第9話 デート……デート?

「~~♪」

「……ご機嫌だな」


 鼻歌まじりに後ろを付いてくるユリウスを見て、シルヴィエは少し呆れた声をだした。


「だって、まさか貴女とこうして城外を歩けるなんて思ってなかったから」

「いいのか、護衛もなしに第一王子がふらふら出歩いて」

「大丈夫。実は何度も城を抜け出したこともあるんだ。こう見えて私は水魔法が得意でね、暴漢程度にそうやられたりはしないさ」


 ユリウスはそう言って、自信満々にドンと胸を叩いた。


「へ、へえ……?」

「あ、信じてないのか? 家庭教師の先生も褒めてくれたんだ」

「そうだったね……あ、いや、そうか」

「ああ、だから気にしないでいい」


 そんなことを話ながら、城下すぐのお屋敷のエリアを抜け、二人は街に入った。

 通りには商店が建ち並び、人々や馬車が行き交っている。


「うん、この雑多な雰囲気……やっぱりいいな」

「ああ、人の営みという感じがする。この風景を守ってくれた魔王討伐隊の皆には感謝しなくては」

「いやいや、なんてことは……ごほん、そうだね」


 シルヴィエは思わず謙遜しそうになって、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。

 その間に、ユリウスは何故だか早足にズンズンと前に進んでいく。


「ほら! 焼き肉の屋台だ。いい匂いがすると思った。リリーはお腹が空いてないかい?」

「ああ、昼食はこれからだ」


 どうせならここで済ませてしまってもいい。

 ユリウスの顔には大きく「食べてみたい」と書いてあるし、とシルヴィエは屋台の列に並んだ。


「豚の串を二つ、それから揚げパンも」

「はいよ。綺麗なお姉さんにはおまけもしちゃおう」

「ありがとう」


 てきぱきと注文をするシルヴィエを見て、ユリウスは目を丸くした。


「慣れてるね、リリー」

「別に、こんなの普通だろう」


 そんなことを言っているシルヴィエだが、屋台での買い物は魔王討伐の旅すがらカイから学んだのだった。


「おいしそうだ」

「……普段からもっといいものを食べているだろうに」

「それとこれとは別さ。こんなジュウジュウと音を立ててる肉なんて初めてだ」

「なら冷めないうちにどうぞ」

「ああ!」


 ユリウスはがぶり、と串に食らいついた。

 その横でシルヴィエも肉にかぶりつく。


「熱い!」


 焼きたての豚肉は噛むとじゅわっと肉汁が滴り、口の中いっぱいに広がっていく。

 少し甘酸っぱいソースが肉に合う。


「美味い……。リリーこの揚げパンも絶品だ」


 サクサクに揚げられたパンは表面はカリカリで中はふんわりとしている。


「これはな、こうして食べるともっと美味しい」


 シルヴィエは揚げパンの真ん中を裂くと、そこに串から外した肉を挟んだ。


「ほれ、食べてみろ」

「あ、ああ……」


 ユリウスは言われたようにやってみせ、パンに食らいついた。


「うん、肉汁とソースがパンに染み込んで美味しい」

「だろう」


 こうしていると、ユリウスがまだシルヴィエの生徒だった頃を思い出す。

 頑固なところはあったが、素直で良い生徒だった。


「ふふふっ」


 シルヴィエが少し思い出に浸っていると、急にユリウスが笑った。


「……どうした?」

「いえ。なんて楽しいんだろうと思って。もう二度と会えないのかもしれないと思っていたから……こんな風にデートができるなんて思ってもみなかったから」

「デ、デート!!」


 シルヴィエは思わずオウム返しに聞き返してしまった。


「ん? 違うかい? 好きな人と町歩きするのはデートじゃないのか?」

「……あの

……私はただ買い物に出て、それに貴方が付いてきただけ!」

「でも、俺にとってはデートだよ」


 そう言って嬉しそうに微笑むユリウスの顔を見ると、シルヴィエはもう何も言えなくなってしまった。


「さ、腹ごなしも終えたし、私は買い物に行く」


 さっと立ち上がり、裏通りの方に向かうと慌ててユリウスは後を付いてきた。


「何を買うつもりなんだい。リリー……こっちは随分薄暗いが」


 そんな入り組んだ裏道を結構な早足で歩いているものの、長身のユリウスはすぐに追いついてくる。


「魔法の触媒と、魔石でいいのがあったら買う」

「リリーは魔法を使うんだね」

「……それ以上は」

「おっと、すまない」


 シルヴィエの牽制に、ユリウスは勘弁して欲しいと手を振った。

 そうしているうちに魔道具店にたどり着いた。

 魔力の少ない一般人でも使える便利道具から、玄人向けの一品までこの店では一通り揃う。シルヴィエのお気に入りの店のひとつだった。

 崩れそうな漆喰のボロボロの店にカランカランとドアベルを鳴らしながら入ると、ごわごわの白髪の店主がぎょろりとした目をこちらにむけた。


「……らっしゃい」


 この愛想のなさもお気に入りの理由だ。


「魔力回復薬の材料と触媒をあるだけ。それから質のいい魔石があったら見せて欲しい」

「あいよ」


 そう言うだけで、店主は奥に引っ込んで行った。


「あれで商売になるのか?」


 ユリウスは首を傾げているけれど、要りもしないものを押しつけられたり、何に使うんだと探りを入れられたりしないのがいい。.


「うちにあるのはこれだけだよ」

「ありがとさん。魔石は?」

「これと、これ……これは大きさも魔力も上質だ」

「ふん……じゃあこれをもらう。いくらだい」


 シルヴィエはさっさと買い物をすませると荷物をユリウスに持たせて店を出た。


「さ、帰るよ」

「ええ? もう」


 ユリウスは悲しげに眉を寄せた。その様子はまるで小さな男の子みたいだ。


「貴方だって、いつまでもこんなとこでウロウロしていい人間じゃないだろうに」

「……それはまあ……そうなのだが……」


 ユリウスは俯き、唇を噛んだ。


「また、会えるかな」

「私に?」

「ああ。君の正体については詮索しないと誓う。だからこれからも俺と会って欲しい」

「……」


 シルヴィエを見つめる青い眼の情熱的な色に、彼女はたじろいだ。

 


「……休日の午後、あの裏庭で……気分が乗れば居るかもしれない」

「本当か!」


 ユリウスがバッとシルヴィエの手を握った。途端に荷物が道にバラバラと転がる。


「あっ!」

「こら!」

「すまない!」


 シルヴィエは平身低頭で謝り、慌てて荷物を拾うユリウスをみて、ふっと噴き出していた。

 ユリウスとやっかいな約束をしてしまったというのに、なぜだか楽しい。

 今のシルヴィエの見た目とユリウスの年齢はちょうど同じくらいだ。

 この年頃のシルヴィエはただただ禁欲的な生活をしていたのだ。

 町歩きに買い食いに買い物……そんなものは遠い世界のことだった。


「こういうのも悪くないかな……」

「なにか言いました?」

「なんでもないよ」


 シルヴィエはくるりと踵を返し、城へと向かう。ユリウスは慌ててその後を追った。

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