隠遁編

 ――二年後。


 自らが経営するギルドをまたたくまに世界有数の規模まで拡大したものの部下たちに裏切りに遭いギルドから追放され隠遁生活を余儀なくされたこと以外に取り立てて特徴のないギルドマスター・金山カナヤマ文史フミフミは、その日も穏やかに遠くの空を眺めていた。


 ウティカさんがカナヤマのために用意してくれた退職金は桁を二つ間違えたのではないかと思うぐらいの額であった。


 それでカナヤマは、隠遁先の村に「冒険者復活支援センター」という名前のギルドを設立した。怪我、病気、老化など様々な理由で今までのようにクエストに挑めなくなった者たちのために、冒険に必要なスキルを学び直しながら比較的易しいものを中心にクエストに再挑戦させることを主眼としたギルドだった。


 経営は順調とはいかず、退職金の利回りで埋め合わせて何とかという状況が続いていたが、カナヤマは満足していた。自分にはウティカさんのような才能はない。こうやって細々とやっていくのがちょうどなのだ、と。


 そのウティカさんからは、一度だけ手紙が届いた。「王国公認のギルドになりましたよ」とか「今更ながら資格取得休暇を取得することにしました。探偵士のスキルを極めます」とか「それでてんちょは相変わらず一生そこで燻り続けるんですかね」とか。いかにもウティカさんらしいなと、カナヤマ店長は笑う。


「あーもう、またこんなとこで日向ぼっこして。ギルマスもちっとは事務仕事を手伝いやがれっての」


「アッハイ」


「それより罠外し講習会の手伝いをしてくれねーか、ギルマスさんよ。俺は守備的戦士ディフェンシブファイターが本職なんだからよー」


「アッハイアッハイ」


 左右からカナヤマ店長に詰め寄ってきたのは、ヨウコ・レインボーさんとイヌーノ・トーボエィ氏だ。彼らはカナヤマが「冒険者復活支援センター」を立ち上げてほどなく、ウティカさんにカナヤマの手伝いをすることを命じられてここに来たのだ。


 田舎の時間はゆっくりなようで気を抜けばあっという間に流れていく。


 ――そのまた一年後。


 『七転び八起き』が国王の命令を受けて、テロ組織を討伐したとのニュースがカナヤマの住む田舎町にも届いた。先頭に立って戦う二刀流の攻撃的事務員オフェンシブクラークの活躍ぶりには町民たちも大いに沸き立っていた。


 田舎の時間はゆっくりなようで気を抜けばあっという間に流れていく。


 ――そのまた一年後。


 『七転び八起き』はついに王国公認の軍組織となった。ウティカさんの身分は将軍というわけだ。二刀流の攻撃的事務員オフェンシブクラークが将軍になったからには王国も安泰だと、町民たちも大いに沸き立っていた。


 ――そのまた一年後。


 外敵との闘いで大功を挙げたウティカさんはついに大将軍となった。これで王国の軍権の過半は彼女のものとなった。


 ――そのまた一年後。


 外敵との戦いで疲弊した王国に革命が起きた。大将軍ウティカは、王族を拘束、監禁するや否や、外敵との間に有利な条件での和睦を実現させた上で、衆民に「我は王たるや?」と問いかけた。答えは万雷の拍手であった。民に選ばれし王ウティカ誕生の瞬間であった。


 ――そのまた一年後。


 王国は疲弊していた。外敵との戦いで疲弊した国土復興のためにと称して、民に選ばれし王ウティカは衆民に重税を課したのだ。国力を度外視した重税。しかし、探偵士を極めた彼女は『無謬』を習得している。


 『無謬』は本来であれば正確で誤りのない推理を自然と行うパッシブスキルである。しかし、王国の最高権力者であり事務員マスターの彼女が文書作成に用いればどうなるか――。


 答えはそう。絶対不可侵、拒絶不可能な命令となるのである。


 王はさらに召喚術に異常な興味を示し、領内に住む召喚魔術師を次々と拉致。都に監禁し日夜怪しげな研究に耽り始めた。


 王国の疲弊を知った外敵は、これが好機とばかりに和睦条約を破棄して王国に攻め込んだが、その軍兵は(彼らを解放者と迎え入れる王国民ごと)王が呼び出した異世界の魔獣によって焼き尽くされたのだった……。


 いつしか彼女は魔王と恐れられるようになった。


 田舎町でしがない冒険者ギルドを経営していること以外に取り立てて特徴のないギルドマスター・金山文史は、その日も静かに遠くの空を眺めていた。


「戻ったぜ、ギルマス」


 走ってきたのだろう。イヌーノ・トーボエィ氏は息を切らせながら、カナヤマ店長の前に姿を現した。


「お疲れッス」


 ヨウコ・レインボーさんがそう言いながら水の入ったお椀を渡す。


「どんな感じだった?」


 これはカナヤマ店長の声。トーボエィ氏は首を横に振る。


「厳重なんてもんじゃないぜ。都に入るだけでも一苦労だった」


「ウティカさんの顔は見た?」


「遠眼鏡でちょっとだけな。随分禍々しい顔つきになってたぜ」


「禍々しい顔つき、か」


 カナヤマ店長はもう一度青空を見る。そうすれば、出会ったときに一度だけ見せてくれたあの満面の笑みを思い出せるというように。


「ヨウコ・レインボーさんはまだウティカさんのこと好きかい?」


「すすすす、好きって、いやその、尊敬はしてますよ。今だって、まだ」


「イヌーノ・トーボエィくんまだウティカさんのことが嫌いかな」


「俺の片耳をこんな風にしたヤツだぞ! 好きになれるわけないだろ!」


「オーケー、わかった。なら、彼女に会いに行こう」

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