第8話 休日の出来事
「……ん」
シルヴィエは何だか妙な圧迫感を感じてふっと目を覚ました。
昨夜のどんちゃん騒ぎの最中にどうやら眠ってしまったらしい。
それはそれとしてなんだか身動きがとれない。
ぎぎぎ……と首を回して後ろを向くと、カイがぎゅっとシルヴィエを羽交締めしているせいだと分かった。
「んんーっ! 離せカイ!」
「ううーん」
「馬鹿もん、このねぼすけめ。目を覚ませ!」
ポカポカとカイの頭をはたいていたシルヴィエは、その後のカイの寝言に手を止めた。
「リア……」
それは幼くして魔物の犠牲となったカイの妹の名だ。
「……カイ、お前……私とリアを勘違いしている……? というか……」
どこか、重ねて見ているのかもしれない、とシルヴィエは思った。
であれば、あれほど叱っても子供扱いを止めないのも説明がつく。
「馬鹿だな……リアはもういないんだぞ」
シルヴィエはそう呟きつつ、もうしばらくカイに抱きしめられたままで居てやろうと目を閉じた。
「ごめん、シルヴィエ……」
「あのな、この姿じゃなかったらお前は変態だ。いや、世の中には変わった嗜好の者もいるらしいからお前は変態確定だ」
「ああ、だからごめんて」
それからしばらくして目を覚ましたカイはシルヴィエに平謝りした。
「レディーに対する振る舞いを覚えろ、変態」
「分かったよ……」
首にシルヴィエのロッドを突きつけられたカイは苦笑いで頷いた。
「それにしても昨日は飲み過ぎましたねぇ……」
そんな二人を傍目に見ながらカレンはうーんと伸びをした。
こんな大酒を飲んだのは初めてのカレンの頭はさっきからずきずきと痛んでいる。
「冷たいミントティーを淹れました。どうぞ皆さん召し上がってください」
そんなところに丁度良く、エリンがドリンクを持ってやって来た。
「それから二日酔いのお薬も。飲んだらお湯を沸かしてありますので体を流してください」
「何から何まで済まないね」
シルヴィエがそうエリンに声をかけると、エリンはニッと歯を見せて笑う。
「いいえ、この館にこんなにお客様が来ることなんてないので、あたし……張り切っちゃってます」
「そうかい」
そうして皆、酔いを覚ますとようやく皆それぞれに家路へと帰っていった。
「シルヴィエ様! また来ます」
「また今度な!」
「いい、いい! もう来るな!」
楽しそうに手を振りながら去って行くカレンやカイ達に、シルヴィエはそんな悪態をつきつつ手を振りかえす。
「やれやれ騒がしいことだ」
「賑やかでしたねぇ」
みんなの姿が見えなくなると、さてとエリンは手を叩いた。
「朝食にしましょう!」
「ああ。今日は休日だ。午後になったら買い物に行く」
「その体で城下町をウロウロするのは危なくないですか?」
「うむ。そうだな……でも久し振りに品揃えも見たいし。ではエリン、あんたの魔力を分けておくれ」
「分かりました、お師匠様」
それからシルヴィエはクローゼットの中から一着の服を取りだして身支度を済ませると、エリンの作ってくれたパン粥とフルーツの朝食を食べた。
「では、エリン。いいかい?」
「はい……お師匠様」
シルヴィエはエリンの手をそっと掴んだ。
エリンの青い眼がじっとシルヴィエを見つめる。シルヴィエはぐっと手に力を籠めて、目を瞑る。
「『
「う……」
シルヴィエがエリンの魔力を吸い取ると、彼女は膝から力が抜けてカクンと座りこんだ。
「……どうですか?」
「力が湧き上がってくる……」
内側からグッと熱いものがこみ上げてくるのを感じて、シルヴィエは自分の手をじっと見た。
「体が大きくなってきた!」
しかし、前回の様に服がはち切れたりはしない。
今回はそれに備えて、シルヴィエは
よって、魔力が増えて大人の姿になったとしても慌てることはない。
「……ここまでか」
シルヴィエは鏡を見た。そこには若い女の姿のシルヴィエが居た。
ぐったりとしているエリンを見るにこれ以上の
「あたしならもう少し大丈夫ですよ」
「いいよ、無理しないでおくれ。なに、買い物に行くだけだ。これで十分さ」
シルヴィエはバッグを持って玄関に向かう。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい……」
エリンに見送られて家を出る。
「この姿じゃ、城門を通るのは面倒だね」
シルヴィエは館から出ると、真っ直ぐに城壁の方向に向かって歩く。
そのまま、青々と茂った植え込みに入り込んだ。
「よっと……」
「――リリー?」
城壁に手をかけた時、後ろから声がした。
その名前でシルヴィエを呼ぶのはただ一人。
シルヴィエは怖々と振り返った。
「やっぱりリリーだ……」
そこには嬉しそうに顔をほころばせたユリウスが立っていた。
「なんでこんなところに……」
「いや、散歩だけど……。こっちはあまり人気がないから。そっちこそなんでこんなところに? そもそも君はどこから……」
「しっ」
シルヴィエは質問攻めにしようとしてくるユリウスを止めた。
「私のことは詮索するな。それ以上踏み込んだら私は姿を消す」
「では一つだけ。なぜここに?」
シルヴィエはそう聞かれて渋々と答えた。
「ここから城を出て、買い物に行く」
「そうか……では、私もそれに着いて行こう」
「はっ?」
「でなければ、大声を出すぞ」
「く……」
シルヴィエは唇を噛んだ。面倒なことになってしまった。
ただ自分は休日をふらりと買い物したかっただけなのに。
「……勝手にしろ。面倒は見ないし、私のことを詮索しないというのなら」
「分かった約束しよう」
こうして、シルヴィエは不本意ながらユリウスとともに城外の買い物に行くことになったのだった。
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