第9話 ファミレスと研究室


 それまでの話の感想を語り合う。その行為に、私たちは夢中になってしまっていたようだ。しかし、寿人くんがおなかの減り具合で、すでに夜になっていることに気づいたようである。


「もうこんな時間か。パン屋は閉まっちゃってるかな」

「そうね。でも、近くのファミレスは、24時間やっているわ」


「いいね。じゃあ案内をお願いしていいかな。沙月さん」

「ええ、構わないわ。ひ、寿人くん」


 寿人くんの不意の一撃に、私は最後まで格好をつけることはできなかった。



 ******



 全国チェーンのファミリーレストラン、『ストーム・ウォスコンタン』。


 このファミレスは、「いつも、いつでも、安定した温かさを」というキャッチコピーを掲げ、全国のいたるところに存在する。高い導入コストや保守・修理の必要性、人間とのコミュニケーションの課題などの様々な反対意見を押しのけて、『ストーム(略称)』の前社長は、飲食業界の中で、いち早くAIロボットの導入を決定し、大きな話題を呼んだ。


 その結果、ユニークなロボットたちが活躍し、スピーディーなサービス提供を行う『ストーム』は、学生人気ナンバーワンの地位を不動のものにしている。



「ミックスグリルと海鮮丼、オムライス、あと、きつねうどんで」


「……私は、Bセットをアイスコーヒーで」


「カシコマリマシタ。シバシオマチクダサイ」


 私たちの注文を受け付けた犬型ロボットが、愉快な音楽とともに陽気に去っていく。


「何度見ても面白いね。あれ」


「シェパードの顔をしているのに、動きが妙にコミカルなのよね」


 しばらくして、運ばれてきた料理。それらをほとんど同時に食べ終えた私たちは、すこしゆっくりしよう、と一息ついていた。


「こんなに美味しいのに、こんなに安くていいのか不安になるなあ」


 レシートを見て、寿人くんがつぶやく。良心的な値段設定も、『ストーム』の売りだ。


「……明日は配達の予定が入っているの」


「うん」


「だから次の予定を決めておきましょう」


「俺はいつでもいいよ」


「それなら明後日にしましょう」


「それじゃあ、今度もうちで——」


「研究室にしましょう。パソコン端末を持ってきてもらってもいいかしら」


「……? いいけど……?」


 最後の方は、気にしなくなっていたけれど、もう一度同じ緊張を味わう必要はないように思う。言い訳がましいが、たぶん研究室の方が集中して鑑賞できそうだ。


「……そろそろ出ましょうか」


「そうだね、送るよ」


「そんな、いいわよ。ここから家まで二、三分だから」


「いいんだ。俺が送りたいだけだから」


 ——その顔はずるい。


「……それなら」


 私たち二人は立ち上がり、ゆっくりと店を出た。


「アリガトウゴザイマシタ—。マタノゴライテンヲオマチシテオリマス」


 レジに鎮座するロボットの甲高い声が、妙に耳に残っていた。



 ******


 私のマンションのエントランスの前。特撮の感想を話しあっていると、体感一瞬で着いてしまった


 少し名残惜しいが、お別れの時間だ。


「それじゃあ、ここで」


「あっ、言い忘れてた。明日の配達、俺もついていっていいかな」


「……いいけれど。この前と変わらないわよ」


 屈託無く笑う寿人くんに、私は答える。


「ありがとう。この前と同じように嬉しそうな人たちの顔が見たいんだ」


「…………」


「誰かの笑顔を見るのが好きだから」


「…………」


「どうしたの?」


 黙っている私に、寿人くんが話しかけてくる。


「いえ、もしかしたら……」


「……?」


「それがヒントになるかも」


「どういうこと?」


 寿人くんは不思議な顔をしている。だけども、私も結論がでているわけではない。


「考えがまとまったら話すわ」


「……そっか。今日はありがとう。おやすみ」


「こちらこそ。楽しかったわ。おやすみなさい」


 大きく手を振る寿人くんに、私は小さく手を振り返す。


 今日は楽しかった。本心からそう思える一日だった。



 ******



 初めて寿人くんの部屋を訪れてから、二週間が経っていた。今日は、ポツポツと優しい雨が降る日である。


 ここは、第四病院の研究室。私と寿人くんは、【蹴球戦隊サカレンジャー】の最終回を視聴していた。


「——これは……」


 思わず声が漏れだしてしまう。


「……凄いよね」


 どこか寂しそうな声で寿人くんがつぶやく。


 今までの映像も素晴らしいものであった。だけど、これは、文字通り次元が違う。全く素人の私でもわかるほどに、随所の迫力が違う。


 画期的で、革新的、斬新なのにどこかノスタルジーを感じられる。大胆かつ独創的なアプローチによって作り出された映像は、音楽の力を借りて、驚くほどの没入感を生む。


 これまでの物語も斬新なストーリーと演技力、魅力的な演出によって、飽きることなく視聴を続けられていたのだ。だけど、最終回は目が離せない、離したくないのだ。自分のまばたきを意識してしまう経験は、人生で初めてのことだった。


 そして、何よりも最終回の映像はこれまでの【蹴球戦隊サカレンジャー】のテーマやメッセージを明確に、深く心に刻んでくれる。


 最終回は、これまでの全ての回に、リスペクトを持ちながらも、見るものに深い感銘を与え、特撮という映像作品の可能性を大きく広げて、芸術作品に昇華してしまうような出来栄えだった。


「——文句のつけようがなかったんだよね……」


「……」


「相手の社長さんもいい人だったし、今までの回も全部見てくれてたんだ」


「……」


「……完璧だったんだ」


 見たことのないような顔。諦観ていかんと後悔に、寂寥感せきりょうかんを少しブレンドしたような顔。そんな寿人くんに、私はかける言葉が見つからずにいた。


 十分弱は黙っていただろうか。余韻はいまだに私の心の中を支配しているが、なんとか無理やり口を開く。


「——CGに対して、恨みを持っているわけじゃないのよね」


「……うん。それはそう。ただ、なんとなく虚しさが凄かったんだ」


 寿人くんがゆっくりと話してくれる。


 覚悟はしていた。準備もしていたのだ。だけどあまりの衝撃にあっけにとられていた。


 立ち上がり、用意していた資料を棚から取り出す。若干ではあるが、戸惑っている様子の寿人くんに、私は紙の束を渡す。


「……これは?」


「CGに関する論文と書籍のコピー。私はこういう方法しか知らないから」


「……?」


 納得はできていないようだった。しかし、ペラペラとめくりながら寿人くんは目を通してくれている。


「昔、そういった技術が発達しはじめの頃は、CGやAIによる編集技術は、批判されることも少なくなかったの」


「……うん」


 寿人くんの視線が、こちらに向けられる。


「例えば、前嶋まえしま先生の『技術の進歩と表現の可能性』では、CGとAIは映画やテレビなどのメディア産業に革命をもたらし、映像制作における非現実を実現させることについての意義を説いているの」


「……それは——」


「分かっているわ。頭で理解できたとしても、納得できるかは別よね」


「うん……」


「『技術の進歩と表現の可能性』のまとめ——前嶋先生は、著書を総括して、こう述べているわ」


『CGにしろ、AIにしろ、使うのは人間。それらは、作品を作り上げる道具に過ぎない。そこには、悪意も善意も存在しないのだから』


「…………」


「もし仮に、一からAIに全て任せたとしても、私は、同じ作品になったとは思わないわ」


「……でも、一からAIが、この作品を——【サカレンジャー】を作ったら、もっといい作品になったかもしれない。そう思うと、俺たちの努力は無駄だったんじゃないかって、怖くなるんだ」


「……正直、私が調べた限りでは、映像作品において、今からAIによるCG編集が淘汰とうたされることはないと思う」


「そうだよね……」


 寂しそうな表情の寿人くん。


「でも、AIによって人が淘汰されることも絶対にありえないわ」


「……?」


「4枚目、イゴス賞を受賞した中村監督の『質と個性〜映像作品における創造性とは〜』を見てくれる?」


「うん」


 寿人くんが資料をめくる。


『映画やテレビドラマなどでは、もう既にAIによる脚本や編集などの試みがなされている。現実問題として、それらは人々に受け入れられており、評判も悪くない。これらの技術が人口に膾炙かいしゃするのも時間の問題だろう。だがしかし、我々人類は技術を使う側の責任として、考えていかねばならないことがある。人間の感情や人間性の表現に正解があるのかどうかだ。人類は長い歴史を積み上げてきた。それは映像業界も例外ではないだろう。世界中、全ての映像作品を鑑賞すことは、もう既に不可能なことである。しかし、AIにはそれが可能である。莫大な数の作品を学習し、反芻はんすうして、作品の傾向や品質を分類し、いわゆる売れる映像を作成することが可能であると考えられる。技術の発展・進歩によるこういった流れは正しいものなのだろう。だが、考えてみてほしい。君たちは、世間の言う名作だけを見て過ごしてきたのだろうか。想像してみてほしい。他人が駄作とこき下ろした作品に何の魅力も感じなかったのだろうか。映画にせよ、ドラマにせよ、表現に正解なんてものはないと私は考えている。写真が普及したからといって、絵画は見向きもされなくなっただろうか。そんなことはない。絵描きという職業は、芸術という可能性が死ぬことはない。映像作品も同じである。画一化された素晴らしい表現を受け入れよう。それでも、私は駄作を取り続けよう。変人、奇人と呼ばれてもいい。私は、これからも人間の可能性を信じてみたい』


「……なんとなく言いたいことは伝わってくる……気がする……」


 寿人くんは難しい顔をしている。


 たくさん調べて、結論を見つける。私はこれ以外のやり方を知らない。


 だから、ここからは賭けの要素が大きいかもしれない。それでも、これが、一番自信がある。


「寿人くんは、【サカレンジャー】のビデオ、レビューは見た?」


「……ううん、見てない」


 私が、怯えてどうする。寿人くんの不安そうな顔に胸が苦しくなるが、なんとか声を出す。


「6枚目以降を見てくれる?」


「うん」


 予測はしていたのだろう、寿人くんから覚悟のこもった返答をもらえた。


「6枚目から先は、全部、【サカレンジャー】の感想なの」


 資料として用意した紙束のほとんどが、【蹴球戦隊サカレンジャー】のレビュー欄をコピーしたものである。ビデオオンデマンドの感想欄、ネットショッピングの商品レビュー、感想サイトなど、さまざまなところからできるだけ多くの情報を収集してきた。


 寿人くんは最終回の感想をSNSで見たらしい。


 確かに、最終回に関するコメントが一番多いが、全員が最終回のことだけを話題にしているわけではない。


「…………」


 寿人くんは、黙々と資料に目を落としていた。



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