第5話 むかしのはなし2【寿人②】


 その日は、最終回の撮影を始める一日前。そんな何気ない日のはずであった。


 大きなビルの中の広い会議室の中。議論の中心にいるのは、監督と小綺麗こぎれいなスーツを着た細身の男性。


 その二人が言い争いをしていたのである。監督のすさまじい迫力に、男性は押され気味なように見えた。


「なんだとぉ! おい! もう一度言って見やがれぇ!」


「で、ですから最終回は実写ではなくCGで撮影しましょうと——」


「馬鹿言うんじゃねぇ!」


「ひええっ」


 監督が男性の言葉を遮って怒鳴る。それほどまでに怒り心頭の様子だった。


 急な呼び出しでこの場所に呼び出された俺たちは、かなり困惑していた。


 集められていたのは、【蹴球しゅうきゅう戦隊サカレンジャー】の主要な関係者たち。その全員が、何が何だかよくわからないという様子であった。


「だったら何でぇ! お前さんは次の撮影! 俺たちに何もするなって言ってるのかぁ! あぁ!」


「そ、そんなことは言って——」


「同じことだろうがぁ! このやろぉう!」


「ひいっ」


「監督。とりあえず落ち着いてください。私たちは今さっき来たばかりで、何が何だか。とりあえず詳しい話を聞かせてください」


「……ちっ」


 正直な話、監督と男性のやり取りは会話になっていなかった。


 それを見かねたらんさんが、間に入って発言してくれた。


「ふう……。助かります、鮫島さめじまさん」


「そういうのはいいんで。続きを聞かせてください」


「はい……」


 男性は蘭さんに感謝を伝える。しかし、蘭さんの返答は明らかに不機嫌なものだった。


「えーと……、では最初からお話しいたしますね」


 男性がスーツを整えながら、話し始めた。


「みなさま、はじめまして。私はこの制作会社の営業課の責任者、富安とみやすと申します」


「この度、『デオメビカラ社』様から、一つご提案がございました」


「『デオメビカラ』?」


「サカレンジャーのメインスポンサーであるな」


 富安さんの『デオメビカラ社』という言葉に反応した憲剛さん。その疑問を保仁さんが解消する。


「そう。一番のスポンサー様です。みなさまご存知の通り、『デオメビカラ社』様はCGによる映像制作を長所としている会社でございます」


「提案の内容は?」


 もったいぶった言い方をする富安さん。それを見かねたのか、蘭さんが早口で結論を催促さいそくする。


「最終回の戦闘シーンを、全てAIによるCGで制作するというものでございます」


「……は?」


「冗談やろ?」


 蘭さん、智章さんがそれぞれ驚きの言葉を口にする。


 青天せいてん霹靂へきれき。俺は驚きのあまり、体が硬まってしまっていた。


「そもそもー、提案が本当でもさー、断ればいいんじゃないのー?」


至極しごくまっとうな意見であるな」


 憲剛さんの意見に、保仁さんが頷く。


「こ、断わるだなんて! 恐ろしいことをおっしゃらないでください!」


「何がやねん! めちゃくちゃ言ってんのはそっちのほうやろ!」


「ひゃっ」


 富安さんの発言に智章さんが容赦なく噛みつく。


「わ、分かっていますよ。みなさまが簡単に納得することはできないということは」


「それなら——」


「それでも! この提案を断わるという選択肢は、我々にはないのです!」


 蘭さんの言葉をさえぎって富安さんが話し続ける。


「ええ! そりゃあもう! 私も言いましたよ! そんなことは出来ないと! はっきりと! しかし、あの会社の社長は言ったのです! 『出来ないというのなら出資は取り消させてもらおう』などと! そりゃあそうですよ! ふざけるなと私も思います! ですが仕方ないのです! そうしないとこの作品どころか他の映像まで撮れなくなってしまいます!」


「……っ」


 蘭さんは何も言えなくなる。いや、蘭さんだけではない。


 この場にいる富安さんを除く全員が、苦虫を噛み潰したような顔で黙っていた。


「仕方ないのです……。悔しいですが、申し訳ないですが、我が社は提案を受け入れることに決めました」


「……今から新しく出資者を募ることはできんのか?」


 今まで大人しくしていた監督が尋ねる。


「申し訳ありません……。何社かには連絡を入れたのですが、全て『デオメビカラ』に逆らうことはできない、と」


「……そうか」


「申し訳ありません……。うぅ……」


「……いや、怒鳴ってすまなかった」


「とんでもございません……。私に力がないために……」


 泣きながら謝る富安さん。そんな富安さんに、監督は優しい言葉をかける。


「仕方ねぇ……。全員、とりあえず今日は解散してくれ。追って連絡する」


「はい……」


 誰かが返事をした。


 俺は、監督の言葉に反応を返すことはできなかった。



 ******



 この間の騒動から一週間後、俺たちは再びあの会議室に集まっていた。送られてきた最終回の戦闘シーンの映像を見るためである。


 会話シーンは撮り終え、残りは戦闘シーンの確認だけだった。すでに半泣きの富安さんが、パソコンにUSBを差し込む。


「ぐすん。それでは、起動しますね」


 会議室のスクリーンに映像が映し出される。ド派手な効果音とともに流れるのは、大迫力の戦闘シーン。


 俺たちは黙って、最後まで映像を見届けたのであった。



 ******



「——何や、これ……」


 一番初めに声を出したのは智章さんだった。


「……すさまじいねー」


「これほどとは思ってなかったのである……」


「……っ、こんなのって……」


 続いて憲剛さん、保仁さん、蘭さん。三人がそれぞれの感想を口にだす。


「…………」


 監督は黙っていた。


「今までのサカレンジャーは、何だったんだ……?」


 言うつもりのなかった言葉が。言ってはいけない言葉が、我慢できずに俺の口からこぼれる。


「寿人ぉ……」


「……っ、すみません」


「いや……、いい。俺も同じ気持ちだ」


「監督……」


 みんな、どこかでそう思っていたのだろう。うつむき、お互いに目を合わせることはしない。いや、できなかった。


 送られてきた映像は、全員を黙らせるほどの出来栄えだったのだ。最終回の戦闘シーンは完璧と言って差し支えないものだった。


 敵の凶悪さや強大さを的確に表す禍々まがまがしいエフェクト。不気味ではあるがどこか神々こうごうしいフィールド。不安や覚悟など、それぞれの場面にあわせた荒々あらあらしいサウンド。


 それらもかすむほどの圧倒的な臨場感がそこにはあった。


 映し出された世界は、まるで夢のような美しさを持っていながらも非現実的だとはどうしても思えない。


 登場人物が動くたびに視線が変わり、一つ一つの場面がまるで絵画のように繊細である。それにも関わらず、驚くほど動きを持っている。


 この世界を実際に体験しているような、まるで本物のヒーローになれたような確かな満足感を得ることができた。


 人間の想像力を超えたなにか、映像の可能性のようなものを見てしまった。


 だが、そこに俺たちはいない。


 姿形は俺たちだった。しかし、声も動作も精巧に作られた完全な作り物なのだ。偽物だったのだ。


「……どうでしょうか?」


 長い沈黙を破ったのは富安さんだった。


「……どうもこうも、ないんじゃない」


「そうであるな……」


 蘭さんが口にした言葉に、保仁さんが同意する。


「きっついわ……」


「……そうだねー、ちょっと何も考えられないやー」


 智章さんが嘆き、憲剛さんも悲愴感をあらわにしている。


「悔しいが、認めざるを得ねえなぁ……」


 監督がさびしそうにつぶやく。


「俺は——」


 言いかけて、やめる。


「……俺も良いと思います。何も言えないです……」


 俺は……、逃げた。



 ******



 【蹴球戦隊サカレンジャー】の放送が終了した。

 

 俺は少しの間、休みをもらった。それでも特に何もやる気が起きない。


 その日は事務所の寮で休養をとっていた。


「……そうか。大変だったんだな」


 放送が終了したため、守秘義務しゅひぎむかれる。俺はやっと、親父さんに事の顛末てんまつを報告する事ができた。

 

「はい……」


 元気のなかった俺を気遣って、様々な試みをしていた親父さん。そんな親父さんに事後報告ができて、俺はほんの少しだけ肩が軽くなったような気がした。


「まあ、とりあえずお疲れさま、だな。きっちり休め」


 親父さんは優しい言葉でねぎらってくれる。


「……ありがとうございます。親父さん」


 俺の部屋に顔を見せに来てくれた親父さんは、気を使ってくれたのだろうか、短い会話を終えると、すぐに退出しまった。普段の活力も見る事ができなかった。


(今のままじゃダメだな)


 今までは良かった。


『サカレンジャー』が放送されている間は、マスコミの取材やテレビ番組の出演で忙しかった。


 考えることをやめられていた。


 ——嘘だ。


 本当は心のどこかで、いつももやもやが暴れていた。最終回が近づくにつれて、そのもやもやは段々と大きくなっていった。最終回直前には、俺の胸はもやもやで埋め尽くされてしまっていた。


 そして、最終回が放送された後、見なければ良かったのに見てしまったのだ。


 ネット上で【サカレンジャー】と検索してしまったのだ。


 どこかで否定してほしかったのかもしれない。


『特撮は特撮の良さがある』

『演者たちの生の演技こそ至高』

『AIが作るCGなどは邪道だ』


 そんな意見があるかもしれないと期待してしまったのかもしれない。どこかに俺たちだけを見てくれている存在がいると、信じたかったのかもしれない。


 しかし、結果は残酷であった。


『神すぎる。#サカレンジャー』

『最終回見た? 歴史に残る傑作でしょ? #サカレンジャー』

『ぎゃんぎゃん泣きました。100万回見ます! #サカレンジャー』

『戦闘シーン滑らかすぎん? 鳥肌たったわ! #サカレンジャー』

『むちゃくちゃ感動した! サカレンジャーの必殺技の最終回だけの特殊演出かっこ良すぎだろ! #サカレンジャー』

『サカレンジャー半端ないって。あいつ半端ないって! 最終回めっちゃ心震わせてくるもん! そんなんできひんやん。普通! そんなんできる!? 言っといてや。できるんやったら! #サカレンジャー』


 想像の何倍だろうか。


 幾千いくせん幾万いくまんもの感想があふれており、【サカレンジャー】は世界中で話題になった。それ自体は大変喜ばしい事なのだろう。

 

 しかし。


 何千、何万というポジティブな感想が連なる中。俺は見つけてしまう。見てはいけないものを。


『これから全部AICGのほうが良いんじゃないの笑 #サカレンジャー』

『最終回良すぎて、他の回霞むわー。#サカレンジャー』

『会話シーン全部カットしてくれよ。蛇足。#サカレンジャー』


? #サカレンジャー』


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