、不可避の羽ペン、故に二刀。それらをくぐり抜けたとしても、わたしはまだ必殺の剣を残している。故に無双。事務員二刀流夢想剣に、敗北はない」


「くっ」


 カナヤマ店長はトーボエィ氏の左籠手の止め紐を切って、彼を窮地から救うと、一旦ウティカさんと距離を取った。


(どうしますか?)


(俺はやれるぜ)


(わかった。なら、手順は今と同じ。息を合わせていこう!)


 うなずき合い、再びヨウコさんがボウガンの矢を放つ。今度は立て続けに二射。ウティカさんには遠く及ばないものの、ヨウコさんも二回までの精密射撃ならばマスターしていたのだ。


「チッ」


 『絶対防御』の紙片で防げるのは一射のみ。ウティカさんは身を翻して何とか二射目を回避する。


「隙あり!」


 そこへトーボエィ氏が仕掛ける。が、ウティカさんの羽ペンが何とか間に合い、右籠手に何かを書き付ける。


「やっべえ!」


 本能的な恐怖を感じて、トーボエィ氏は攻撃を中断。右籠手の縛り紐を切りにかかる。刹那、右籠手が爆散し、トーボエィ氏は激しく吹き飛ばされた。爆発――それが、ウティカさんの書き文字だった。その威力はすさまじく、書いたウティカさん自身も吹き飛ばされてしまう。


「ウティカさん!」


 そこへカナヤマ店長が走った。刺し違えてでも良い。ウティカさんを止めなければ。決死の思いとともに、剣を突き立てる――。


 カナヤマ店長の剣がウティカさんの胸に深々と突き刺さる。しかし、ウティカさんは彼と差し違えるための剣をついに抜こうとはしなかった。


「やっと……ここまで来てくれましたね」


「ウティカさん?」


 カナヤマのギルドの元事務員は、彼の言葉には応えずに柔らかに微笑む――微笑みながら、呪文を詠唱する。


「魔王ウティカの血肉を贄として捧ぐ。異世界の門よ、開け」


 ゴゴゴゴゴ……。


 地鳴りのような音とともに、王座の上の空間が断裂する。


「ありゃなんだ!」「召喚魔法ですよ!」「いや、これは召喚魔法じゃない」


「「ギルマス?」」


「……ウティカさん、君はひょっとして」


「やっと気づいたんですか? てんちょって、本当に鈍感ですよね」


 カナヤマ店長の胸の中で、ウティカさんがまた笑った。


クソ野郎会えて良かった


 それが、この世界でカナヤマが聞いた最後の言葉となった。


 確かにウティカさんが詠唱したのは召喚魔法ではなかった。逆に、異世界への門を開き、そこへ己の世界にあるものを送り込む転移魔法だったのだ。

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