第4話 むかしのはなし1【寿人①】

 

 患者の家族や医療関係者である労働者、それ以外の健康な人間がこの島に住むには特別な届け出が必要だ。


 だから、私は知っていた。城後くんが何かを抱えていることを。そして、それは多分——


「…………」


 長い沈黙が続く。私の問いに城後くんは少し驚いた顔をした後、困ったように笑っていた。


 何秒たっただろうか。


 ようやく観念したのだろう。城後くんはゆっくりと口を開いた。


「……何のことかな?」


 寿人の子供だましに対して、私はにらみつけることで返事をする。


「ふう……」


 今度こそ本当に観念したように見える。城後くんは白状しだした。


「俺も『感情不全』なんだ」


「……そうなのね」


 半分程度予測はしていたが、実際に聞いてみるとやはりきつい。


「そんなに難しい顔しないでおくれよ」


「私は——」


「……うん」


 ゆっくりと、しかし、懸命に話す私に寿人は優しく相槌あいづちをくれる。


「あなたのおかげで逃げたくないって思うことができた……」


「……うん」


「だからここで誤魔化したり、嘘をついたりしないで」


「……うん」


「あなたは私の名前に、ううん、私のつくる薬に興味があって近づいて来たのでしょう?」


「…………うん」


 たっぷりの沈黙。その後に、城後くんはためらう様子を見せながらも、正直に答えてくれた。



 ******



 ——二年前、俺は事務所でスクワットをしていた。


「おい、寿人! サカレッド役、合格だってよ! すげえじゃねえか!」


「本当ですか! 社長! ありがとうございます!」


「ばかやろう! 親父おやじと呼べ!」


「すみません! 親父さん!」


 トレーニングルームの扉が勢いよく開く。顔を見せたのは、筋肉質で頑固そうな中年男性。男性は入ってきた途端に、すごく大きな声を出す。


 中年男性はこの俺、城後寿人の事務所の社長である。


 今年一番嬉しい報告をくれた社長、もとい親父さんに俺は精一杯の声で感謝を伝える。


「いやー、嬉しいなあ! おい! こんな弱小事務所から戦隊ヒーローの主役だぜ! すげえよなあ! なあ!」


「親父さんたちのおかげですよ!」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか! 今日は祝いだ! 肉だ! 肉を食おう!」


「すみません、親父さん。気持ちは嬉しいんですけど、今日は……」


「ああ、そうか。そうだったな。気にすんな! きっちり報告してこい!」


「ありがとうございます! お先に失礼します!」


「おう!」


 上機嫌な親父さんの誘いを断るのには胸が痛む。だけど、どうしても。この幸せなしらせを、一番に伝えたい人が俺にはいたのだ。




 ******



 事務所から電車で六駅の距離。それなりに高い丘の上。たくさんの花が咲いている場所にたどり着いた。


 長い階段をノンストップで駆け上がってきた俺は、乱れた息を落ち着けるために息を吸って、息を吐き、話し始める。


「母さん、やったよ俺」

「ずっと夢だったヒーローを演じられるんだ」

「しかもレッド。主役だよ」


「オーディションの時から自信はあったんだ」

「今回は絶対いけるっていう手応えがあった」


「練習もたくさんしたし」

「トレーニングも毎日やった」

「すごいだろ、この筋肉」


「事務所の人たちも変わらず優しいよ」

「賑やかでいつも楽しいんだ」


「母さんの教えも忘れてないよ」

「誰かの笑顔のために頑張るのは素敵なことだよね」


「俺もそんな人になれるように努力してきたつもりだよ」


「それからさ…………——」


 ——何時間経ったのだろうか。夢中で話し続けていた。


 ふと、空を見上げると一番星が輝いている。名残なごり惜しいが、今日はもう帰らないといけない。


「……それじゃあ母さん、また来るよ」


「今度はレッド役の感想を聞かせてあげる」

「きっと俺の最高のヒーローを見せてみせるから」

「またね」


 目の前の墓標。母さんが眠っている場所。


 俺は母さんに、別れを告げたのだった。



 ******



「その程度かぁ! 城後ぉ!」


「いえ! まだやれます! やらせてください!」


 監督の怒号に対して、俺は全力で返事をする。爆発の中を駆け抜けるシーンの撮影はこれで八回目である。


「うおおおおおお!」


「最初から本気でやらんかぁ! この調子でやれやぁ!」


「ありがとうございます!」


 俺のできる全力疾走。そんな渾身の走りで、やっと合格がもらえる。


 【蹴球戦隊サカレンジャー】は、一年間放送される予定だ。そのため、毎日のように大量の撮影が行われていた。


 休憩時間に疲れてうつむいていた俺に、女性が近づいてくる。


「お疲れ。はい、これどうぞ」


「ありがとうございます! 蘭さん!」


 俺は差し出された水をありがたく受け取る。

 

 彼女は鮫島さめじまらんさん。ピンクのヒーロー、サカピンクを担当する新進気鋭しんしんきえいの若手女優である。


「監督はいつも厳しいけど、寿人くんには特に厳しいよねー」


「まあ、一番出番多いし、主役やからやないか?」


「期待の裏返しであるな」


「それもそうかー」


「まあ、戦闘シーンはともかく日常シーンとか怪しいしなあ」


「成長の余地が残されているということである」


 近くで雑談をしているのが残りのメンバーだ。


 ゆっくりとした口調で話すイエロー役の金森かなもり憲剛けんごさん。


 エセ関西弁で話すグリーン役の村上むらかみ智章ともあき


 厳格な話し方をするブルー役の湯澤ゆざわ保仁やすひと


 全員、今をときめく実力派俳優だ。


 正直な話、最初の顔合わせのとき、俺はこのメンバーの中でレッドに選ばれたのかとかなり驚いた。


 俳優には怖い人もいると親父さんに脅されていた俺は、内心少しドキドキしていたが、みんな気さくでいい人たちであった。しかし、いざ演技となると全員顔つきが変わる。


 アクションパートの演技なら誰にも負けない自信はあったが、会話パートの演技は悔しいが月とすっぽんのようであった。


 もちろん俺がすっぽんである。


 だが、泥の中のすっぽんにも意地がある。俺には、どれだけうす汚れようとも諦めない根性があるのだ。持ち前の根性で、最後まで走り続けることを誓ったのだった。



 ******



「寿人ぉ! もっと体ぁ、大きく動かせぇ! 寝てんのかぁ!」


「いいえ! やってみせます!」


 相も変わらず、監督の怒鳴り声は聞こえるが、リテイクは少なくなっていた頃。撮影は終盤しゅうばんに差し掛かってきていた。



「そんなことないわ! ここにいるみんなの力を合わせれば『オフサイド大魔神だいまじん』にも勝てるはずよ!」


 突然現れた敵の親玉。その親玉が作り出した禍々しいフィールドに困惑し、皆が不安そうになっている中、ピンクが叫ぶ。


「せやけど、今は全員連戦の影響で披露しとる! それに、あんなわいらに都合のええ場所に現れるか!? ここはいったん、引くべきとちゃうんか!?」


「うーん、確かにみんな疲れてるよねー。それに、トラップの可能性も高いかもしれないねー」


 グリーンの反対意見にイエローも同調する。


「……どうするのであるか、サカレッド、いや、キャプテン?」


 ブルーがレッドに尋ねる。


「——行こう」


 レッドは意を決したように口を開く。


「なんやて!?」


「本気なのー? キャプテンー」


 グリーンとイエローが驚いた顔で、こちらを見てくる。


「ああ、本気だ。確かに今、俺たちは疲れているし、罠の可能性も高いのかもしれない。だけどここであいつを逃したら、また罪のない子供たちが夢を奪われてしまう」


 レッドはヒーローたちの戦う理由を語る。


「……そうね」


「それはそうかも知らんけど——」


 ピンクが頷く。しかし、グリーンはまだ納得のいってないようだった。


「だから、行こう。今までだって俺たちは強大な敵を倒してきた。どれだけ危機的な状況でも戦ってきた」


 レッドは今までの経験を振り返りながら、皆を鼓舞する。


「……そうだねー、『ラフプレー大臣だいじん』のときもしんどかったよねー」


「『ドグソ大王だいおう』のことは思い出したくもないのである……」


 イエローが今までのことを思い出したように苦い顔をする。ブルーは強敵との記憶を思い出したくもないようだ。


「長い笛の音が聞こえるまで俺たちは諦めない! やろう! みんな!」


 レッドがお決まりのセリフを放つ。 


「ええ! 勝ちましょう!」


「しゃーないな! やったるわ!」


「頑張ろー! おー!」


「戦い、示すのである。我輩たちは強いと!」


 ピンク、グリーン、イエロー、ブルーがそれぞれの決心を語る。今、チームの心が一つになったのだ。


「よし! みんな! キックオフだ!」


 レッドが開戦の狼煙をあげる。


「「「「おう!!!!」」」」


 ヒーローたちは、それぞれのプライドのため、子供たちの夢を守るために最後の戦いに挑む。


蹴球界しゅうきゅうかいに平和を取り戻すため、サカレンジャーたちが最後の戦いにおもむき、一番の強敵に挑む!」


「次回、【蹴球戦隊サカレンジャー】最終回二時間スペシャル!

『【サカレンジャー】最高のカウンターアタック! 【サカレンジャー】よ、永遠に』

 絶対見逃さないでくれよな!」


 ヒーローたちが最終決戦に向かうために勇気を振りしぼるシーンが流れ終わり、ナレーターが最終回のタイトルを読み上げる。


 ——最後の次回予告である。


 最終回の一つ前の回。その撮影が無事終了した。


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